異世界を印刷で無双する/社畜が転生先で「つまり印刷機で魔法陣を大量印刷すれば無双できるのでは」と気づいたがまさかのラスボスに戸惑いを隠せない

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第三章 印刷戦線

第40話 腐れ縁

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 ◆

「我々は本気だ」

躊躇の素振りなど一切見せることもない。エルフは淡々と、一枚の紙片を取り出した。

「うっそだろ……!」

刹那、フーゴは弾かれたように身を翻す。絢理を抱えて跳躍。できるだけ遠くへ。一瞬でも早く。被害の及ばぬように。

「嗤え、バシリッサ」

瞬間、運河の中心に光球が生まれた。一瞬前までそんなものはなかったのに。フィルムが切り替わるような唐突さ。光は眩く、暴力だった。
光球が弾ける。光の奔流が運河を縦横無尽に暴れ回る。景色ごと削り取っていくように。
音を置き去りにする速さで、周囲一帯が薙ぎ倒されていく。川沿いに並べられていた堤防が、まるで発泡スチロールのように宙を舞い、粉々に砕かれ、瓦礫として周囲に飛散した。

瞬時に危機を察知し、回避できた者はほんの僅かだ。ほとんどの者は瓦礫に巻き込まれ、負傷している。
回避できた僅かな一人に救われた絢理は、まさしく幸運だった。
眼前で繰り広げられた暴力に戦慄する。フーゴのおかげで間一髪魔法の効果圏外に逃れたが、彼女一人で巻き込まれていたらと思うとゾッとする。
絶句しているうち、頭上から声が放たれる。

「警告はしたぞ。刻限は、明日正午だ」

悪びれる様子はない。ただ平然と告げられるタイムリミット。
絢理が呆然と見上げる中、エルフは悠然と飛行を続けたまま、その場を後にした。
脅威が去り、ようやく周囲に音と色とが戻ってきた。
店が薙ぎ倒されたことを嘆く者。破壊された堤防から水が溢れてくるのを慌てて止めようとする者。負傷し、その痛みに悶える者。
警察だろうか。すぐに揃いの制服・鎧を纏った男たちが現れ、被災の状況を確認したり、救助活動に入っていった。
腰の抜けてしまった絢理は通りの端に尻餅をついたまま立てないでいるが、とにかく、

「何度もすみませんね……」

と、フーゴを振り返る。

「トラブルに巻き込まれる才能でもあるのかね」

苦笑で返答するフーゴだが、その表情はぎこちない。剣呑と緊張とを隠しきれていない。
街の様子に視線を転じたフーゴは、ふと、

「げ」

と調子外れな声をあげた。

「何が『げ』だって? フーゴ・キスケ」

応じる野太い声があった。
フーゴが顔を覆って嘆息する。
声の主は救助活動にあたっていた制服姿のうちの一人だ。こちらに近づいてくる。
眼前までくると、見上げるような大男だった。
闘牛が二足歩行し始めたらこんな感じかな、というのが、初めの感想である。
禿頭の大男だ。眼力のある三白眼に、融通の効かなそうな、横一文字に引結ばれた口元。柔軟さよりも頑健さを追求したような筋骨隆々とした肉体。威圧感と風体。
男はじろりとフーゴを睨みつけた。

「こんなところで何をしてんだ」
「何でもいいだろうが」

うるさそうに返答するフーゴに、男は、ふんと鼻を鳴らした。

「小悪党なお前さんのことだ。つまらんことに手を染めてたんだろう」

ふと何かに思い至ったように、ぴくり、とこめかみを揺らす。

「まさか、エルフの秘宝を破壊したのは――」
「んなわけねえだろうが……」

本気で辟易した答えを溜息に乗せる様子に、男はそんな度胸もあるまいか、と腕組みして斜に構える。
仲が良さそうには見えないが、気心が知れているようにも見える。
いまいち関係性が見えない絢理は、

「お知り合いですか?」

とだけ尋ねた。
と、男がまるで今気づいたとでも言うように、絢理に視線を転じた。ただでさえ小柄な絢理が小さく座っていたために気づかなかったのだろうか。うわ失礼。

「知り合いっつーかまあ、腐れ縁というか」

フーゴの声に被せるようにして、男は断罪するように声を荒げた。

「お、お前、ついに落ちるところまで落ちたか、よもや未成年略取とは!」
「違えわデカブツ暑苦しい」

億劫そうに反駁するフーゴだが、彼は聞く耳を持たない。
絢理に改めて目を配り、岩のように大きくゴツゴツとした手を差し出してきた。

「立てるかい」
「ええ、まあ……」

絢理はカデットの手を取って立ち上がる。それでも見上げる程の身長差だ。二メートル近いのではないだろうか。

「私はカデット・ヘルター。ファーデン子爵の私設軍で軍隊長を務めている」

慇懃無礼に名乗りをあげ、カデットは腰を落として絢理に視線の高さを合わせた。
硬い笑みを浮かべているが、目は一ミリも笑っておらず、むしろ怖い。

「私が来たからには安心してくれ。私の目が黒いうちは、小悪党の悪事なんざあ達成されるはずがないからな」
「だから違えっつーに」

カデットの背中にフーゴが弁明を投げるが、彼に聞く様子はない。

「家はどこだい? 私は現場を離れられないが、兵に送らせよう」
「いやそいつとは俺が取引を……!」
「取引?」

じろりとカデットがフーゴを振り返り、厳しい声を向ける。
フーゴは言葉を続けようとしたが、千の言葉を尽くしたところで話が通じないと諦めたか、結局は嘆息しつつ首を振った。

「何でもねえよ」
「では軍が責任を持って送り届けよう」
「え、でも……」

絢理が抗弁しようとするが、それを止めたのはフーゴだった。カデットの肩越しに、声には出さず、口の形だけで彼は訴えてくる。
あ・と・で・い・く。
ここで面倒を買うよりも、落ち着いてから取引を終わらせようというのだろう。確かに、カデットが石頭であることはこの短いやり取りの中でも明白だった。
彼を説得しようにも、経緯の登場人物に犯罪者が多すぎる。ここは素直に従っておくのが賢明だろう。

「えーと」と、絢理は言葉を濁しつつも、「エーデロクソスまで」と、タクシーの運転手にそうするような口調で、行き先を告げるのだった。

<続>
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