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第四話 ~夏歩の誕生日~
03 (秋守)
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「ここが秋兄の家か。飛生からそんなに遠くないし、通学に便利そうだな」
「そうなんですよ。歩いて通えますし」
話しながら、鍵を差し込む。扉を開いて一番に玄関を確認するものの、帰宅を示すあれがない。
せっかくここまで足を運んでもらったのに。申し訳ないし、とりあえずお茶だけでも飲んで行ってもらおう。
「冬夜さん、すみません。夏歩さんは帰って来てないようですね……」
「夏歩の部屋を見させてもらってもいいかな?」
念のためにな、と続けたけれど、その口調はどこか確信がある様子。見ると眉間には薄いしわが寄っていて、口元は引き結ばれていて。え、どうしてそんなに険しい顔をしているんだろう。
冷や汗が流れそうな背中に、お邪魔しますとの言葉を受けながら、二人を連れて二階に向かう。
「夏歩さん、いる?」
元物置で、俺の隣の部屋をノックしながら思う。あれが無かったと言うことは、帰って来ていない証拠になるはずなんだけど――そんな決めつけは呆気なく覆されてしまった。
「ごめんなさい。何も言わずに家に上がり込んで」
静かに、数センチだけ開いた扉。こちらを見上げる瞳は、物凄く不安そうに揺らいでいる。
嘘だろ。まさか、帰って来ていたとは。ここは夏歩さんの家でもあるんだし、いつでも好きに帰って来てくれていいんだよ。
色々と言いたいことはあるのに、言葉に変換できたのは驚きを表すものだけだった。
「びっくりした……! 靴が無かったから、てっきり帰って来ていないと思ってたよ」
「オバサンに見つかるとうるさいから、部屋に持って上がっているのよ」
俺がその言葉の意味を理解する前に、扉を全開にしてあれを指さす。だけど、示された位置ではなく室内全体に目を奪われて、少しばかり忘れてしまった呼吸。あまり帰って来ていないから当然と言えば当然なんだけど、何もかもが引っ越してきたままの状態だったんだ。
段ボールが一つと、布団一式、そして紙を敷いた上にあれことローファーがあるだけで、何もない。整理整頓されているとか、綺麗だとか言うレベルじゃない。到底女の子の部屋だと、いや、人が生活している空間だとは思えない。
「ババアどころか、おれからも見つからないように息を潜めてたってことか?」
あまりに質素な部屋に呆然としていると、背後から聞こえた凄みのある声。振り返ると、笑顔を作りながらも明らかに怒りのオーラを出している冬夜さんが腕組みしていた。次に夏歩さんを見やると、元々大きな目を更に見開いて凍り付いている。
「ど、どうして冬夜がここに……?」
「校門の所でひたすら待ちぼうけしてたら、秋兄が声を掛けてくれたんだよ。何て言ってたっけ、わざわざ裏門から帰ったって?」
咄嗟に扉を閉めようとした夏歩さんと、それを手で押さえて阻止しようとする冬夜さん。彼からは黒いオーラが滲んでいて、凶暴だと言われる理由がちょっと分かった気がする……。
「わ、私は気持ちだけをもらっておくと言ったはずだわ!」
「おれは校門の所で待ってると言ったはずだけどな。いくら何でも、逃げる必要はないだろ?」
「お祝いなんてされ慣れなくて……抵抗があったのよ」
何が何やらよく分からないけど、声のトーンを落とした冬夜さんに安心したのか、夏歩さんも落ち着きを取り戻したようだ。
……ん? 今、お祝いと言った? そう言えば、冬夜さんはケーキのような箱を持っていたな。それに気付いたと同時に、考えをまとめて代弁してくれた春平。
「もしかして、今日は夏歩の誕生日なのか?」
「そう。ケーキを買って行くから、お祝いをしようって約束してたんだ。なのに、主役に逃げられちゃって。……そうだ!」
しょげたように眉を八の字にしながらここまで言って、何か名案を思い付いたように、明るい笑顔で俺と春平を見る。
「一緒に夏歩の誕生日パーティーをしないか? ケーキもホールの物だから、皆で食べた方が美味しいし」
