グリムキラーズ〜失われし童話〜

アリエッティ

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眠れる森の美女

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 「スニーズ!」

 「その声..トビーか?」
小人が先導し先の道に居る仲間の小人に声を掛ける。

「俺たちは十字路に一体ずつ、見張りのように佇んでいる。手間が掛かるが全員集まる、そしたらやってくれるよな〝さっきの話〟」

「…ああ。」
小人とはとある約束をした。森を抜け出す為にも必要なこと、どちらにとっても大事な事だ。

「連れのそいつらは?」

「ああ、協力者だよ。
この人達がどうにかしてくれる」

「…よし、着いてこい。」
道を案内がてら次なる小人の元へ向かう。これを何度か繰り返し、やがて七人の小人が首を揃えて並ぶ事となった。

「トビーだ」

「スニーズ」

「バッフー」

「スリープ」

「ピース!」

「グンリー」

「ドッキーじゃよ。」
七人共々同じ背丈
顔も殆ど同じだが兄弟では無いらしい。

「名前などどうでもいい、早く話してくれ」

「お前、グレーテルか?」

「大きくなったなぁ、前に見たときは物凄く小さかったのに。」

「お兄さんは元気か?」

「このパン、何度も食べそうになった..」

「絶対に食うなよ?」

「この森は危険だ、いつからそうなったのかね」

「眠い..」
やはり皆ヘンゼルとは面識があるようだ。一度全員に会っている、森を出たのは間違い無さそうだ。

「いっぺんに話すな、知りたい事は一つだ」

「ワシが話そう。」
小人の中でも人一倍ひげを蓄えた老人のような小人が前に出る、ドッキーと名乗った小人だ。

「美女様はこの先、木々を掻き分けた先の小さな広間におる。ここに来るまで、手間を掛けさせて申し訳無かったの..漸くお見えじゃな。」
ドッキーの顔は、どこか曇っているように見えた

「迷路と似た穴が空いてるな、案内できるか?」
小人達は首を横に振る。本来彼女を守る筈の連中が近付くのを拒むのだ、だからこそ小人たちはここに人が訪れる事を恐れて遠ざけた。

「お前もここにいろ」

「...嫌だ、私もついていく!」
危険を承知で立ち向かうのは、そこに兄がいるやもしれぬという可能性。それと同時に彼を一人で進ませる事への恐怖。

「…勝手にしろ」「.,ありがとう。」
穴に入ろうと頭を下げたその時、背後から一斉に二人を呼び止める声がする。

『「ワシらも連れていけっ!!!」』
7つの合計14本の小さな脚は大きく震えていた。
やはり余所者を巻き込んでしまったと後ろめたさがあるのだろう、無理をして引き止めているつもりだ。

「…お前たちは外にいてくれ、じゃなきゃ帰り道がわからない。そうだろ?」

「..た、確かにそうじゃ...。皆の者! 
ここで彼らをお守りするのじゃっ!!」

『「おおっー!!」』
ドッキーの掛け声と共に穴の前を囲んだ
眼光鋭く、あの頃の瞳を取り戻した。

「さぁ行ってくれ旦那達!」

「…ふん。」
言葉一つで行動は変わる、人を巻き込むのも悪くない

「皆さん、ありがとうございます。」

「グレーテル!」「‥はい?」
初めにあったトビーがグレーテルを呼び止める。

「..美女様のこと、よろしく頼むぜ?」

「……はい、任せて下さいっ!」
背中を後押しされ、穴の中へ入る。トビーの掌の中には、ヘンゼルが落としたパンの切れ端が握られている


「変わった作りだな、穴の先直ぐに木々の群れとは」
穴は本当にただの入り口、木々を掻き分け広間を目指す。といっても簡単に辿り着くのだが、まるで玄関の向こうに壁がある感覚だ。

