Dune

noiz

文字の大きさ
5 / 24

Dune 05

しおりを挟む





一時体勢を立て直す為に、全部隊が臨時基地に召集された。近くの街の公共施設を借りたのだ。
各所の確認だけをして、とりあえず今夜は休みになった。

俺は割り当てられた部屋のベッドで、何をするでもなく銃身を撫でながら部屋の壁を眺めていた。なんの変哲もないその壁は、ごく有り触れた日常を見せていて、返って非日常的に見えた。俺はさっきまで土埃と銃弾の舞う爆撃の中に居たのに、ここはとても静かだ。死体も転がっていないし、腐臭もしない。

「フォービア、居るか」

扉がノックされて聞こえた声に、俺は銃を置いてベッドから降りるとドアを開けた。

「隊長、」
「あぁ、悪いな。休んでるところ」
「そんな、」

隊長は、入っても構わないかと訊く。頷いて扉を大きく開けると、部屋に入ってきた。隊長格の人間が一般兵の部屋をわざわざ訊ねてくるなんて、まずもってありえないことだ。しかし隊長は机の上に置いてあった小さな本を手に取りながら、軽い調子で話した。

「戦地に本を持ってくる奴も珍しいな。しかもアナログか」
「えぇ。戦地では余程の性能でなければタブレットはすぐに壊れてしまいますから」
「それもそうだな」

目を合わせないままの隊長は興味があるのかないのか、本を捲りながら頷く。

「あの、レイノルズ隊長…?」
「レイでいいっていってんのに。お前は真面目だなぁ」

隊長は本を置くと、顔を上げて笑った。隊長というには些か若すぎる彼が小首を傾げた時、金混じりの茶色の髪の間から、シルバーのピアスが覗いた。ルビーを入れた十字架のピアスだ。中隊を率いる大尉だというのに、彼は兵士達に気さくに声をかける。まるで友人のように接して、冗談もよく言った。規則も緩くて、頭の堅い上層部の中にはよく思っていない者もいるが、大抵の人間に好かれている男だ。なにより、彼は頭が切れて容量もよく、時に必要な冷酷さを持っていた。やると決めれば、拷問もできる人だ。

「何か御用があったのでは」
「…あぁ。べつに。どうしてるかと思ってな」
「どうしてるか、とは…」
「フォービア、」
「はい」
「明日は自由行動の時間が取れそうだ。ちゃんと息抜きしてこいよ」

肩を軽く叩いて、俺よりも少し背の低い隊長が笑う。

「ここの酒は美味いからな」

そして隊長はまともな用件も言わずにドアノブに手をかけた。けれど回さずに立ち止まり、ノブを握り締めた。

「助けられなくて、すまなかった。」

一瞬、言葉の意味がわからなかった。

「…あいつは良い奴だった。俺の力不足で、死なせてしまった」

隊長はそれだけ言うと、今度こそノブを回して部屋を出て行った。呼びかけようとしたけれど、声が喉にひっかかって出なかった。

驚いていた。

隊長が。あんなことを思っているなんて。どうかしてる。彼は間違ったことをしたわけじゃない。彼のミスで死なせたわけじゃない。撃ち殺したのは隊長の良心に他ならない。本当は俺が撃つべきだったのに。代わりに手を下してくれたのだ。責める要素なんてどこにもない。そんなことを隊長が気にしていれば、命取りにだってなりかねないのに。だけど、

「良い奴だった」

俺は隊長の言葉を反芻した。そう、良い奴だった。

「トッド、」

そしてもう二度と、口にすることはないかもしれない名前を呟いた。あいつは俺と違って、正義や神を信じている男だった。そして死を恐れ、星の衰退も恐れていた。彼はとても人間的だったのだ。彼は彼の正義を諦めなかった。いつか平和になるんだと信じていた。信じなくてはいられなかったのだとしても。

隊長のピアスがやけに意識へ残った。隊長は神を信じているんだろうか。あれはただのファッションだろうか。隊長には正義や信念があるんだろうか。俺には無い。俺にはなにも無い。

「トゥルー。」

俺にはひとつだけだ。この戦地とも、紛争とも、俺のこの仕事とも関係ない。トゥルーが居る。もっと早くにトゥルーに出逢っていれば、俺は軍人にならなかったんだろうか。意味の無い、こんなとりとめない。軍人にならなければDuneへ行くことも無かった。トゥルーに逢うことも。

俺はまた、誰かを見殺しにいくのだ。誰かを、殺しにいく。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...