49 / 51
第三章 印刷戦線
第49話 徹夜明けの社畜の咆哮②
しおりを挟む
◆
斬首の剣を振りかぶられてなお、タビタは諦めてはいなかった。
状況を打開する方法は、死が訪れる刹那まであるはずだ。タビタは周囲に素早く視線を走らせる。
エルフの軍勢。ファーデン私設軍。数千に及ぶ脅威の中心。
オルトと、もう一人は味方だろうかーーエルフの魔法に捉えられ、助けの手はこちらに届きようもない。
隣ではファーデン三世が全身を小刻みに震わせていた。間に合わなかったと、小さく何度も繰り返している。
そしてタビタの護衛、戸叶絢理の姿はない。
剣が振り下ろされる。たおやかな首に刃が触れるその瞬間まで、タビタは諦めていなかった。
ただ静かに、理不尽に対する怒気が沸々と内面から湧き出てくる。
「死んで、たまるか……ッ!」
首の奥、脊髄が熱を帯びる。斬首の脅威から神経が緊張しているのかと思った。
だが、違った。
それは死への恐怖を凌駕する生への渇望。彼女の内に流れる龍族の血が、エルフごときに殺されるなどという冒涜を許さなかった。
刃が彼女の首に食い込む。瞬間。
キィン!
と、澄んだ音が処刑台に響き渡った。剣を振るったエルフの目が驚愕に見開かれる。
鋭利な刃は、それより尚硬質にして頑健な鋼に弾かれ、エルフの手を離れて放物線を描いた。
櫓から落下していき、刃を下に向けた剣が地に突き刺さった。
剣は確かにタビタの首を捉えていた。だがその首が変容している。鋼の如き鱗が彼女の首を覆い、剣を弾き返したのだ。
タビタの全身は少女の姿を保ちながら、限定的に、竜の鱗が顕現していた。
龍の気配に、その場にいた全員が慄く。それはイニアスも同様だった。
集中を欠いた魔法が解除され、オルトやフーゴ、私設軍が解放される。
全員が呆気に取られ、静寂が戦場を支配する。その刹那の間隙を、縫う音があった。
ゴゴゴ……
遠雷の如き、地鳴りの如き音だった。それは始め、遥か遠くに聞こえていた。気にするほどではないだろうと思えたその音はしかし、あっという間に轟音へと成長した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
音というにはがむしゃらで不規則で不恰好。だが確かに何か巨大な質量が、物凄い速度で大地を蹂躙しながら近づいてきていた。
ゴウンゴウンゴゴゴゴゴウンンンッ!
木々を薙ぎ倒しながら姿を現したその正体を見て、タビタは怒りが急速に萎んでいくのを感じた。沸血していた龍はなりを潜め、代わりに、腹の底から笑気が込み上げてきた。
捕縛されている状況は変わっていないが、この笑いは、どうにも収まりそうにない。
「ぷ、くく、あはははは! いや流石に、それは予想してなかったわ」
◆
「な、なな、何だそれはっ!」
常に沈着冷静で知られるイニアスは、人生で初めて、開いた口が塞がらなくなった。
◆
高速移動してきた巨大な質量が急制動をかける。派手な土埃をあげて、慣性に従って少しつんのめりながらも、それは戦場の真ん中で停止した。
見上げるばかりの巨大な威容、その内部。窓際に立った彼女は腕組みをして、一様に唖然としている兵たちを見渡した。
「私だって、大ヒット海賊漫画くらい嗜んでるってことですよーー」
そうして社畜は宣言する。
「この戦争を終わらせにきた! どん!」
<続>
斬首の剣を振りかぶられてなお、タビタは諦めてはいなかった。
状況を打開する方法は、死が訪れる刹那まであるはずだ。タビタは周囲に素早く視線を走らせる。
エルフの軍勢。ファーデン私設軍。数千に及ぶ脅威の中心。
オルトと、もう一人は味方だろうかーーエルフの魔法に捉えられ、助けの手はこちらに届きようもない。
隣ではファーデン三世が全身を小刻みに震わせていた。間に合わなかったと、小さく何度も繰り返している。
そしてタビタの護衛、戸叶絢理の姿はない。
剣が振り下ろされる。たおやかな首に刃が触れるその瞬間まで、タビタは諦めていなかった。
ただ静かに、理不尽に対する怒気が沸々と内面から湧き出てくる。
「死んで、たまるか……ッ!」
首の奥、脊髄が熱を帯びる。斬首の脅威から神経が緊張しているのかと思った。
だが、違った。
それは死への恐怖を凌駕する生への渇望。彼女の内に流れる龍族の血が、エルフごときに殺されるなどという冒涜を許さなかった。
刃が彼女の首に食い込む。瞬間。
キィン!
と、澄んだ音が処刑台に響き渡った。剣を振るったエルフの目が驚愕に見開かれる。
鋭利な刃は、それより尚硬質にして頑健な鋼に弾かれ、エルフの手を離れて放物線を描いた。
櫓から落下していき、刃を下に向けた剣が地に突き刺さった。
剣は確かにタビタの首を捉えていた。だがその首が変容している。鋼の如き鱗が彼女の首を覆い、剣を弾き返したのだ。
タビタの全身は少女の姿を保ちながら、限定的に、竜の鱗が顕現していた。
龍の気配に、その場にいた全員が慄く。それはイニアスも同様だった。
集中を欠いた魔法が解除され、オルトやフーゴ、私設軍が解放される。
全員が呆気に取られ、静寂が戦場を支配する。その刹那の間隙を、縫う音があった。
ゴゴゴ……
遠雷の如き、地鳴りの如き音だった。それは始め、遥か遠くに聞こえていた。気にするほどではないだろうと思えたその音はしかし、あっという間に轟音へと成長した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
音というにはがむしゃらで不規則で不恰好。だが確かに何か巨大な質量が、物凄い速度で大地を蹂躙しながら近づいてきていた。
ゴウンゴウンゴゴゴゴゴウンンンッ!
木々を薙ぎ倒しながら姿を現したその正体を見て、タビタは怒りが急速に萎んでいくのを感じた。沸血していた龍はなりを潜め、代わりに、腹の底から笑気が込み上げてきた。
捕縛されている状況は変わっていないが、この笑いは、どうにも収まりそうにない。
「ぷ、くく、あはははは! いや流石に、それは予想してなかったわ」
◆
「な、なな、何だそれはっ!」
常に沈着冷静で知られるイニアスは、人生で初めて、開いた口が塞がらなくなった。
◆
高速移動してきた巨大な質量が急制動をかける。派手な土埃をあげて、慣性に従って少しつんのめりながらも、それは戦場の真ん中で停止した。
見上げるばかりの巨大な威容、その内部。窓際に立った彼女は腕組みをして、一様に唖然としている兵たちを見渡した。
「私だって、大ヒット海賊漫画くらい嗜んでるってことですよーー」
そうして社畜は宣言する。
「この戦争を終わらせにきた! どん!」
<続>
1
あなたにおすすめの小説
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる