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いよいよ学会がはじまりました。
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学会当日。俺はメルナキアの研究室を訪ねていた。
「メルナキアの講演は午後からか……」
「はい。アハトさんのおかげで、かなりいい発表資料が用意できました……! 今から楽しみですっ!」
ちなみにメルナキアの今年の発表テーマは「初代王が作成した魔道具はもう一つあったのでは」というものだ。
なんでもメルナキアの調べでは、首都リヴディンは高度のわりに降雪量や気温など、いろいろ不可思議な点があるらしい。
最初は地形が関係しているのかとも考えたらしいが、さまざまな場所を直接調べにいって、一つ一つ可能性を潰していったとか。
またアハトと大図書館にこもり、いくつもの古い資料を紐解いていく。その中には過去数百年にわたる首都の降雪量を記したものもあった。
俺はむずかしくてよくわからなかったが、どうやらメルナキアは「初代王は首都近郊の気温や降雪量を調整できるなんらかの魔道具を作成したのでは」と考えたらしい。
アハトも満足げな顔をしている。いや、いつもどおり無表情なんだけど。たぶん相当いいプレゼン資料が完成したのだろう。
「本来であれば、深度別に解析した海水から、瘴気が海の生物にもたらしている影響について考察したものを講演テーマに考えていたのですが。こっちはポスターで出すことにしました。アハトさんのおかげで、短時間で過去の資料を調べられましたので……」
「ああ……そういや最初は海水を調べていたんだったな」
つまりポスターと講演でそれぞれ発表するのか。意欲的だねぇ。
まぁこの1ヶ月、アカデミーを中心に首都をよく見させてもらったからな。
学問を尊ぶ気風の国はどんなものかと思っていたが、今ではそれなり以上に高い評価をしていた。
(未開惑星の野蛮人……なんて言ってられねぇな。この国に住む研究者の多くは、学問に対して真摯に向き合っている)
きっとあと数百年も経てば、この首都は世界一の学術都市になっているだろう。医療も発達していくはずだ。
それに帝国の学者とはちがい、魔力や魔道具なんてものを専門に研究している者たちもいる。この分野ではさすがの帝国もまったく太刀打ちできないだろう。
俺自身は学問なんてじっくりと取り組みたいとは思わないが。
だからといって研究者たちの活動自体は否定できないし、メルナキアの手伝いくらいはしてやりたいと考えている。
(ラデオール六賢国か……。なかなかいい国じゃないの!)
まだ1ヶ月しか滞在していないが、それなりに気に入った。ちょっと寒いのがあれだけど。
「そうだ! 午前中はみんなで一緒に回ってみませんか?」
「まぁ……そうだな」
どうせすることないし。午後になったらちょっと大図書館に寄ってみるか。
そう決めたところで、リュインやアハトと一緒にメルナキアの後ろをついて行く。
「人多いな……」
「学会は1年で最も多くの研究者がアカデミーに集まりますから……」
アカデミーはかなり広いが、ポスターが張られている場所は限られている。俺たちが最初に向かったコーナーでは、生物に関する研究資料が掲示されていた。
「へぇ……魔獣の生態調査もやっているのか」
「こっちは魔獣大陸に自生する植物の特徴についてまとめられていますね」
なんだか本当に学会に来たみたいだ……。いや、本当の学会なんだけど。想像していたより本格的というか……。
「そういえば……マグナさんたちは魔獣大陸にもいたんですよね……?」
「おお」
「やっぱり珍しい魔獣とかいました?」
「なにが珍しいかはわからないが……どでかいミミズには遭遇したなぁ」
「え!?」
なつかしい。ちょっと気持ちわるかったんだよな。
「あと二階建て建物くらいの大きさがあるイノシシ魔獣とか」
「えぇ!?」
「そういや向こうでは、骸骨精霊がファルクを率いているんだ。あれもびっくりだったな……」
「えぇぇ!?」
今までいくつか大陸を回ってきたが。うん、やっぱり魔獣大陸が一番おかしいな! またルシアたちと冒険をしたいものだ。
まだ行っていない大国は2つあるけど……。とくに予定がなければ、次は魔獣大陸に行ってみるのもアリだろう。
結局午前中は生物コーナーだけで時間を使ってしまった。俺もそこそこ興味を持ったポスターがあったし、まぁいいんだけど。
そしてかなり早めにメルナキアの研究室で昼食を取る。メルナキアが発表準備をしたいとのことで、まだ昼には早かったが、おかげで並ばずに弁当を購入することができた。
昼食を済ませたメルナキアは講演の準備があるので、アハトと一緒に発表会場へと向かう。俺たちもまだ見れていないポスターを巡るかと歩きだした。
『メルナキアの発表を聞かなくていいのか?』
「講演会場に入れるのはアカデミー所属の者が優先されるんだろ。どうせ俺が行っても、中には入れねぇって」
なんたって天才修士の発表だからな。彼女の講演を聞きたい修士は数多いだろう。
俺はリュインを連れてさっきとはちがうコーナーを回りだす。
「お……このへんは魔力関連のレポートが多いな」
「四聖剣関連のものはないのかしら?」
「ないだろ。あるとすれば、魔道具関連のコーナーとかか……?」
ふと視線を向けると、人だかりのできているポスターがあった。気になった俺はそのポスターへと近づく。その途中でフードを被った男性とすれちがった。
(…………? アカデミー内でフード……?)
