46 / 51
第三章 印刷戦線
第46話 刻限
しおりを挟む
◆
半日もしないうちに、絢理はエックホーフ領を過ぎ、快走印刷株式会社・板橋工場へと戻ってきた。初めこそ恐怖でしがみついていたが、街を出て障害物がなくなってからは、速度にも慣れ、快適な旅だった。
夜通しの移動で一瞬寝落ちしたが、転倒することもなく無事だったのは魔法陣が優秀だったのだろう。
工場への敷居を跨ぎながら、絢理はフーゴの話を反芻していた。
出発間際、魔法陣を発動させる前に、ふと絢理は思いついたように尋ねた。
「これ、高い系層とは聞きましたが、具体的には何番目なんです? 一番強いやつですか?」
フーゴは苦笑して応じた。
「いや、系層で言えば、そいつは4番目だな。それでも滅多にお目にかかれない貴重品だよ」
ちなみに、とフーゴは続けた。
「最高系層の魔法陣は異界級って言ってな」
「……は?」
「何だよ、聞いたことでもあったか? 異界級。この世のものでは太刀打ちできない、まるで異世界から呼び寄せたかの如き魔法って呼ばれてるよ。まあ、それこそ世の中に存在してるかも怪しいけどな」
絢理は、開いた口が塞がらない。ポカンと口を開けたまま、思わず自分自身を指さした。
意図がわからず、フーゴは首を傾げる。
「何だよ?」
「いえ……」
この印刷工場も、異界から見れば超常技術のオーパーツに他ならない。
異界級とのネーミングと、戸叶絢理が印刷工場という絶対的な力を持って転生してきたこととは、偶然の一致とは思えない。
「何なんですかねー、私たちって」
独りごちながら、オフセット印刷機を見上げる。当然、印刷機が答えを返して来ることはないが。
「まあ、今は印刷を始めましょう。クライアントが待ってますしね」
彼女はまだ知らない。
三日という納期が既に破綻しており、今すぐにでもファーデンへ戻らねばならないという、致命的な事実を。
◆
「出なさい」
伶俐な声が室内に届き、タビタは目を覚ました。
ベッドから身を起こして、朝日が登っていることを窓外に確認する。一夜明け、状況は好転しただろうか。
大森林ヴィスガルド内、エルフの起居する城の一室で、彼女は過ごしていた。捕虜とはいえ位のある要人である。タビタとファーデン三世はエルフから丁重な扱いを受けていた。
子爵とは別室だし、用意された部屋も牢獄ではなくしっかりと設られた客室である。
流石に部屋の外には出られないよう窓と扉とは施錠されていたが、手錠や足枷の類はない。
タビタは扉の方を改めて見やる。
「貴方自ら起こしてくれるとは意外だったわ」
扉を開けて彼女に呼びかけたのは、昨夜この城まで連行したイニアスだった。
「状況が変わったのでな。急遽、呼び立てすることとなった」
その一言でタビタが顔を明るくし、イニアスの方へと歩を進める。
「もしかしてもう見つかったの、犯人?」
状況が好転したのだろうと解釈したタビタは、しかし、表情を曇らせる。
数歩を進んだことで、イニアスの背後にファーデン三世が控えているのが見て取れたのだ。彼は、沈鬱な顔を青ざめさせていた。
タビタが足を止め、気を引き締める。
改めてイニアスと正対する。
「逆ってわけか」
「まさしく」
短く頷き、イニアスは淡々と告げた。
「武装した人間どもが大挙してこの大森林に向かっているとの報を得た。が、罪人を連れている様子はないようだ。信じがたいことではあるが、どうやら戦うつもりらしい。我々も迎撃の準備を始めているところだ」
タビタは、彼の視線が首元へ集中するのを感じた。思わず、首をすくめて一歩を退く。
窓外へ視線を転じる。
そこに救いなど、ありはしないのに。
しかし彼女は、そこにあるはずのない影へ向かって小さく毒づいた。
「全く、何モタモタしてんのよ……!」
「処刑せねばなるまい。気の毒ではあるがね」
<続>
