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第三章 印刷戦線
第42話 消失
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「どこもやってること変わんないんですね」
豪勢な食事と世知辛い政治戦略の両方で、腹が満たされていく。でも残す気はさらさらなかった。この一食で絢理のコンビニ飯一ヶ月分に相当するのだ。
閑話休題。
「まあ私たちがやることは、タビタさんの救出ですね。そして犯人へ至るための手がかりは、私設軍の支給品だけ、と」
頬杖をついて天井から吊るされたシャンデリアに目をやる。そこに答えを探すかのように。当然、そこには煌びやかな世界が広がっているばかりで、解答など引っかかってはいない。
しかし、彼女の呟きに応じる声があった。
「その話、もう少し詳しく聞いてもいいか?」
聞き覚えのある声に振り返ると、すぐ傍に黒づくめの男が立っていた。
「ああ黒衣さん」
「フーゴだ」
特に驚きも感動もない、抑揚のない絢理の応答。フーゴは半眼で呻いて訂正する。
フーゴは眩しそうに目を細め、居心地悪そうに口元を歪めていた。
「しかし凄えとこで食ってんな。落ち着かなくて味が分からなくなりそうだ」
「あげませんよ?」
「安心しろ俺が取りに来たのは魔法陣だ」
皿を守るように両手で覆い、じろりとフーゴを睨みつける絢理。それをスルーして、彼は空いている手近な椅子に腰掛けた。
フーゴに視線を向けているのは絢理ばかりではない。オルトもまた、珍客を訝しむように見ていた。
絢理は得心して、彼をオルトに紹介した。
「この人がさっき話したフーゴさんーー魔法陣千枚を渡さないとか弱い女性一人助けようとしない鬼畜なお兄さんです」
「だいぶ語弊があるな……」
続いて、
「こちらはノッポさんです。背の高さが痩せぎすを助長していかにも頼りない感じですが、その実頼りないです。一応貴族の端くれのようですが正直偉くもないし立派でもない魔法書士さんです」
「せめて名前だけでも伝えてくれないかな……」
ガックリと項垂れるオルトに、しかしフーゴは興味を示し、不敵な笑みを浮かべた。
「へえ、魔法書士ね。さぞ優秀なんだろうな」
挑発的な口調だ。オルトもその気配を察したか、ピクリと目元が反応する。
テーブルに両肘をついて、組んだ両手に顎を乗せる。精一杯偉ぶって見せている。
「絢理君から聞いてるよ、魔法模士なんだってね。事情は知らないけど、しっかり体系立てて学ぶことをお勧めするよ。何なら僕が教えようか?」
「せっかくだが遠慮しておくよ、お座敷魔法はかったるくてね」
開口一番、ばちばちと火花を散らす二人。どうやら職業柄なのか、魔法書士と魔法模士とは、相性がよろしくないものらしい。
「ところでさっきの話、聞かせろよ。私設軍がどうとかいう話」
「話したら協力してくれるんですか?」
「できることはあるかもな」
何せ俺は――とフーゴは自身の出自を明かす。
「元・ファーデン私設軍だからな」
そう言って、フーゴは手を差し出す。握手をしようと言うのではない。何でも聞けと開襟しているのでもない。
彼が要求しているのはつまり、
「追加で1,000枚だ」
そういう男だ。
絢理はこの街に来たことを少し後悔し始めていた。出会う人間、否、人間にとどまらず出会う種族全員、せっかちで金にうるさい。
商業都市にボランティア精神はないのか。
「まあ、良いですけどね」
応じて、絢理は食事を終えてから自室に魔法陣を取りに行った。
まあ、安いものだ。彼女の価値勘定はあくまで現代日本のそれだ。ネット印刷なら、2,000枚のペラものなど数千円。
用意してきた魔法陣も100,000枚はある。そのうちのたった2,000枚だ。
その対価に主人を救う手がかりを掴めるのなら、安いものだろう。
クラフト用紙一包みにつき2,000枚が収録されている。それを一つだけ持っていけばいい。
重さは五キログラム程度。絢理の細腕でも難なく持ち運べる。というか、その程度の重量で根を上げていたら仕事にならないし、実際副工場長から怒鳴られる。
だから何の問題もない。
はずなのに。
絢理の頬を汗が伝う。
背中に滝のような冷や汗。
クローゼットを開ける。
荷物をどける。
ソファをどかしてみる。
カーテンを翻してみる。
両手と両目が、忙しなく右往左往する。
にもかかわらず。
