Dune

noiz

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Dune 05

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一時体勢を立て直す為に、全部隊が臨時基地に召集された。近くの街の公共施設を借りたのだ。
各所の確認だけをして、とりあえず今夜は休みになった。

俺は割り当てられた部屋のベッドで、何をするでもなく銃身を撫でながら部屋の壁を眺めていた。なんの変哲もないその壁は、ごく有り触れた日常を見せていて、返って非日常的に見えた。俺はさっきまで土埃と銃弾の舞う爆撃の中に居たのに、ここはとても静かだ。死体も転がっていないし、腐臭もしない。

「フォービア、居るか」

扉がノックされて聞こえた声に、俺は銃を置いてベッドから降りるとドアを開けた。

「隊長、」
「あぁ、悪いな。休んでるところ」
「そんな、」

隊長は、入っても構わないかと訊く。頷いて扉を大きく開けると、部屋に入ってきた。隊長格の人間が一般兵の部屋をわざわざ訊ねてくるなんて、まずもってありえないことだ。しかし隊長は机の上に置いてあった小さな本を手に取りながら、軽い調子で話した。

「戦地に本を持ってくる奴も珍しいな。しかもアナログか」
「えぇ。戦地では余程の性能でなければタブレットはすぐに壊れてしまいますから」
「それもそうだな」

目を合わせないままの隊長は興味があるのかないのか、本を捲りながら頷く。

「あの、レイノルズ隊長…?」
「レイでいいっていってんのに。お前は真面目だなぁ」

隊長は本を置くと、顔を上げて笑った。隊長というには些か若すぎる彼が小首を傾げた時、金混じりの茶色の髪の間から、シルバーのピアスが覗いた。ルビーを入れた十字架のピアスだ。中隊を率いる大尉だというのに、彼は兵士達に気さくに声をかける。まるで友人のように接して、冗談もよく言った。規則も緩くて、頭の堅い上層部の中にはよく思っていない者もいるが、大抵の人間に好かれている男だ。なにより、彼は頭が切れて容量もよく、時に必要な冷酷さを持っていた。やると決めれば、拷問もできる人だ。

「何か御用があったのでは」
「…あぁ。べつに。どうしてるかと思ってな」
「どうしてるか、とは…」
「フォービア、」
「はい」
「明日は自由行動の時間が取れそうだ。ちゃんと息抜きしてこいよ」

肩を軽く叩いて、俺よりも少し背の低い隊長が笑う。

「ここの酒は美味いからな」

そして隊長はまともな用件も言わずにドアノブに手をかけた。けれど回さずに立ち止まり、ノブを握り締めた。

「助けられなくて、すまなかった。」

一瞬、言葉の意味がわからなかった。

「…あいつは良い奴だった。俺の力不足で、死なせてしまった」

隊長はそれだけ言うと、今度こそノブを回して部屋を出て行った。呼びかけようとしたけれど、声が喉にひっかかって出なかった。

驚いていた。

隊長が。あんなことを思っているなんて。どうかしてる。彼は間違ったことをしたわけじゃない。彼のミスで死なせたわけじゃない。撃ち殺したのは隊長の良心に他ならない。本当は俺が撃つべきだったのに。代わりに手を下してくれたのだ。責める要素なんてどこにもない。そんなことを隊長が気にしていれば、命取りにだってなりかねないのに。だけど、

「良い奴だった」

俺は隊長の言葉を反芻した。そう、良い奴だった。

「トッド、」

そしてもう二度と、口にすることはないかもしれない名前を呟いた。あいつは俺と違って、正義や神を信じている男だった。そして死を恐れ、星の衰退も恐れていた。彼はとても人間的だったのだ。彼は彼の正義を諦めなかった。いつか平和になるんだと信じていた。信じなくてはいられなかったのだとしても。

隊長のピアスがやけに意識へ残った。隊長は神を信じているんだろうか。あれはただのファッションだろうか。隊長には正義や信念があるんだろうか。俺には無い。俺にはなにも無い。

「トゥルー。」

俺にはひとつだけだ。この戦地とも、紛争とも、俺のこの仕事とも関係ない。トゥルーが居る。もっと早くにトゥルーに出逢っていれば、俺は軍人にならなかったんだろうか。意味の無い、こんなとりとめない。軍人にならなければDuneへ行くことも無かった。トゥルーに逢うことも。

俺はまた、誰かを見殺しにいくのだ。誰かを、殺しにいく。



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