「兄さんこんなところ進んだのかな..?」

「出るぞ、広間だ」
手前の木々を手で抑え身を乗り出すと開きに出る。そこには異様な空気が漂っており、何やら重苦しいドス黒い圧を感じ取れる。

「何ですか..この雰囲気?」

「間違い無い、ヤツの領域だろうな。」

『...誰? 王子...じゃないわね。
だとすれば....あの魔女ね..』
頭に直接語りかけるような、不気味な金切り声。
怨みや憎しみ、そんな感情を強く感じる

「...魔女、マレフィセントか?
そういえば言っていたな、目の前で王子を殺された」

『そう..あいつが殺した...私の王子....。
私の..わたしの...ワタシノ....!!』
ボルテージを上げて、憎悪を露にする

「違うわ! わたし達はその魔女じゃない!」

『うそっ!! 魔女は直ぐに嘘をつく!!
あのときだってそうだったもの..私の味方だって!!
なのに..なのにアイツは王子をっ....!!』

「マレフィセントはそこまで愚かじゃない。
世界中で歪みが起きている、本来あるべきものが欠如しているのだ。恐らくマレフィセントも何らかの..」

『だまれぇっー!!』
話してもラチが開かない、怒りに満ちた森の美女は憎しみのあまり二人の前に姿を晒した。


「……何、これ...。」

「..やはりか、コイツも〝影響〟を受けていたな。」
現れた彼女の姿は見るも無惨なものだった
十字架の付いたベッドを背負い、腕と顔をイバラの蔦で括り付けられていた。寝具と一体化した森の主、彼女は最早完全に眠ってしまっていたのだ。

『魔女ォ...お前も眠れェっ..!!』「きゃあっ!」
身体からイバラの幹が伸び、グレーテルを拘束する。

「..成程、声を魔女と間違えているのか。」
蔦で視界を遮られている為、僅かに聴こえる耳のみで声を認識している。しかし詳しい識別は出来ない為、見境無くマレフィセントの声だと決めつける。

『死ねぇっ..!!』 「うっ..」

「時間を掛ければ命は無いか、だとすれば..」

『そっちかぁっ!!』
ジョンの声に反応した主がイバラの幹を伸ばす。しかしそれを冷静に見つめ、躱す事すらせず小さな本を懐から取り出す。

「グレーテル、少し熱いが我慢しろ。」
徐に本を広げると、ひらいたページに書かれている文字を声に出して読み上げる。

『マッチ売りの少女』

迫り来る幹は光を放ち炎に包まれた。グレーテルを拘束しているイバラも同様燃え上がり、灰となる。

「……え?」

「無事か、火傷しなくてよかったな」

「..いやそんなことより、その人....誰?」
グレーテルが指をさすジョンの前方、長い松明のような棒を構えた女が立っている。

「誰か、まぁそうだな..同じ穴のムジナ、だな。」

『熱い..魔女ォ...マレフィセントォッ....!!』

「ヒヒヒヒッ!」
何処か悲しげな顔をした女は松明を振り回し荒れ狂う森の主に炎を振り落とす。イバラの幹が防ごうとするが、見事に燃え去り灰となる。

『熱いぃっ..!! おのれぇ..魔女ォッ...!!』

「ヒヒ、ヒヒヒヒヒッ!!」
心は無い。その分痛みも罪悪感も無い。
凍え切った身体を温めるように延々と炎を生み出し続ける、森にとっては害悪といえよう。

「..グリムノート。」「…え?」

「この本の名前だ。
物語の登場者を保存し、使用する」
本の持ち主を支配下とし従わせる事で力を行使する。
『マッチ売りの少女』はその中の一つ

「あの人も、その中に入れるの?」

「..本来は、救うべきなのだろうな。」
燃え盛る炎を見つめるジョンの顔は、諦めに近い後悔の顔をしていた。これまでも幾度と試みたのだろう、しかし恐らくその殆どは...。