まぁいいや。というか周りの奴らの何人かがリュインに視線を向けているな。
1ヶ月も過ごしているから、さすがにリュインも有名人になっているんだろうけど。
「ねぇねぇ! あれ、メルナキアの出したポスターじゃない!?」
「どれどれ……お、ほんとだ」
人だかりのおかげで至近距離から見られなかったが、たしかにメルナキアのポスターだった。周囲に聞き耳を立ててみると、評判も上々のようだ。
「あれー? マグナ、あそこ見て」
「ん?」
リュインに指さされた方向に顔を向ける。すると廊下の先にアムランの姿が見えた。
彼は顔面を蒼白にし、肩を震わせながら遠ざかっていく。だがその唇が紫になっていたのを、俺の素晴らしくよすぎる目はしっかりと捉えていた。
「…………? なんだ……あっちはポスターなかったよな?」
「ねー。挙動不審だったよねー」
そうだ……一言でいえばそれだ。明らかに挙動不審だった。
そういやこの前に会ったときも、どこか様子が変だった。まぁ元から変な奴という可能性もあるけど……初対面のときと比べると、違和感があるな。
「わかったわ……!」
「ん?」
「きっとまともな発表ができなかったのね! でもバカにしていたメルナキアがすっごく注目を集めているから、悔しくてたまらないんだわ!」
「なるほど……」
『……………………』
先輩研究者としてのプライドが木端微塵になったのだろう。あわれな奴め……。
「まぁいいや。俺たちはちょっくら図書館へ行ってみようぜ。警備状況によっては、そのまま地下へ潜入だ」
「わくわくするわね……!」
『せいぜい学会祭りで浮かれていることを期待しよう』
■
「はぁ、はぁ……! あ……あぁぁ……」
アムランはアカデミーから飛び出していた。入ってくる者が多いなか、走りながら出ていくものはアムランくらいだ。
そしてだれもいない路地裏に入ると、そこでへたり込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! わ……私、は……!」
「ご苦労だったな、アムラン」
「っ!!」
まったく気づけなかった。いつの間にか真横に優男風の男が立っていたのだ。
その男とは最近知り合ったばかりだが、ハイスという名は覚えていた。
「気分はどうだ?」
「はぁ、はぁ……! わ……私、が……混入、させたクスリは……な、なんだったんだ……!」
その再会は本当に突然だった。数日前。なんとアムランの前にかつての恩師であるエンブレストが現れたのだ。彼は背後にハイスとノグを従えていた。
アムランはエンブレストに対して複雑な思いを抱いていた。
倫理に反することを行い、実際に死人を出したことは事実。一方でその姿勢は、研究者としてあるべき姿なのではないかと思う部分もある。
しかし逆の立場になったとき、自分にそれができるかと問われれば「ノー」だった。エンブレストのしたことは、決して許されることではない。
「そ……そも、そも……! 私に……なにを……!?」
「なにを……とは?」
「か……体が、勝手に動くんだ……! やりたくもないのに……騎士団が利用する食堂に足が動き……そのまま……渡された異物を……こ、混入、させてしまった……!」
エンブレストと再会したとき、真っ先に思ったのは「通報しなければ」だった。姿を消した異端の研究者。このまま放置するわけにはいかない。
だが次に目を開いたとき。いつもどおり自室のベッドの上だった。しかも日にちが1日進んでいる。そしてこの間の記憶がまったくない。
その日からアムランの奇妙な日々がはじまった。日中の記憶が一部まるまる抜けることがあまりに多く起こったのだ。
そして今日。アムランの身体は自分の意志に反して動き出した。
彼はそのまま騎士団が使用する食堂に入り込み、まだ仕込み途中だった料理に謎の液体を混入させた。
「ああ。今日はお前の意識を残しておいたからな。これまで意識のないうちに、時が進んでいたことがあっただろう? その間は私がお前の身体を操作していたんだ」
「…………!? は……!?」
「これも博士よりいただいた力あってこそ……」
そういうとハイスは右腕を前に出す。その手のひらに光の粒子が集い、やがてそれらは円柱状の物質へと変化した。