「マジで。賛成! な、秋。良いよな?」
「俺はもちろんいいけど……、夏歩さんは?」
勝手に話を進める春平と冬夜さん。俺はと言うと、夏歩さんの誕生日をお祝いできるなら歓迎だ。
反応を伺うと、当の本人は口元を引き結んでは緩めてを繰り返し、何か言いたげにしている。だけど少しすると、短い溜め息をついて、諦めたようだ。多数決を取らなくても、反対は夏歩さん一人だもんね。
「分かったわよ。だけど、あなたまでそんなことを言うなんて。私の誕生日なんて、どうでもいいのに……」
小声でのぼやきに苦笑してしまうけれど、今は彼女の気が変わらない内に事を進めよう。
「じゃあ、お茶の用意をしてくるから皆は待ってて。春平、二人を俺の部屋に案内しておいて」
「はいよ」
「待って。私もお手伝いするわ」
「大丈夫だよ。今日の主役は夏歩さんなんだから、ゆっくりしていて。ね」
澄田家のことを勝手知ったる幼馴染に案内を任せて、俺は一階の台所へと向かう。いくらさっぱりしているとは言え、夏歩さんの部屋に男三人がお邪魔するのは気が引けるもんね。
さて、普段の来客と言えば春平だけだから、ペットボトルのジュースと適当なコップで構わないんだけど、今日はそうもいかないよな。
まずはお湯を沸かしておいて、紅茶はティーバッグがあったはず。えーと、来客用のカップがどこかにあったはずなんだけど。
「誕生日を祝われるのって嬉しいもんだろ。何で逃げるほど嫌がるんだ?」
「川縁くんは嬉しいかもしれないけれど、私はそう言うのに慣れていないから。……ところで、冬夜と川縁くんは知り合いだったかしら?」
「校門の所で知り合ったばっかりだよ。でも春平とはゲームの話が合いそうだし、もう打ち解けたよ」
二階から聞こえる三人の会話。食器棚の奥から発掘したカップとソーサーを並べ、やかんの口から静かに姿を現し始めた湯気に見とれながら思う。
『冬夜』、『川縁くん』。夏歩さんから二人に対しての呼び方。そして、俺のことはさっきも『あなた』と呼んだ。
あだ名でも、もう何なら苗字でもいいから、俺だけを表す名前で呼ばれてみたいよなぁ。そう願ってしまうのは、段々と欲が出てきている証拠なんだろう。情けないながらも、自分でちゃんと気付いているよ。
「そうなんですよ。歩いて通えますし」
話しながら、鍵を差し込む。扉を開いて一番に玄関を確認するものの、帰宅を示すあれがない。
せっかくここまで足を運んでもらったのに。申し訳ないし、とりあえずお茶だけでも飲んで行ってもらおう。
「冬夜さん、すみません。夏歩さんは帰って来てないようですね……」
「夏歩の部屋を見させてもらってもいいかな?」
念のためにな、と続けたけれど、その口調はどこか確信がある様子。見ると眉間には薄いしわが寄っていて、口元は引き結ばれていて。え、どうしてそんなに険しい顔をしているんだろう。
冷や汗が流れそうな背中に、お邪魔しますとの言葉を受けながら、二人を連れて二階に向かう。
「夏歩さん、いる?」
元物置で、俺の隣の部屋をノックしながら思う。あれが無かったと言うことは、帰って来ていない証拠になるはずなんだけど――そんな決めつけは呆気なく覆されてしまった。
「ごめんなさい。何も言わずに家に上がり込んで」
静かに、数センチだけ開いた扉。こちらを見上げる瞳は、物凄く不安そうに揺らいでいる。
嘘だろ。まさか、帰って来ていたとは。ここは夏歩さんの家でもあるんだし、いつでも好きに帰って来てくれていいんだよ。
色々と言いたいことはあるのに、言葉に変換できたのは驚きを表すものだけだった。
「びっくりした……! 靴が無かったから、てっきり帰って来ていないと思ってたよ」
「オバサンに見つかるとうるさいから、部屋に持って上がっているのよ」
俺がその言葉の意味を理解する前に、扉を全開にしてあれを指さす。だけど、示された位置ではなく室内全体に目を奪われて、少しばかり忘れてしまった呼吸。あまり帰って来ていないから当然と言えば当然なんだけど、何もかもが引っ越してきたままの状態だったんだ。
段ボールが一つと、布団一式、そして紙を敷いた上にあれことローファーがあるだけで、何もない。整理整頓されているとか、綺麗だとか言うレベルじゃない。到底女の子の部屋だと、いや、人が生活している空間だとは思えない。
