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第三章 印刷戦線
第47話 戦争がしたくて仕方なかったんだろう?
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◆
広がる青々とした森が、穏やかな風に揺れていた。その森へ至るための街道に、同じ鎧を纏った一団が大挙していく。
ファーデン私設軍。彼らはファーデン子爵とタビタ・エックホーフの救出という大義を背負い、そこにいる。
その実、その大義は薄氷のように薄く、脆い。
軍勢は壮大で、武器や騎馬を引き連れている。
率いるのはカデット・へルター。私設軍団長を務める彼の口元には、深い笑みが張り付いていた。戦闘に心を躍らせ、その目は見開かれている。
後衛はずらりと並び、その数は五百を数える。真っ直ぐにエルフの城へと向かっていくその一団を、オルトとフーゴは草陰から見ていた。
先回りで身を潜めていた彼らは、壮観な軍靴の足音で緊張に身体をこわばらせる。
この兵団を相手取る。但し勝利する必要はない。少しでも時間を稼ぐのが、オルトとフーゴの役目だ。
「彼らをヴィスガルドに入れるわけにはいかない、ここで食い止めるんだ」
戦況が本格化する前に、絢理が到着することを願って。一縷の望みに賭けて、勝てない戦いの火蓋を、切って落とした。
オルトは魔法陣を取り出し、進軍する先頭へと叫びを上げた。
「解きほぐせ、エーピオス!」
応じて、地面が溶け崩れる。ぬかるんだ地面に彼らが足元を取られている間に、フーゴが続いた。
「阻め!」
詠唱が私設軍の眼を捉え、そこに闇が広がる。彼らの視界を一時的に奪う。
どちらも殺傷力の低い、イタズラ程度にしか使えない魔法だ。それでも、数分、数秒の時間が稼げるならば、ちりも積もれば何とやらだ。
「――ネズミがいやがる」
カデットは慌てる素振りも見せず、脇に控える兵に指示を飛ばした。兵は背後に連なる荷台から魔法陣を取り出し、束になっているそれを贅沢に放り投げた。
「踏み荒らせ、ヒュプドーマ!」
刹那、空が眩い光に包まれる。同じ記述のされた魔法陣が一斉に効果を発したのだ。
周囲の木々が薙ぎ倒され、一瞬にして一帯が荒野へと転じた。
オルトとフーゴが隠れている場所とは異なっていたが、炙り出されるのは時間の問題だろう。
大量の魔法陣が同時消費されたのを見て、フーゴが戦慄する。
「何だあの出鱈目な使い方……ッ」
「あれは絢理君から押収した魔法陣だろうね。彼女は同じ魔法陣を大量に用意するのが得意なんだ」
「得意ってレベルじゃねえだろ。あれを止めるっていうのかよ……」
「でも、やるしかない」
オルトは退路と潜伏場所とを目測しながら、次の魔法陣を取り出した。
二人は魔法陣を交互に繰り出しながら、行軍の歩みを少しずつ遅くしていった。
だが、あくまで足止めに過ぎない。決して私設軍そのものを撤退させるには至らないし、だんだんとヴィスガルドまでの距離を詰められていった。
行軍の遅延とカデットたちの魔法陣の消費には一役買ったろうが、それまでだ。
せいぜいが一時間。
それが、二人の徹夜の成果だった。
やがてオルトとフーゴの潜む場所もなくなり、広大な荒野に彼ら二人の姿は晒された。
カデットが眉根を寄せ、怪訝な顔をするが、すぐに気を取り直したように嘲笑した。
「お前さんだったか。まあ、意外でもねえか。軍としての誇りを捨て、路地裏に身を潜ませた鼠らしい真似だな」
「てめえに言われたかねえよ」
潜む場所を変えながら魔法陣を繰り出し続け、すっかり息が上がっているフーゴだが、彼はあくまでも気丈に振る舞う。
カデットを見る目は鋭く、
「てめえこそ、誇りはどうしたよ」
「この威風が見えないのかよ? 我らファーデン私設軍は、子爵を救出すべく正義の旗を掲げ――」
「あんたなんだろ、カデット」
カデットが言い終えるより早く、フーゴは言葉を挟んだ。
「エルフの宝を壊したとか、ばかな真似をしたのは」
「……んん? 証拠でもあんのか?」
否定も肯定もしない。カデットは不気味な笑みを張り付かせたまま、フーゴに続きを促す。
「ねえよ」
と、あっさりと認めるフーゴ。
しかし、彼は吐き捨てるように続けた。
「あるわけねえだろそんなもん。昨日の今日で揃うか。だが、数週間前から武器の買い付けが異常に増えたって話を聞いた。販路を辿ってみたら、いくつかの手を経由して軍に納入されてることがわかった。まるで、戦争を予期していたみたいにだ」
「虫の知らせってやつかもな。自衛の手段はいくらあっても困りゃしねえ」
「ベラルダって秘宝を壊したのも、あえて取り返しをつかなくさせるためだ。これが盗みなら、返せば事が丸く収まっちまう。」
