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第三章 印刷戦線
第48話 約束
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「戦争がしたくて仕方なかったんだろう?」
「馬鹿なことを」
「だったらそのニヤケ面、何とかしろよ」
指摘する先、カデットという大男の鉄面皮は、今やだらしなく歪んでいた。
不自然なまでに吊り上げられた口角は、武者震いというにも歪だ。
この状況を心底から望んでいた者にしか、浮かべることのできない表情だった。
「正義の執行には悪が必要なんだッ!」
カデットは一転、咆哮した。大地を踏み締め、屈辱を噛み締めるように歯噛みする。
「ファーデン三世の事なかれ主義には飽き飽きだ! 我ら軍人は戦のために組成された誇り高き武人だぜ! それが何だ、重税を課されようと、ヘラヘラと煮湯を飲み続け、戦う気概など一片たりともありゃしねえ!」
だから、とカデットは剣を掲げ、下卑た笑みで哄笑する。
「私自ら、戦禍の火種を作って差し上げたんだ。これに勝てば、子爵もお喜びになるに違いあるまい!」
「馬鹿野郎が……ッ」
そして掲げた剣を振い、フーゴとオルトへと切先を向けた。獲物との距離を測るように眼を眇め、ファーデン私設軍団長は宣言する。
「どきな! これは我らの初陣にして聖戦である!」
「今の話を聞いてどけるわけが――」
「その必要はない」
ふとした声が闖入した。戦場を割って響いた冷淡な声音は、不思議とその場にいた全員の耳朶を打った。
オルトとフーゴの眼前、大気が陽炎のように揺らめいた。カデットを始めとする一団が視界の中でぐにゃりと歪み、そこに何かがある、との思考が掠めた時には、既にそこに登場していた。
その正体を見て、オルトは諦念まじりに呟いた。
「……時間切れか」
姿を現したのは黒髪のエルフ。タビタと子爵とを捕虜に取った男だった。
彼はオルトに背を向け、私設軍を睥睨する。背筋を伸ばし、後ろ手に組む姿は悠然として、強者を前にした際の気負いや緊張はない。
「罪人を差し出せとは言ったが、罪人そのものが挙兵して侵略してくるとはな」
やれやれ、とイニアスは嘆息する。
「度し難いことだ」
平板な声に対し、カデットは吼える。高揚を隠しきれず獰猛な笑みを浮かべながら、口角泡を飛ばす。
「姿を現したな悪の権化! 重税で民を苦しめるだけでなく、我が主君、ファーデン子爵をも捕虜にとるとは言語道断! 貴様らエルフこそ、その罪を贖え!」
「本気で、挑むつもりかね?」
イニアスの問いに呼応して、オルトとフーゴの更に後方、大森林ヴィスガルドの前に、大規模な大気の歪みが生じた。
ファーデン私設軍が瞠目し、どよめく。オルトが振り向けば、そこには私設軍を遥かに凌駕するエルフの大群が揃っていた。
その数は千を優に超えるだろうが、
「我らエルフは本質的に狩猟の民だ。有事の際には、常に二千を超える戦士が集う」
愕然とエルフの一団を見る先、オルトは一際目立つそれを視界に捉え、悲鳴じみた声を上げた。
「タビタ……ッ!」
数十メートル先、組まれた櫓の高台に、タビタとファーデン三世の姿はあった。
二人は後ろ手に拘束され、膝をついていた。首を固定され、その有り様が意味する未来を想像し、総毛立つ。
剣を提げたエルフが、二人の脇に立っていた。
「ダメだ……!」
「包め、メーテール」
ほとんど本能的に駆け出したオルトの全身を、突如、大量の水が包み込んだ。
重力に逆らっって中空に漂いながら、粘りつくような水はオルトがもがいても離れない。
驚愕の叫びは、しかし声にならない。大量の水を飲んでしまい、酸素を吐き出してしまった。
魔法の詠唱はおろか、身動きもできない。
呼吸を奪われた恐怖と闘いながら、それでもオルトはタビタへと手を伸ばす。
「君も大人しくしていたまえ」
イニアスが冷たく告げた先、フーゴも、カデットも同様の魔法に捉えられていた。
