Dune

noiz

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Dune 06

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昨夜隊長が言った通り、後は作戦が組みあがるまで自由行動になった。街の中であればどこへ行っても構わないという。
特に行きたいところもなかったが、酒場に行ってみることにした。

「フォービア」

すぐ近くの地下酒場へ入ると、カウンターの一団から呼び掛けられた。見知った顔の兵士達の中心に居るのは隊長だ。

「隊長、作戦本部に居なくていいんですか?」
「うちの部隊の動きはもう決まってる。他の部隊の動きが決まる頃にまた顔を出すよ。通信も入るようになってるしな」

見れば、隊長は酒を飲んでいないようだった。無論本部を抜けていいはずはないのだが、適当に小言を聞き流す気でいるのだろう。

「まったくやってらんねぇよなァ。今度はビーチに出れると思ったのによぉ」
「戦況が変わったんだ、仕方ないさ」

兵士達が溜息を漏らす。本当だったら、海のある星へ出る予定だった。補給地点にはビーチもあると聞いていたので、浮かれていた奴も多かった。しかしこちらの星の戦況が悪くなった為、急遽変更になったのだ。

「地球に帰りてぇなァ」
「お前はもうすぐ任期が終わるだろう。もう兵役はやめるのか?」
「当たり前さ。今度こそまともな職を探す」
「でも相変わらずどこも不況だしなぁ。こんなことならもっと勉強しとくんだったぜ」
「俺もこんなことなら務所行きを飲むべきだった。人殺しなら務所よか向いてると思ったんだがなぁ。こんなにハードじゃ身が持たねぇ」
「お前は強盗殺人なんてくだらねぇことするからだ」
「るせぇなァ。楽して稼げりゃそれが一番だろうが。お前もそう思うだろ?フォービア」
「さあ。少なくとも俺に犯罪歴は無い」
「ハッ。つまんねぇ野郎だぜ」

兵士達と話す合間に、隊長が酒を頼んでくれたらしい。バーテンがグラスを寄越した。目で隊長に礼を言って、薄紅色のアルコールを飲む。内臓が焼けるような感覚がした。

「美味いだろう?」
「えぇ。昨夜おっしゃってた地酒ですか」
「あぁ」
「前にもこの星へ?」
「一年近く前にな。その時も戦況が悪くて、もう駄目だと思ったよ」
「今回より酷かったですか?」
「…そうだな。あれを切り抜けられたんだ。今回も大丈夫さ」

隊長は煙草の紫煙を吐き出しながら言う。なんでもない事のように言う彼の視線は、灰皿に散った灰へ落ちていた。

「昨日の、ことですが」

どう言えばいいのか考えて、結局陳腐な言葉しか浮かばなかった。

「隊長のせいだなんて、誰も思ってません」

隊長は下ろしていた視線をこちらへ向け、目を細めた。

「返って気にさせたか。悪い。未だに巧く立ち回れないな、俺は」
「そういう意味では」
「いや。俺は、」

隊長は言いかけて、沈黙した。紫煙だけが立ち昇る。他の兵士達の会話が、遠く聞こえた。

「俺は、力が欲しい」

若くして大尉までになった男は、そう言った。

「軍に入ったばかりの頃は、勇者気取りだったよ。俺は正義を行うんだって思ってた。でも物事はそんなに単純じゃない。すぐに思い知ったよ」

隊長の指先で、煙草は灰に変わっていく。薬指に嵌められた銀の指輪が、照明を反射していた。

「今は正義や悪より、目の前に居る味方だけでも守りたいって、それだけだよ。敵の事情や世界情勢なんて、正直二の次だ。やっぱり人間、目の前にあることで手一杯だな」

煙草を灰皿に押し付けて、隊長は言う。

「フォービアは、今度の任期が終わったらもうやめるのか?」
「いえ。自分は続けます」
「なにか続ける理由があるのか」
「一般人に戻るには、俺は人を殺しすぎました」

たとえば、全部やめて。ただDuneに住むこともできる。真っ当な仕事に就いて。それを選びさえすれば、俺はトゥルーと共に居ることもできるだろう。けれど―――。

けれど、それを選ぶことはできない。無かったことにはできないからだ。俺はもう関係ないと、切り捨てるには誰かを犠牲にし過ぎている。仲間と呼べる兵士も居る。この身体が武器として機能する内はまだ、投げ出して生きることはできない。

「やっぱり、お前は真面目すぎるな」

隊長は笑った。笑うとまだ少年のあどけなさが残っているような気がする。彼はそういう若さのすべて飲み込んで、トリガーを引いているのかもしれない。大きく逞しい体躯なんて持っていない。その最低限の筋力だけを付けた痩身で、部下を守るのだ。トリガーを引かなければならないと思った。もっと彼のように強くならなければと。必要な冷酷さを、理性を失わずに身に付けなればならない。俺は戦場に生きているのだから。


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