半日もしないうちに、絢理はエックホーフ領を過ぎ、快走印刷株式会社・板橋工場へと戻ってきた。初めこそ恐怖でしがみついていたが、街を出て障害物がなくなってからは、速度にも慣れ、快適な旅だった。
夜通しの移動で一瞬寝落ちしたが、転倒することもなく無事だったのは魔法陣が優秀だったのだろう。
工場への敷居を跨ぎながら、絢理はフーゴの話を反芻していた。
出発間際、魔法陣を発動させる前に、ふと絢理は思いついたように尋ねた。
「これ、高い系層とは聞きましたが、具体的には何番目なんです? 一番強いやつですか?」
フーゴは苦笑して応じた。
「いや、系層で言えば、そいつは4番目だな。それでも滅多にお目にかかれない貴重品だよ」
ちなみに、とフーゴは続けた。
「最高系層の魔法陣は異界級って言ってな」
「……は?」
「何だよ、聞いたことでもあったか? 異界級。この世のものでは太刀打ちできない、まるで異世界から呼び寄せたかの如き魔法って呼ばれてるよ。まあ、それこそ世の中に存在してるかも怪しいけどな」
絢理は、開いた口が塞がらない。ポカンと口を開けたまま、思わず自分自身を指さした。
意図がわからず、フーゴは首を傾げる。
「何だよ?」
「いえ……」
この印刷工場も、異界から見れば超常技術のオーパーツに他ならない。
異界級とのネーミングと、戸叶絢理が印刷工場という絶対的な力を持って転生してきたこととは、偶然の一致とは思えない。
「何なんですかねー、私たちって」
独りごちながら、オフセット印刷機を見上げる。当然、印刷機が答えを返して来ることはないが。
「まあ、今は印刷を始めましょう。クライアントが待ってますしね」
彼女はまだ知らない。
三日という納期が既に破綻しており、今すぐにでもファーデンへ戻らねばならないという、致命的な事実を。
◆
「出なさい」
伶俐な声が室内に届き、タビタは目を覚ました。
ベッドから身を起こして、朝日が登っていることを窓外に確認する。一夜明け、状況は好転しただろうか。
大森林ヴィスガルド内、エルフの起居する城の一室で、彼女は過ごしていた。捕虜とはいえ位のある要人である。タビタとファーデン三世はエルフから丁重な扱いを受けていた。
子爵とは別室だし、用意された部屋も牢獄ではなくしっかりと設られた客室である。
流石に部屋の外には出られないよう窓と扉とは施錠されていたが、手錠や足枷の類はない。
タビタは扉の方を改めて見やる。
「貴方自ら起こしてくれるとは意外だったわ」
扉を開けて彼女に呼びかけたのは、昨夜この城まで連行したイニアスだった。
「状況が変わったのでな。急遽、呼び立てすることとなった」
その一言でタビタが顔を明るくし、イニアスの方へと歩を進める。
「もしかしてもう見つかったの、犯人?」
状況が好転したのだろうと解釈したタビタは、しかし、表情を曇らせる。
数歩を進んだことで、イニアスの背後にファーデン三世が控えているのが見て取れたのだ。彼は、沈鬱な顔を青ざめさせていた。
タビタが足を止め、気を引き締める。
改めてイニアスと正対する。
「逆ってわけか」
「まさしく」
短く頷き、イニアスは淡々と告げた。
「武装した人間どもが大挙してこの大森林に向かっているとの報を得た。が、罪人を連れている様子はないようだ。信じがたいことではあるが、どうやら戦うつもりらしい。我々も迎撃の準備を始めているところだ」
タビタは、彼の視線が首元へ集中するのを感じた。思わず、首をすくめて一歩を退く。
窓外へ視線を転じる。
そこに救いなど、ありはしないのに。
しかし彼女は、そこにあるはずのない影へ向かって小さく毒づいた。
「全く、何モタモタしてんのよ……!」
「処刑せねばなるまい。気の毒ではあるがね」
<続>
1
あなたにおすすめの小説
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる