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第二話 焦熱~繭の戯れ
#4 花の再訪
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開かれた脚の間は、熱くぬめぬめと溢れて大変なことになっていた。
「綺麗だ」
Dは花唇に顔を寄せた。
はくはくと泪をこぼすそこに口づけんばかりだ。
「ああ、こんなに濡れて」
Ilinx(イリンクス)のソムリエは性行為はしない。挿入するのは指か舌か道具だけ。蝶子は道具を好まず、Dは口を使わないことで知られている。なんでもDの口淫は超絶技巧すぎて一度受けたら一生忘れられないだとか、それに溺れてストーカー化した女がいるだとか、それがためにDは口淫を封印したのだとかいう都市伝説がIlinx(イリンクス)界隈ではまことしやかに囁かれている。必然的に二人のプレイはほとんどが指淫なのだった。
だが今日は、例の器具を使う。
触れるだけで想像をはるかに超えた快感に溺れさせられたあのスティックで、中を。それも、深いところを。
どんなことになってしまうのか。
不安と好奇心、それを上回る渇望が止まらない。
「ねえ、蝶子さん」
器具を手にしたDの口元に浮かぶ、危険な笑み。
熱いまなざしが蝶子を射抜く。
「ここからは、花ちゃん設定でやりましょう」
「え?」
「花ちゃんですよ。ほら、こないだのシチュエーション」
もちろん覚えている。忘れるわけがない。
架空のキャラクターを設定し、なりきって遊んだ。
駆け出しの作家、花。文章に色気がないからと担当者にこの店に連れてこられた。真面目で地味で、性にも恋愛にも美容にも疎いうぶな娘が、初めてきたこの店でエロスの悦びを知る。そんな設定だ。
フロアもプレイもお任せのミステリープレイで、連れて行かれた先は、ディープなプレイが繰り広げられるオープンラウンジ、蘭の間。衆目のなかで次々とめくるめく体験をし、次に気づいたときはレストルームのベッドに寝かされていた。目覚めた後もまだ蝶子の中に“花”がいるようで、彼女の体験した感覚と感情がしばらく残響して、落ち着かなかった。
「今回はミステリーでなく、メニューもシナリオもちゃんと説明しながら進めますから」
要はIlinx(イリンクス)の通常スタイルだが、もう器具を挿入しようという段階だ。この後することなど聞かずともわかっている。
蝶子が即応できずにいるのは、そこではない。
(でも花は……)
Dが考えた設定を受けて、蝶子の中ではさらに詳細な世界観を構築した。そこでは、花は男を知らないことになっている。処女なのだ。
「最高に優しくします。花ちゃんはまだ慣れてませんからね」
馴れていないというより、そもそも彼女の身体はまだ他者を知らないのだ。
花が前回のプレイでどんなに衝撃を受けたか、Dはわかっていない。
「怖いですか?」
蝶子の眉間が険しく寄った。
「なら無理はなしで。このまま普通に続けましょう」
怖い? 無理? この私が?
「いいわよ。花で」
「ほんとに?」
「ええ。まったく平気」
「わかりました。でも優しくします。怖かったらすぐに言ってください」
「馬鹿。誰に言ってるの」
思い出したように蝶子は尋ねた。
「ねえ、どうして呼び捨てなの」
「花ちゃんですか?」
「ええ。ゲストを呼び捨てなんて、普段しなくない?」
「そうですね、花ちゃんがリクエストしたんじゃないですかね。真面目そうな子だから。きっと、そうだ、多分そう望んだんですよ。恋人だと思ってしてって」
「望まれたらするの、そんなこと」
「どうでしょう。相手によっては、するかも」
「……」
蝶子は目を瞑った。
想像する。
花は、あの日の絶頂体験が忘れられず、またこの店に来てしまった。今度は一人で。
レストルームで目覚めた花の「その後」を想像する。
あの日、ふらつく足取りで帰宅した花は、憑かれたように執筆を始めたにちがいない。身体にはまだDの指の感触が残っている。何度も絶頂させられ灼ききれた快楽の燠火(おきび)がくすぶっている。まだ少し震える指でキーボードを打つ花。その指先から生み出されるのは、どんな話だろう? それまで花が書いていた純文学風の恋愛小説ではなく。もっとエロティシズムたっぷりの、過激で刺激的な、そう、たとえば、良家の若妻が男にぐずぐずにされて奪われてしまう官能小説。妻を犯す男は、ハプニングバーの店員……ではそのまますぎるから、たとえば隣に引っ越してきた幼なじみ、夫の同僚、あるいは義父や義弟。もともと知っている男がいい。必死に抵抗する妻を、男は無惨に快楽に叩き堕とし、陵辱する。夫の名前を呼びながら犯され、絶頂して果てる妻。最後は……女が壊れて終わるか、男が溺れて自滅するか、夫との修羅場に展開するか。Dの指を思いながら、一心不乱に書いた。
新作はある官能小説雑誌に掲載され、好評を得た。次作が期待されている。ただ、担当者からは、前戯の秀逸さに対して性交描写が薄いと言われた。だが仕方ない。花は処女なのだ。
(中でいってみたい)
そしてこの店を再訪した。
「花。はじめるよ?」
──今ここに横たわる花というキャラクターが、すとんとはまった。
「はい」
「目を開けて。これを見て」
Dがあのスティックを見せ、説明する。コクーンとスティックの機能。電磁波が流れるしくみと、その効果。
「それに、この細さなら、もし仮に処女でも、処女膜は傷つかない」
もしかしてDは花がバージンだと知っているのだろうか。