「な……!? ま……〈幻〉属性の……!?」
「すぐにそう理解できるとは。さすが博士の研究室、月魔の叡智に所属しているだけはある」
魔力をなんらかの物質として権限させる。それは〈幻〉属性の魔力でのみ可能なことだった。
この属性を持つ者はそう多くない。ハイスはそのまま円柱状の物体をアムランに向ける。
「これは言うなれば、お前を操作するコントローラーだ」
「は……?」
「たとえば……」
「…………っ!!?」
ハイスは円柱状の物体の角度を変え、また先端部にあるボールを指で横に回す。するとアムランは立ち上がり、横に一回転した。
「な……は……!?」
「このとおりだ。まぁこうして自由自在に操れるようになるまで、相当な月日をかけたがな」
ハイスの言うことが事実であれば、自分は意識がないときにこの能力でずっと操られていたことになる。
その間になにをしていたのかと思うと、額から汗が止まらなかった。
「お前の質問に答えてやろう。お前が混入させたクスリ……それは自我をなくさせ、筋肉を異常発達させる作用のあるものだ。聞き覚えがあるだろう?」
「ぉ…………あ……!?」
「まぁ液体化させたものはそれほど効果が強くはないし、食した者全員に作用する確率は低いが……ちょっとした騒ぎを起こさせるには十分だろう」
つまり騎士団の何人かの自我を崩壊させ、騒ぎを起こさせる。その間にハイス……いや。エンブレストがなにかをするつもりだというのは、アムランにも理解ができた。
「ろ……! 六賢者の方々が、だまってはいない……!」
「ほう……?」
「す、すでに報告をした……! エンブレストが再びこの国に現れたことをぃっ!?」
言葉の途中でハイスはアムランの顔を殴る。アムランはそのまま地面に倒れこんだ。
「お前ごときが気安く博士を呼び捨てにするな。それに……すべては無駄だ」
「なに……」
「六賢者の1人はすでに死んでいる。残り5人の食事にも同様のクスリを混入させた。はやければもう怪物と化しているのではないか?」
「………………っ!!?」
エンブレストは大図書館の地下に潜入するにあたって、いくつかの準備を整えていた。
六賢者の1人であるノウゴンの両腕と眼球を手に入れ、今日は怪物化騒動を巻き起こす。騎士団がその対処に追われている間に、大図書館で目的を果たそうと考えていた。
ハイスは倒れこむアムランの隣にしゃがみ込む。そして懐から小さな箱を取り出した。そのフタを外し、中から黒い錠剤をつかみ取る。
「さて……こいつがなんのクスリかはわかるな?」
「あ……あぁ……や……やめ……」
「せいぜい博士の陽動に役立ち……」
「そこまでよっ!」
「っ!?」
人気のない路地裏で、甲高い声が響きわたる。顔を向けると、そこには〈フェルン〉が宙に舞っていた。
「話は聞かせてもらったわ! 途中からだけど!」
〈フェルン〉はビシッと指をさす。そんな彼女の背後から新たな男が姿を見せた。
「はぁ……もう少し放置でもよかったのに……」
「ふっふっふ……! ここがベストタイミングよ!」
「つかお前が叫ばなくても、ここから投石で仕留められたっての」
〈フェルン〉と共に現れた男は腰に剣を挿していた。そしてこの男と〈フェルン〉をアムランは知っていた。
「メルナキアの講演は午後からか……」
「はい。アハトさんのおかげで、かなりいい発表資料が用意できました……! 今から楽しみですっ!」
ちなみにメルナキアの今年の発表テーマは「初代王が作成した魔道具はもう一つあったのでは」というものだ。
なんでもメルナキアの調べでは、首都リヴディンは高度のわりに降雪量や気温など、いろいろ不可思議な点があるらしい。
最初は地形が関係しているのかとも考えたらしいが、さまざまな場所を直接調べにいって、一つ一つ可能性を潰していったとか。
またアハトと大図書館にこもり、いくつもの古い資料を紐解いていく。その中には過去数百年にわたる首都の降雪量を記したものもあった。
俺はむずかしくてよくわからなかったが、どうやらメルナキアは「初代王は首都近郊の気温や降雪量を調整できるなんらかの魔道具を作成したのでは」と考えたらしい。
アハトも満足げな顔をしている。いや、いつもどおり無表情なんだけど。たぶん相当いいプレゼン資料が完成したのだろう。