「…わたし、やってみます。」「何..?」
炎が照らす道を、グレーテルが進む。

「ジョンさんの味方なら操れますよね?
一度炎を止めて下さい、私が説得してみます。」

「何を言ってる?
そんな事出来る訳が..」「ジョンさん!」「……」
グレーテルはこちらに満面の笑みを向けていた。
自身では無く確信に満ちた表情、ジョンは言葉を失い気付けば放出している炎の火力を緩めていた。


『…?……熱くない、炎が消えた!』

「森の美女さん!」『…声、魔女..またお前かぁ!』
イバラの幹がグレーテルを襲う。ジョンは咄嗟に火力を強めイバラを燃やして先へと進める道をつくる。

「よく聞いて下さい、私は魔女ではありません。
この森に住む、グレーテルです」

『グレ..テル?
...魔女じゃ..ない...声、グレー...テル..?』

「そうです、グレーテル。
あなたと同じ森の住人です、そして私も被害者。
私にも大事な人がいます。兄のヘンゼル、数日前から行方がわかりません、知りませんか?」

『ヘン..ゼル...? アナタは、グレー...テル..?
魔女じゃない、だけど..ヘンゼル....』

「知ってるんですか? 兄の事。」

『ヘン..ゼル...。
ヘンゼル..やだ...こわい、ヘンゼル、ヘンゼル..ヘンゼルヘンゼルヘンゼルヘンゼルヘンゼルヘンゼルヘンゼルヘンゼルヘンゼルヘンゼルッ....!!』
様子がおかしい、明らかに動揺をし始めた。先程からの怒りや憎しみに満ちたものではなくはっきりとした慄きの恐怖の感情。

『ヘンゼルッ..!!』

「まずい、これ以上は!」
腕の蔦が解け掛け、ベッドから独立する。そのままグレーテルを抱きしめると、自らもろともイバラで包み込み、強く握り締める。

「グレーテル!」
危機を察したジョンはとっさにイバラに向かって炎を放つがグレーテルを気遣っての火力では焼き落とす事は出来ない。仕方なく表面をじりじりと燃やし始めるが、拘束が緩む素振りは無い。

『死ね..しね..シネッ..!!
私を悲しませるものはみんな..消えて無くナレ..!!』

「,.ごめんなさい、心を開いて貰おうしたらかえってこわがらせてしまったね。」

『誰..だ、話しかけるな...私の声を聞くなっ...!!』
会話が出来る間隔は無い。今にも潰れそうな密度の中で、直接心に語りかけてくる者がいる。

「貴方..本当の名前は茨姫っていうのね。
可哀想に、王子様..とても素敵な人だったのね。」
抱き寄せた身体から、彼女の悲しみが伝わってくる。
グレーテルは全てを見た。彼女に何が有ったのか、どんな悲しみがどんな悲劇に苛まれ深く眠りに付いたのか。心が身体が、冷え切った彼女の感情が全てひしひしと流れ込んできた。

「もういいの茨姫。王子様なんていなくても貴方を思う人はいる、貴方を守り、待っている人がいる。」

『私を..守ってくれる人...?』

「..そう、七人の小人さん達。
あの人達がずっと貴方を待っている、大事に思っている。だから帰ってきて、顔を見せてあげて。」

『七人の..小人たち...そうか、あの人たち...今でもずっと私のことを....』
グレーテルは、ドッキー言われた事を思い出す。

「私も会いたい..本当の貴方に。森の主ではなく眠れる森の美女、茨姫に。」

『私に会いたい..本当の...本当の私,...』
二人の身体が光に包まれる。
絡み付いた蔦が剥がれ、茨姫から解けていく。

「なんだ、アイツは無事なのか..?」
光が晴れるとイバラの幹が崩れ落ち、中からグレーテルが姿を現す。傍には綺麗な少女が穏やかな顔をして静かに眠っている。

「スー..スー...」

「おかえりなさい、茨姫。」
彼女の眠る向こう側には、街へと続く道が真っ直ぐに伸びていた。

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