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第二話 ~飛生高校での一日~
10 (夏歩)
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頭の中で何度も繰り返されそうになる声、台詞。
『今はまだお互いに何も知らないけれど、少しずつ、ゆっくりでいいから――』
頭を大きく左右に振って、自分に言い聞かせる。だめ、思い出してはいけない。
街の喧噪のおかげで、はっきりと再現するには至っていないのが唯一の救い。忠実に再現してしまうと、きっと胸が締め付けられるもの。
だって、あんな言葉……どうやって信じろと言うのよ。彼は綺麗事を並べ立てているだけなんだから、聞き流せばいい。
そう思っているのに、どうして心はいつまでも割り切れずにいるのかしら……。
「夏歩? ぼーっとしてどうした?」
どこか遠くへと飛ばしていた意識は、名前を呼ばれたのをきっかけにここへと戻って来た。数回瞬きをして現状を確認すると、屈んで私の顔を下から覗き込んでいた一重の黒目。
……そうだわ。コンビニ前のガードレールに寄り掛かって、冬夜の仕事が終わるのを待っていたんだっけ。
今、どこで何をしているかさえも分からなくなってしまうなんて、それほどまでに彼の言葉に衝撃を受けたと言うことね。
「ぼんやりしてごめんなさい。お仕事お疲れ様。今日は忙しかった?」
「それがさぁ、昼の忙しい時間帯にレジの調子が悪くなってかなり焦ったわ。でも、西谷と東が入ってる時だったら焦りの余り喚くだろうから、あいつらがいなくて良かったかなとも思うけど」
腕を胸の前で伸ばしてストレッチしながら愚痴るものの、表情は決して疲れていない。
私の知らない間に冬夜は社会人として、そして誰かの先輩としての貫録を備えているんだ。格好良いな。
二人で並んで歩き始めた残暑の夕暮れ。寄り添うように、くっ付くように、影だけが長く伸びている。
「と言うか、夏歩の方がお疲れだろ。なんせ学校初日だったんだから」
「散々転校させられているから、別に今更どうってことない……と言いたいところなんだけどね。クラスメイトと衝突しちゃった」
「えっ!? 何が原因だったんだよ!?」
肩を竦めながら、変哲の無い世間話として口にしたはずだったのに。予想以上に食いついたのを目の当たりにして、しまったと思う。
この子は頭に血が昇りやすいから、下手なことを言うと仇討に走るかもしれない。
それに、『あなたの悪口を言っていた人がいたの』とは口にし辛い。だけど真実を話さない限り、尋問は続き、更にだめな方向へと向かいそうだったので、
「あの……、気分を害したらごめんね? 新森第三中の時に同じクラスだったらしい子がいて、その子があなたの悪い噂を口にし掛けたから、腹が立って思わず怒鳴りつけちゃったの」
正直に告げる。すると一瞬呆気に取られた表情をして、その後すぐに大きな溜め息をつきながら頭を掻いて唸った。
「第三中から何人かは飛生に行ったからなぁ。当然おれのことを知ってる奴もいるわな……。嫌な思いをさせてごめんな」
「何を言っているのよ。悪口を吐かせてしまうきっかけを作ったのは私よ? 私が転校なんてしなければ……」
「いや、でもそもそもの原因はおれだから」
お互いに自分が悪いと言い合って、ふと重なった視線。数秒間の無言の後、吹き出して笑ってしまった。
「庇い合うなんて、まるで仲良しカップルみたいだなー」
「それは違うでしょ」
「否定が早いだろ! でも、夏歩がそいつらに怒ってくれて嬉しいな」
ほら、こんなに可愛い悪戯っぽい笑顔を見せてくれる人。なのにどうして、マイナスな印象を持たれてしまうのかしら。
きっと本当の冬夜を知れば、ほとんどの人はこの子を好きになるわ。たくさんの人に、もっと良さを知って欲しい。
そう思っている反面で、私を特別気に掛けてくれるあなたのままでいて欲しいとも願ってしまう。冬夜の優しさに出会わなければ、こんなにも我が侭な私にも出会わなかったのかも知れないわね。
「で、例のお兄チャンはどうだった?」
自然な流れで問われた事項に、どくんと一つ大きく鳴った心音。だめ、強く鍵をかけておかないとあの言葉が蘇りそうになるっ……!