「本来であれば、深度別に解析した海水から、瘴気が海の生物にもたらしている影響について考察したものを講演テーマに考えていたのですが。こっちはポスターで出すことにしました。アハトさんのおかげで、短時間で過去の資料を調べられましたので……」
「ああ……そういや最初は海水を調べていたんだったな」
つまりポスターと講演でそれぞれ発表するのか。意欲的だねぇ。
まぁこの1ヶ月、アカデミーを中心に首都をよく見させてもらったからな。
学問を尊ぶ気風の国はどんなものかと思っていたが、今ではそれなり以上に高い評価をしていた。
(未開惑星の野蛮人……なんて言ってられねぇな。この国に住む研究者の多くは、学問に対して真摯に向き合っている)
きっとあと数百年も経てば、この首都は世界一の学術都市になっているだろう。医療も発達していくはずだ。
それに帝国の学者とはちがい、魔力や魔道具なんてものを専門に研究している者たちもいる。この分野ではさすがの帝国もまったく太刀打ちできないだろう。
俺自身は学問なんてじっくりと取り組みたいとは思わないが。
だからといって研究者たちの活動自体は否定できないし、メルナキアの手伝いくらいはしてやりたいと考えている。
(ラデオール六賢国か……。なかなかいい国じゃないの!)
まだ1ヶ月しか滞在していないが、それなりに気に入った。ちょっと寒いのがあれだけど。
「そうだ! 午前中はみんなで一緒に回ってみませんか?」
「まぁ……そうだな」
どうせすることないし。午後になったらちょっと大図書館に寄ってみるか。
そう決めたところで、リュインやアハトと一緒にメルナキアの後ろをついて行く。
「人多いな……」
「学会は1年で最も多くの研究者がアカデミーに集まりますから……」
アカデミーはかなり広いが、ポスターが張られている場所は限られている。俺たちが最初に向かったコーナーでは、生物に関する研究資料が掲示されていた。
「へぇ……魔獣の生態調査もやっているのか」
「こっちは魔獣大陸に自生する植物の特徴についてまとめられていますね」
なんだか本当に学会に来たみたいだ……。いや、本当の学会なんだけど。想像していたより本格的というか……。
「そういえば……マグナさんたちは魔獣大陸にもいたんですよね……?」
「おお」
「やっぱり珍しい魔獣とかいました?」
「なにが珍しいかはわからないが……どでかいミミズには遭遇したなぁ」
「え!?」
なつかしい。ちょっと気持ちわるかったんだよな。
「あと二階建て建物くらいの大きさがあるイノシシ魔獣とか」
「えぇ!?」
「そういや向こうでは、骸骨精霊がファルクを率いているんだ。あれもびっくりだったな……」
「えぇぇ!?」
今までいくつか大陸を回ってきたが。うん、やっぱり魔獣大陸が一番おかしいな! またルシアたちと冒険をしたいものだ。
まだ行っていない大国は2つあるけど……。とくに予定がなければ、次は魔獣大陸に行ってみるのもアリだろう。
結局午前中は生物コーナーだけで時間を使ってしまった。俺もそこそこ興味を持ったポスターがあったし、まぁいいんだけど。
そしてかなり早めにメルナキアの研究室で昼食を取る。メルナキアが発表準備をしたいとのことで、まだ昼には早かったが、おかげで並ばずに弁当を購入することができた。
昼食を済ませたメルナキアは講演の準備があるので、アハトと一緒に発表会場へと向かう。俺たちもまだ見れていないポスターを巡るかと歩きだした。
『メルナキアの発表を聞かなくていいのか?』
「講演会場に入れるのはアカデミー所属の者が優先されるんだろ。どうせ俺が行っても、中には入れねぇって」
なんたって天才修士の発表だからな。彼女の講演を聞きたい修士は数多いだろう。
俺はリュインを連れてさっきとはちがうコーナーを回りだす。
「お……このへんは魔力関連のレポートが多いな」
「四聖剣関連のものはないのかしら?」
「ないだろ。あるとすれば、魔道具関連のコーナーとかか……?」
ふと視線を向けると、人だかりのできているポスターがあった。気になった俺はそのポスターへと近づく。その途中でフードを被った男性とすれちがった。
(…………? アカデミー内でフード……?)