いつまでも。いつまで経っても。
100,000枚もの魔法陣は、見つからなかった。
<続>
豪勢な食事と世知辛い政治戦略の両方で、腹が満たされていく。でも残す気はさらさらなかった。この一食で絢理のコンビニ飯一ヶ月分に相当するのだ。
閑話休題。
「まあ私たちがやることは、タビタさんの救出ですね。そして犯人へ至るための手がかりは、私設軍の支給品だけ、と」
頬杖をついて天井から吊るされたシャンデリアに目をやる。そこに答えを探すかのように。当然、そこには煌びやかな世界が広がっているばかりで、解答など引っかかってはいない。
しかし、彼女の呟きに応じる声があった。
「その話、もう少し詳しく聞いてもいいか?」
聞き覚えのある声に振り返ると、すぐ傍に黒づくめの男が立っていた。
「ああ黒衣さん」
「フーゴだ」
特に驚きも感動もない、抑揚のない絢理の応答。フーゴは半眼で呻いて訂正する。
フーゴは眩しそうに目を細め、居心地悪そうに口元を歪めていた。
「しかし凄えとこで食ってんな。落ち着かなくて味が分からなくなりそうだ」
「あげませんよ?」
「安心しろ俺が取りに来たのは魔法陣だ」
皿を守るように両手で覆い、じろりとフーゴを睨みつける絢理。それをスルーして、彼は空いている手近な椅子に腰掛けた。
フーゴに視線を向けているのは絢理ばかりではない。オルトもまた、珍客を訝しむように見ていた。
絢理は得心して、彼をオルトに紹介した。
「この人がさっき話したフーゴさんーー魔法陣千枚を渡さないとか弱い女性一人助けようとしない鬼畜なお兄さんです」
「だいぶ語弊があるな……」
続いて、
「こちらはノッポさんです。背の高さが痩せぎすを助長していかにも頼りない感じですが、その実頼りないです。一応貴族の端くれのようですが正直偉くもないし立派でもない魔法書士さんです」
「せめて名前だけでも伝えてくれないかな……」
ガックリと項垂れるオルトに、しかしフーゴは興味を示し、不敵な笑みを浮かべた。
「へえ、魔法書士ね。さぞ優秀なんだろうな」
挑発的な口調だ。オルトもその気配を察したか、ピクリと目元が反応する。
テーブルに両肘をついて、組んだ両手に顎を乗せる。精一杯偉ぶって見せている。
「絢理君から聞いてるよ、魔法模士なんだってね。事情は知らないけど、しっかり体系立てて学ぶことをお勧めするよ。何なら僕が教えようか?」
「せっかくだが遠慮しておくよ、お座敷魔法はかったるくてね」
開口一番、ばちばちと火花を散らす二人。どうやら職業柄なのか、魔法書士と魔法模士とは、相性がよろしくないものらしい。
「ところでさっきの話、聞かせろよ。私設軍がどうとかいう話」
「話したら協力してくれるんですか?」
「できることはあるかもな」
何せ俺は――とフーゴは自身の出自を明かす。
「元・ファーデン私設軍だからな」
そう言って、フーゴは手を差し出す。握手をしようと言うのではない。何でも聞けと開襟しているのでもない。
彼が要求しているのはつまり、
「追加で1,000枚だ」
そういう男だ。
絢理はこの街に来たことを少し後悔し始めていた。出会う人間、否、人間にとどまらず出会う種族全員、せっかちで金にうるさい。
商業都市にボランティア精神はないのか。
「まあ、良いですけどね」
応じて、絢理は食事を終えてから自室に魔法陣を取りに行った。
まあ、安いものだ。彼女の価値勘定はあくまで現代日本のそれだ。ネット印刷なら、2,000枚のペラものなど数千円。
用意してきた魔法陣も100,000枚はある。そのうちのたった2,000枚だ。
その対価に主人を救う手がかりを掴めるのなら、安いものだろう。
クラフト用紙一包みにつき2,000枚が収録されている。それを一つだけ持っていけばいい。
重さは五キログラム程度。絢理の細腕でも難なく持ち運べる。というか、その程度の重量で根を上げていたら仕事にならないし、実際副工場長から怒鳴られる。
だから何の問題もない。
はずなのに。
絢理の頬を汗が伝う。
背中に滝のような冷や汗。
クローゼットを開ける。
荷物をどける。
ソファをどかしてみる。
カーテンを翻してみる。
両手と両目が、忙しなく右往左往する。
にもかかわらず。
いつまでも。いつまで経っても。
100,000枚もの魔法陣は、見つからなかった。
<続>
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