「安心して。優しくするから。君を一瞬でも怖がらせたりしない。怖かったり痛かったりしたら、すぐに言って」
花は、こくんと小さく頷いた。
次ページへ続く
「綺麗だ」
Dは花唇に顔を寄せた。
はくはくと泪をこぼすそこに口づけんばかりだ。
「ああ、こんなに濡れて」
Ilinx(イリンクス)のソムリエは性行為はしない。挿入するのは指か舌か道具だけ。蝶子は道具を好まず、Dは口を使わないことで知られている。なんでもDの口淫は超絶技巧すぎて一度受けたら一生忘れられないだとか、それに溺れてストーカー化した女がいるだとか、それがためにDは口淫を封印したのだとかいう都市伝説がIlinx(イリンクス)界隈ではまことしやかに囁かれている。必然的に二人のプレイはほとんどが指淫なのだった。
だが今日は、例の器具を使う。
触れるだけで想像をはるかに超えた快感に溺れさせられたあのスティックで、中を。それも、深いところを。
どんなことになってしまうのか。
不安と好奇心、それを上回る渇望が止まらない。
「ねえ、蝶子さん」
器具を手にしたDの口元に浮かぶ、危険な笑み。
熱いまなざしが蝶子を射抜く。
「ここからは、花ちゃん設定でやりましょう」
「え?」
「花ちゃんですよ。ほら、こないだのシチュエーション」
もちろん覚えている。忘れるわけがない。
架空のキャラクターを設定し、なりきって遊んだ。
駆け出しの作家、花。文章に色気がないからと担当者にこの店に連れてこられた。真面目で地味で、性にも恋愛にも美容にも疎いうぶな娘が、初めてきたこの店でエロスの悦びを知る。そんな設定だ。
フロアもプレイもお任せのミステリープレイで、連れて行かれた先は、ディープなプレイが繰り広げられるオープンラウンジ、蘭の間。衆目のなかで次々とめくるめく体験をし、次に気づいたときはレストルームのベッドに寝かされていた。目覚めた後もまだ蝶子の中に“花”がいるようで、彼女の体験した感覚と感情がしばらく残響して、落ち着かなかった。
「今回はミステリーでなく、メニューもシナリオもちゃんと説明しながら進めますから」
要はIlinx(イリンクス)の通常スタイルだが、もう器具を挿入しようという段階だ。この後することなど聞かずともわかっている。
蝶子が即応できずにいるのは、そこではない。
(でも花は……)
Dが考えた設定を受けて、蝶子の中ではさらに詳細な世界観を構築した。そこでは、花は男を知らないことになっている。処女なのだ。
「最高に優しくします。花ちゃんはまだ慣れてませんからね」
馴れていないというより、そもそも彼女の身体はまだ他者を知らないのだ。
花が前回のプレイでどんなに衝撃を受けたか、Dはわかっていない。
「怖いですか?」
蝶子の眉間が険しく寄った。
「なら無理はなしで。このまま普通に続けましょう」
怖い? 無理? この私が?
「いいわよ。花で」
「ほんとに?」
「ええ。まったく平気」
「わかりました。でも優しくします。怖かったらすぐに言ってください」
「馬鹿。誰に言ってるの」
思い出したように蝶子は尋ねた。
「ねえ、どうして呼び捨てなの」
「花ちゃんですか?」
「ええ。ゲストを呼び捨てなんて、普段しなくない?」
「そうですね、花ちゃんがリクエストしたんじゃないですかね。真面目そうな子だから。きっと、そうだ、多分そう望んだんですよ。恋人だと思ってしてって」
「望まれたらするの、そんなこと」
「どうでしょう。相手によっては、するかも」
「……」
蝶子は目を瞑った。
想像する。
花は、あの日の絶頂体験が忘れられず、またこの店に来てしまった。今度は一人で。
レストルームで目覚めた花の「その後」を想像する。
あの日、ふらつく足取りで帰宅した花は、憑かれたように執筆を始めたにちがいない。身体にはまだDの指の感触が残っている。何度も絶頂させられ灼ききれた快楽の燠火(おきび)がくすぶっている。まだ少し震える指でキーボードを打つ花。その指先から生み出されるのは、どんな話だろう? それまで花が書いていた純文学風の恋愛小説ではなく。もっとエロティシズムたっぷりの、過激で刺激的な、そう、たとえば、良家の若妻が男にぐずぐずにされて奪われてしまう官能小説。妻を犯す男は、ハプニングバーの店員……ではそのまますぎるから、たとえば隣に引っ越してきた幼なじみ、夫の同僚、あるいは義父や義弟。もともと知っている男がいい。必死に抵抗する妻を、男は無惨に快楽に叩き堕とし、陵辱する。夫の名前を呼びながら犯され、絶頂して果てる妻。最後は……女が壊れて終わるか、男が溺れて自滅するか、夫との修羅場に展開するか。Dの指を思いながら、一心不乱に書いた。
新作はある官能小説雑誌に掲載され、好評を得た。次作が期待されている。ただ、担当者からは、前戯の秀逸さに対して性交描写が薄いと言われた。だが仕方ない。花は処女なのだ。
(中でいってみたい)
そしてこの店を再訪した。
「花。はじめるよ?」
──今ここに横たわる花というキャラクターが、すとんとはまった。
「はい」
「目を開けて。これを見て」
Dがあのスティックを見せ、説明する。コクーンとスティックの機能。電磁波が流れるしくみと、その効果。
「それに、この細さなら、もし仮に処女でも、処女膜は傷つかない」
もしかしてDは花がバージンだと知っているのだろうか。
「安心して。優しくするから。君を一瞬でも怖がらせたりしない。怖かったり痛かったりしたら、すぐに言って」
花は、こくんと小さく頷いた。
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