まぁいいや。というか周りの奴らの何人かがリュインに視線を向けているな。
1ヶ月も過ごしているから、さすがにリュインも有名人になっているんだろうけど。
「ねぇねぇ! あれ、メルナキアの出したポスターじゃない!?」
「どれどれ……お、ほんとだ」
人だかりのおかげで至近距離から見られなかったが、たしかにメルナキアのポスターだった。周囲に聞き耳を立ててみると、評判も上々のようだ。
「あれー? マグナ、あそこ見て」
「ん?」
リュインに指さされた方向に顔を向ける。すると廊下の先にアムランの姿が見えた。
彼は顔面を蒼白にし、肩を震わせながら遠ざかっていく。だがその唇が紫になっていたのを、俺の素晴らしくよすぎる目はしっかりと捉えていた。
「…………? なんだ……あっちはポスターなかったよな?」
「ねー。挙動不審だったよねー」
そうだ……一言でいえばそれだ。明らかに挙動不審だった。
そういやこの前に会ったときも、どこか様子が変だった。まぁ元から変な奴という可能性もあるけど……初対面のときと比べると、違和感があるな。
「わかったわ……!」
「ん?」
「きっとまともな発表ができなかったのね! でもバカにしていたメルナキアがすっごく注目を集めているから、悔しくてたまらないんだわ!」
「なるほど……」
『……………………』
先輩研究者としてのプライドが木端微塵になったのだろう。あわれな奴め……。
「まぁいいや。俺たちはちょっくら図書館へ行ってみようぜ。警備状況によっては、そのまま地下へ潜入だ」
「わくわくするわね……!」
『せいぜい学会祭りで浮かれていることを期待しよう』
■
「はぁ、はぁ……! あ……あぁぁ……」
アムランはアカデミーから飛び出していた。入ってくる者が多いなか、走りながら出ていくものはアムランくらいだ。
そしてだれもいない路地裏に入ると、そこでへたり込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! わ……私、は……!」
「ご苦労だったな、アムラン」
「っ!!」
まったく気づけなかった。いつの間にか真横に優男風の男が立っていたのだ。
その男とは最近知り合ったばかりだが、ハイスという名は覚えていた。
「気分はどうだ?」
「はぁ、はぁ……! わ……私、が……混入、させたクスリは……な、なんだったんだ……!」
その再会は本当に突然だった。数日前。なんとアムランの前にかつての恩師であるエンブレストが現れたのだ。彼は背後にハイスとノグを従えていた。
アムランはエンブレストに対して複雑な思いを抱いていた。
倫理に反することを行い、実際に死人を出したことは事実。一方でその姿勢は、研究者としてあるべき姿なのではないかと思う部分もある。
しかし逆の立場になったとき、自分にそれができるかと問われれば「ノー」だった。エンブレストのしたことは、決して許されることではない。
「そ……そも、そも……! 私に……なにを……!?」
「なにを……とは?」
「か……体が、勝手に動くんだ……! やりたくもないのに……騎士団が利用する食堂に足が動き……そのまま……渡された異物を……こ、混入、させてしまった……!」
エンブレストと再会したとき、真っ先に思ったのは「通報しなければ」だった。姿を消した異端の研究者。このまま放置するわけにはいかない。
だが次に目を開いたとき。いつもどおり自室のベッドの上だった。しかも日にちが1日進んでいる。そしてこの間の記憶がまったくない。
その日からアムランの奇妙な日々がはじまった。日中の記憶が一部まるまる抜けることがあまりに多く起こったのだ。
そして今日。アムランの身体は自分の意志に反して動き出した。
彼はそのまま騎士団が使用する食堂に入り込み、まだ仕込み途中だった料理に謎の液体を混入させた。