一息。
「結局はカデット。あんた、戦争がしたくて仕方なかったんだろう?」
<続>
広がる青々とした森が、穏やかな風に揺れていた。その森へ至るための街道に、同じ鎧を纏った一団が大挙していく。
ファーデン私設軍。彼らはファーデン子爵とタビタ・エックホーフの救出という大義を背負い、そこにいる。
その実、その大義は薄氷のように薄く、脆い。
軍勢は壮大で、武器や騎馬を引き連れている。
率いるのはカデット・へルター。私設軍団長を務める彼の口元には、深い笑みが張り付いていた。戦闘に心を躍らせ、その目は見開かれている。
後衛はずらりと並び、その数は五百を数える。真っ直ぐにエルフの城へと向かっていくその一団を、オルトとフーゴは草陰から見ていた。
先回りで身を潜めていた彼らは、壮観な軍靴の足音で緊張に身体をこわばらせる。
この兵団を相手取る。但し勝利する必要はない。少しでも時間を稼ぐのが、オルトとフーゴの役目だ。
「彼らをヴィスガルドに入れるわけにはいかない、ここで食い止めるんだ」
戦況が本格化する前に、絢理が到着することを願って。一縷の望みに賭けて、勝てない戦いの火蓋を、切って落とした。
オルトは魔法陣を取り出し、進軍する先頭へと叫びを上げた。
「解きほぐせ、エーピオス!」
応じて、地面が溶け崩れる。ぬかるんだ地面に彼らが足元を取られている間に、フーゴが続いた。
「阻め!」
詠唱が私設軍の眼を捉え、そこに闇が広がる。彼らの視界を一時的に奪う。
どちらも殺傷力の低い、イタズラ程度にしか使えない魔法だ。それでも、数分、数秒の時間が稼げるならば、ちりも積もれば何とやらだ。
「――ネズミがいやがる」
カデットは慌てる素振りも見せず、脇に控える兵に指示を飛ばした。兵は背後に連なる荷台から魔法陣を取り出し、束になっているそれを贅沢に放り投げた。
「踏み荒らせ、ヒュプドーマ!」
刹那、空が眩い光に包まれる。同じ記述のされた魔法陣が一斉に効果を発したのだ。
周囲の木々が薙ぎ倒され、一瞬にして一帯が荒野へと転じた。
オルトとフーゴが隠れている場所とは異なっていたが、炙り出されるのは時間の問題だろう。
大量の魔法陣が同時消費されたのを見て、フーゴが戦慄する。
「何だあの出鱈目な使い方……ッ」
「あれは絢理君から押収した魔法陣だろうね。彼女は同じ魔法陣を大量に用意するのが得意なんだ」
「得意ってレベルじゃねえだろ。あれを止めるっていうのかよ……」
「でも、やるしかない」
オルトは退路と潜伏場所とを目測しながら、次の魔法陣を取り出した。
二人は魔法陣を交互に繰り出しながら、行軍の歩みを少しずつ遅くしていった。
だが、あくまで足止めに過ぎない。決して私設軍そのものを撤退させるには至らないし、だんだんとヴィスガルドまでの距離を詰められていった。
行軍の遅延とカデットたちの魔法陣の消費には一役買ったろうが、それまでだ。
せいぜいが一時間。
それが、二人の徹夜の成果だった。
やがてオルトとフーゴの潜む場所もなくなり、広大な荒野に彼ら二人の姿は晒された。
カデットが眉根を寄せ、怪訝な顔をするが、すぐに気を取り直したように嘲笑した。
「お前さんだったか。まあ、意外でもねえか。軍としての誇りを捨て、路地裏に身を潜ませた鼠らしい真似だな」
「てめえに言われたかねえよ」
潜む場所を変えながら魔法陣を繰り出し続け、すっかり息が上がっているフーゴだが、彼はあくまでも気丈に振る舞う。
カデットを見る目は鋭く、
「てめえこそ、誇りはどうしたよ」
「この威風が見えないのかよ? 我らファーデン私設軍は、子爵を救出すべく正義の旗を掲げ――」
「あんたなんだろ、カデット」
カデットが言い終えるより早く、フーゴは言葉を挟んだ。
「エルフの宝を壊したとか、ばかな真似をしたのは」
「……んん? 証拠でもあんのか?」
否定も肯定もしない。カデットは不気味な笑みを張り付かせたまま、フーゴに続きを促す。
「ねえよ」
と、あっさりと認めるフーゴ。
しかし、彼は吐き捨てるように続けた。
「あるわけねえだろそんなもん。昨日の今日で揃うか。だが、数週間前から武器の買い付けが異常に増えたって話を聞いた。販路を辿ってみたら、いくつかの手を経由して軍に納入されてることがわかった。まるで、戦争を予期していたみたいにだ」
「虫の知らせってやつかもな。自衛の手段はいくらあっても困りゃしねえ」
「ベラルダって秘宝を壊したのも、あえて取り返しをつかなくさせるためだ。これが盗みなら、返せば事が丸く収まっちまう。」
一息。
「結局はカデット。あんた、戦争がしたくて仕方なかったんだろう?」
<続>
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