Dune

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Dune 13

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「頼むよ、急用なんだよ! フォービアって奴に会わせてくれ!!」

なんだか軍用宿舎に似つかわしく無いような若い声が上がってエントランスが騒がしい。何事かと立ち寄ってみると、なぜか俺の名前を呼んでいるらしい少年が警備兵と揉めていた。

「彼に申請が受理されなければ会うことはできない!」

どうやら揉め始めたばかりなのだろう。ID審査を経てデータ記録を完了させ俺に連絡が入るまで数分は掛かる。

「俺ならここに居る。受理しよう。要件はなんだ」
「フォービア!」
「なぜ俺を知っている」
「俺はトゥルーの同室なんだ! トゥルーが大変なんだよ! 来てくれよ!!」
「トゥルーが?」

警備兵に抑えられながら騒ぐ少年がトゥルーの名を出したので、一瞬戸惑ってしまう。しかし、今さら彼に逢うことなど、もうできない。

「…帰ってくれ。彼とはもう会えない」
「なっ…なんでだよ!」
「何があったか知らないが、事情があるんだ」
「事情なんてこっちだってあんだよ! スカしてんじゃねぇぞ! トゥルーはあんたを待ってんだ!」

尋常でない様子の少年に、流石に何か大事が起こったらしいと認めた俺は、少年を連れてざわめく宿舎の外へ出た。

「ったく…苦労したぜ。あんたの顔知ってたから良かったものの」
「なぜ俺を知ってる。トゥルーに聞いたのか?」
「いや、そういうんじゃないけど。俺、あんたとトゥルーが歩いてるとこ何度か見たことあって。それで…印象に残ってたんだよ。あんたは軍人だし、それに…トゥルーがあんな顔してるとこ、他で見ないからさ」

少年は、少し俯いて呟くように言った。

「トゥルーはさ、いつもどっか遠いんだ。一線引いて…別に周り見下してるとかそんなんじゃないけど、でも。俺達とは違うんだ。あいつはどっか別のとこに生きてて、誰といても、心は他のとこに在るみたいだった。笑ったり怒ったりしてもさ、表情がなんか薄いんだよ。他の奴等より。でも、あんたと居る時のトゥルーは、違った。ちゃんとそこに生きてた。あんな嬉しそうに、楽しそうに笑ってるとこ、俺見たことなくてさ。なんかちょっと、羨ましかったんだ。あんたのこと」

少年はそこまで言うと、顔を上げて照れたように笑った。しかしすぐに真顔になって、目に力を込めた。

「だから、あんたじゃないと駄目なんだよ、トゥルーは」
「…何があった」
「…寮生に犯られた」

一瞬、言ってることが解らなかった。
どういう事だ?

「拘束されて無理やりされたみたいだ。トゥルーは憔悴しきってる。それでなくとも最近様子がおかしくて…飯もろくに食ってなかったのに。今はもう、まともに喋ることもできない。震えて、怖がってて…ベッドにも入れない。だけど、あんたの名前は呼んだから。」

少年は、睨むような顔で言う。

「だから来たんだ。一番近い軍部の入口であんたの居場所を聞いたらここの宿舎だっていうから。なあ、頼むよ。トゥルーを今助けてやれんのあんただけなんだ。いや、きっと…ずっと前から、あんただけだったんだろ?」

俺にとっても、トゥルーのような存在は唯一で初めてだった。
けど、トゥルーにとって、それが俺であるのは余りに不幸過ぎるじゃないか。

けれど、誰に頼ることも甘えることも出来ずにいたトゥルーを、もう無関係だなんて切り捨てる事は出来なかった。



 +++



「トゥルー!」

寮のエントランスで今度は自分が通るのに苦心しながら、なんとかトゥルーの部屋へ辿り着いた。マノスという少年はここまで手引きすると、部屋の中へは入らなかった。彼のような善いルームメイトが居た事に、感謝しなければならない。

「フォー、ビア?」

微かに小首を傾げたように、透明な瞳をしたトゥルーが俺を視る。ベッドもシーツも駄目なのか、トゥルーは床に座ってタオルケットをかけていた。いつもなら花が綻ぶような笑い方で迎えるトゥルーの顔には、なんの表情もなく、ただ俺を真っ直ぐ見つめていた。

「トゥルー…すまない」
「フォービア」
「トゥルー…」
「フォー、ビ、ア」

腕の中に抱き締めると、トゥルーは震える腕を背中に回してきた。服を掴むその指先の儚さに、辛いのはトゥルーなのに叫び出したくなった。嗚呼、こんなに。こんなにトゥルーは俺を求めていてくれたのに。俺を、繋ぎとめていてくれたのに。俺は何をしていたんだろう。彼がそんな目に遭っているときに。彼が俺を求めてくれていたときに。あんな宿舎に閉じこもって、何を守れるつもりだった。一番大切な人を守れないで、俺は前線に立つなんて、言っていたのか。

「すまない、トゥルー…」
「フォービア…お、れ…」
「…トゥルー?」
「こわ、か……俺…フォー、ビアじゃ、ない、のに…」

身を少し離して顔を見ると、トゥルーの眼から一筋の涙が零れ落ちた。
あとはもう、ただ雫が流れていくように、頬を何度も伝っていった。

「悪かった。辛い思いをさせて…」
「…ッ……」
「お前を、守れなくて」
「ちがう…フォービア…俺…最低…なん、だ…」
「お前は悪くない」
「だっ、て…」
「お前はなにも、悪くない…」

頭を撫でて抱き締めると、トゥルーは儚い力で精一杯縋りついてきた。震える腕で、しがみつくようにして、トゥルーは泣いた。
お前を守れなかった俺を、どうしてそんなに求めるのか。こんな、救いようの無い馬鹿な男を。

「フォー、ビア…?」
「なんだ?」

出した声には、これ以上ないくらい愛しさが滲んでいたのが自分で解った。どうか、彼に優しく響いてくれたらいい。
トゥルーは少し安心したような目をした。そして、言った。

「ねぇ、お願い…今度は、抱いて、くれる…?」
「トゥルー…」
「お願い…フォービアの記憶で、埋めたい…フォービアだけに、なりたいんだ…」
「トゥルー、けど、」
「忘れさせて…」

こんなに怯えた身体を晒して、トゥルーは切なくそれを願った。震える指先に縋られて、愛しさと遣る瀬無さばかりが湧き上がる。
責めたっていいのに。恨んでも、憎んでも。俺がすべて悪かったんだから。お前に躊躇ったことも、守れなかったことも。俺を求めていてくれた、お前への裏切りばかり重ねたのに。

「約束するのは、初めてだな」

冷たいトゥルーの掌を左手に重ねて、うつくしい宝石のような瞳を見つめる。そして俺を、優しく見つめ返す瞳がある。

「トゥルー。今度は、裏切らない。もう一度、俺を信じてくれるか…?」
「裏切られたことなんて、ないよ…フォービア」


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