「ああ。今日はお前の意識を残しておいたからな。これまで意識のないうちに、時が進んでいたことがあっただろう? その間は私がお前の身体を操作していたんだ」
「…………!? は……!?」
「これも博士よりいただいた力あってこそ……」
そういうとハイスは右腕を前に出す。その手のひらに光の粒子が集い、やがてそれらは円柱状の物質へと変化した。
「な……!? ま……〈幻〉属性の……!?」
「すぐにそう理解できるとは。さすが博士の研究室、月魔の叡智に所属しているだけはある」
魔力をなんらかの物質として権限させる。それは〈幻〉属性の魔力でのみ可能なことだった。
この属性を持つ者はそう多くない。ハイスはそのまま円柱状の物体をアムランに向ける。
「これは言うなれば、お前を操作するコントローラーだ」
「は……?」
「たとえば……」
「…………っ!!?」
ハイスは円柱状の物体の角度を変え、また先端部にあるボールを指で横に回す。するとアムランは立ち上がり、横に一回転した。
「な……は……!?」
「このとおりだ。まぁこうして自由自在に操れるようになるまで、相当な月日をかけたがな」
ハイスの言うことが事実であれば、自分は意識がないときにこの能力でずっと操られていたことになる。
その間になにをしていたのかと思うと、額から汗が止まらなかった。
「お前の質問に答えてやろう。お前が混入させたクスリ……それは自我をなくさせ、筋肉を異常発達させる作用のあるものだ。聞き覚えがあるだろう?」
「ぉ…………あ……!?」
「まぁ液体化させたものはそれほど効果が強くはないし、食した者全員に作用する確率は低いが……ちょっとした騒ぎを起こさせるには十分だろう」
つまり騎士団の何人かの自我を崩壊させ、騒ぎを起こさせる。その間にハイス……いや。エンブレストがなにかをするつもりだというのは、アムランにも理解ができた。
「ろ……! 六賢者の方々が、だまってはいない……!」
「ほう……?」
「す、すでに報告をした……! エンブレストが再びこの国に現れたことをぃっ!?」
言葉の途中でハイスはアムランの顔を殴る。アムランはそのまま地面に倒れこんだ。
「お前ごときが気安く博士を呼び捨てにするな。それに……すべては無駄だ」
「なに……」
「六賢者の1人はすでに死んでいる。残り5人の食事にも同様のクスリを混入させた。はやければもう怪物と化しているのではないか?」
「………………っ!!?」
エンブレストは大図書館の地下に潜入するにあたって、いくつかの準備を整えていた。
六賢者の1人であるノウゴンの両腕と眼球を手に入れ、今日は怪物化騒動を巻き起こす。騎士団がその対処に追われている間に、大図書館で目的を果たそうと考えていた。
ハイスは倒れこむアムランの隣にしゃがみ込む。そして懐から小さな箱を取り出した。そのフタを外し、中から黒い錠剤をつかみ取る。
「さて……こいつがなんのクスリかはわかるな?」
「あ……あぁ……や……やめ……」
「せいぜい博士の陽動に役立ち……」
「そこまでよっ!」
「っ!?」
人気のない路地裏で、甲高い声が響きわたる。顔を向けると、そこには〈フェルン〉が宙に舞っていた。
「話は聞かせてもらったわ! 途中からだけど!」
〈フェルン〉はビシッと指をさす。そんな彼女の背後から新たな男が姿を見せた。
「はぁ……もう少し放置でもよかったのに……」
「ふっふっふ……! ここがベストタイミングよ!」
「つかお前が叫ばなくても、ここから投石で仕留められたっての」
〈フェルン〉と共に現れた男は腰に剣を挿していた。そしてこの男と〈フェルン〉をアムランは知っていた。
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