「ババアどころか、おれからも見つからないように息を潜めてたってことか?」
あまりに質素な部屋に呆然としていると、背後から聞こえた凄みのある声。振り返ると、笑顔を作りながらも明らかに怒りのオーラを出している冬夜さんが腕組みしていた。次に夏歩さんを見やると、元々大きな目を更に見開いて凍り付いている。
「ど、どうして冬夜がここに……?」
「校門の所でひたすら待ちぼうけしてたら、秋兄が声を掛けてくれたんだよ。何て言ってたっけ、わざわざ裏門から帰ったって?」
咄嗟に扉を閉めようとした夏歩さんと、それを手で押さえて阻止しようとする冬夜さん。彼からは黒いオーラが滲んでいて、凶暴だと言われる理由がちょっと分かった気がする……。
「わ、私は気持ちだけをもらっておくと言ったはずだわ!」
「おれは校門の所で待ってると言ったはずだけどな。いくら何でも、逃げる必要はないだろ?」
「お祝いなんてされ慣れなくて……抵抗があったのよ」
何が何やらよく分からないけど、声のトーンを落とした冬夜さんに安心したのか、夏歩さんも落ち着きを取り戻したようだ。
……ん? 今、お祝いと言った? そう言えば、冬夜さんはケーキのような箱を持っていたな。それに気付いたと同時に、考えをまとめて代弁してくれた春平。
「もしかして、今日は夏歩の誕生日なのか?」
「そう。ケーキを買って行くから、お祝いをしようって約束してたんだ。なのに、主役に逃げられちゃって。……そうだ!」
しょげたように眉を八の字にしながらここまで言って、何か名案を思い付いたように、明るい笑顔で俺と春平を見る。
「一緒に夏歩の誕生日パーティーをしないか? ケーキもホールの物だから、皆で食べた方が美味しいし」
「マジで。賛成! な、秋。良いよな?」
「俺はもちろんいいけど……、夏歩さんは?」
勝手に話を進める春平と冬夜さん。俺はと言うと、夏歩さんの誕生日をお祝いできるなら歓迎だ。
反応を伺うと、当の本人は口元を引き結んでは緩めてを繰り返し、何か言いたげにしている。だけど少しすると、短い溜め息をついて、諦めたようだ。多数決を取らなくても、反対は夏歩さん一人だもんね。
「分かったわよ。だけど、あなたまでそんなことを言うなんて。私の誕生日なんて、どうでもいいのに……」
小声でのぼやきに苦笑してしまうけれど、今は彼女の気が変わらない内に事を進めよう。
「じゃあ、お茶の用意をしてくるから皆は待ってて。春平、二人を俺の部屋に案内しておいて」
「はいよ」
「待って。私もお手伝いするわ」
「大丈夫だよ。今日の主役は夏歩さんなんだから、ゆっくりしていて。ね」
澄田家のことを勝手知ったる幼馴染に案内を任せて、俺は一階の台所へと向かう。いくらさっぱりしているとは言え、夏歩さんの部屋に男三人がお邪魔するのは気が引けるもんね。
さて、普段の来客と言えば春平だけだから、ペットボトルのジュースと適当なコップで構わないんだけど、今日はそうもいかないよな。
まずはお湯を沸かしておいて、紅茶はティーバッグがあったはず。えーと、来客用のカップがどこかにあったはずなんだけど。
「誕生日を祝われるのって嬉しいもんだろ。何で逃げるほど嫌がるんだ?」
「川縁くんは嬉しいかもしれないけれど、私はそう言うのに慣れていないから。……ところで、冬夜と川縁くんは知り合いだったかしら?」
「校門の所で知り合ったばっかりだよ。でも春平とはゲームの話が合いそうだし、もう打ち解けたよ」
二階から聞こえる三人の会話。食器棚の奥から発掘したカップとソーサーを並べ、やかんの口から静かに姿を現し始めた湯気に見とれながら思う。
『冬夜』、『川縁くん』。夏歩さんから二人に対しての呼び方。そして、俺のことはさっきも『あなた』と呼んだ。
あだ名でも、もう何なら苗字でもいいから、俺だけを表す名前で呼ばれてみたいよなぁ。そう願ってしまうのは、段々と欲が出てきている証拠なんだろう。情けないながらも、自分でちゃんと気付いているよ。
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