一瞬にして戦力を無効化したイニアスは息をつく。
「約束を違えた、その責任を逃れようとは言うまい?」
<続>
「馬鹿なことを」
「だったらそのニヤケ面、何とかしろよ」
指摘する先、カデットという大男の鉄面皮は、今やだらしなく歪んでいた。
不自然なまでに吊り上げられた口角は、武者震いというにも歪だ。
この状況を心底から望んでいた者にしか、浮かべることのできない表情だった。
「正義の執行には悪が必要なんだッ!」
カデットは一転、咆哮した。大地を踏み締め、屈辱を噛み締めるように歯噛みする。
「ファーデン三世の事なかれ主義には飽き飽きだ! 我ら軍人は戦のために組成された誇り高き武人だぜ! それが何だ、重税を課されようと、ヘラヘラと煮湯を飲み続け、戦う気概など一片たりともありゃしねえ!」
だから、とカデットは剣を掲げ、下卑た笑みで哄笑する。
「私自ら、戦禍の火種を作って差し上げたんだ。これに勝てば、子爵もお喜びになるに違いあるまい!」
「馬鹿野郎が……ッ」
そして掲げた剣を振い、フーゴとオルトへと切先を向けた。獲物との距離を測るように眼を眇め、ファーデン私設軍団長は宣言する。
「どきな! これは我らの初陣にして聖戦である!」
「今の話を聞いてどけるわけが――」
「その必要はない」
ふとした声が闖入した。戦場を割って響いた冷淡な声音は、不思議とその場にいた全員の耳朶を打った。
オルトとフーゴの眼前、大気が陽炎のように揺らめいた。カデットを始めとする一団が視界の中でぐにゃりと歪み、そこに何かがある、との思考が掠めた時には、既にそこに登場していた。
その正体を見て、オルトは諦念まじりに呟いた。
「……時間切れか」
姿を現したのは黒髪のエルフ。タビタと子爵とを捕虜に取った男だった。
彼はオルトに背を向け、私設軍を睥睨する。背筋を伸ばし、後ろ手に組む姿は悠然として、強者を前にした際の気負いや緊張はない。
「罪人を差し出せとは言ったが、罪人そのものが挙兵して侵略してくるとはな」
やれやれ、とイニアスは嘆息する。
「度し難いことだ」
平板な声に対し、カデットは吼える。高揚を隠しきれず獰猛な笑みを浮かべながら、口角泡を飛ばす。
「姿を現したな悪の権化! 重税で民を苦しめるだけでなく、我が主君、ファーデン子爵をも捕虜にとるとは言語道断! 貴様らエルフこそ、その罪を贖え!」
「本気で、挑むつもりかね?」
イニアスの問いに呼応して、オルトとフーゴの更に後方、大森林ヴィスガルドの前に、大規模な大気の歪みが生じた。
ファーデン私設軍が瞠目し、どよめく。オルトが振り向けば、そこには私設軍を遥かに凌駕するエルフの大群が揃っていた。
その数は千を優に超えるだろうが、
「我らエルフは本質的に狩猟の民だ。有事の際には、常に二千を超える戦士が集う」
愕然とエルフの一団を見る先、オルトは一際目立つそれを視界に捉え、悲鳴じみた声を上げた。
「タビタ……ッ!」
数十メートル先、組まれた櫓の高台に、タビタとファーデン三世の姿はあった。
二人は後ろ手に拘束され、膝をついていた。首を固定され、その有り様が意味する未来を想像し、総毛立つ。
剣を提げたエルフが、二人の脇に立っていた。
「ダメだ……!」
「包め、メーテール」
ほとんど本能的に駆け出したオルトの全身を、突如、大量の水が包み込んだ。
重力に逆らっって中空に漂いながら、粘りつくような水はオルトがもがいても離れない。
驚愕の叫びは、しかし声にならない。大量の水を飲んでしまい、酸素を吐き出してしまった。
魔法の詠唱はおろか、身動きもできない。
呼吸を奪われた恐怖と闘いながら、それでもオルトはタビタへと手を伸ばす。
「君も大人しくしていたまえ」
イニアスが冷たく告げた先、フーゴも、カデットも同様の魔法に捉えられていた。
一瞬にして戦力を無効化したイニアスは息をつく。
「約束を違えた、その責任を逃れようとは言うまい?」
<続>
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