「……か、彼はどうも優しい人柄みたいで、気にしてくれていたみたい。何度か声を掛けてくれたし。でも、仲良くするつもりなんて無いから真剣に相手をしなかったわ」
全く興味が無い様子を装って、空とだけ目を合わせて冷たく言い放つものの、心臓がどきどきと音を立てているのを意識する。
「ふーん?」
「でも、彼の親友には態度が悪いって言って怒られちゃった。だから、私に構わないでとお願いしておいたけどね」
強がった心、少し上擦った声に気付かれたかもしれない。それでも何の質問もせず、あやすように軽く頭をぽんっと撫でてくれた。
「嫌なことや不愉快なことがあったら、すぐに学校を飛び出せばいいからな。……あー、こう言う時に夏歩が携帯を持ってれば便利なのにな」
髪から伝わる、一回りほど大きな手の温度。
この人から、一体どれだけ多くの安心と笑顔をもらったんだろう。そして、何をお返ししてこられたのかしら。
……何一つとしてお返し出来ていないなんて、とっくに気付いているわ。だからこそ狭くなる胸の奥。
『今はまだお互いに何も知らないけれど、少しずつ、ゆっくりでいいから――』
頭を大きく左右に振って、自分に言い聞かせる。だめ、思い出してはいけない。
街の喧噪のおかげで、はっきりと再現するには至っていないのが唯一の救い。忠実に再現してしまうと、きっと胸が締め付けられるもの。
だって、あんな言葉……どうやって信じろと言うのよ。彼は綺麗事を並べ立てているだけなんだから、聞き流せばいい。
そう思っているのに、どうして心はいつまでも割り切れずにいるのかしら……。
「夏歩? ぼーっとしてどうした?」
どこか遠くへと飛ばしていた意識は、名前を呼ばれたのをきっかけにここへと戻って来た。数回瞬きをして現状を確認すると、屈んで私の顔を下から覗き込んでいた一重の黒目。
……そうだわ。コンビニ前のガードレールに寄り掛かって、冬夜の仕事が終わるのを待っていたんだっけ。
今、どこで何をしているかさえも分からなくなってしまうなんて、それほどまでに彼の言葉に衝撃を受けたと言うことね。
「ぼんやりしてごめんなさい。お仕事お疲れ様。今日は忙しかった?」
「それがさぁ、昼の忙しい時間帯にレジの調子が悪くなってかなり焦ったわ。でも、西谷と東が入ってる時だったら焦りの余り喚くだろうから、あいつらがいなくて良かったかなとも思うけど」
腕を胸の前で伸ばしてストレッチしながら愚痴るものの、表情は決して疲れていない。
私の知らない間に冬夜は社会人として、そして誰かの先輩としての貫録を備えているんだ。格好良いな。
二人で並んで歩き始めた残暑の夕暮れ。寄り添うように、くっ付くように、影だけが長く伸びている。
「と言うか、夏歩の方がお疲れだろ。なんせ学校初日だったんだから」
「散々転校させられているから、別に今更どうってことない……と言いたいところなんだけどね。クラスメイトと衝突しちゃった」
「えっ!? 何が原因だったんだよ!?」
肩を竦めながら、変哲の無い世間話として口にしたはずだったのに。予想以上に食いついたのを目の当たりにして、しまったと思う。
この子は頭に血が昇りやすいから、下手なことを言うと仇討に走るかもしれない。
それに、『あなたの悪口を言っていた人がいたの』とは口にし辛い。だけど真実を話さない限り、尋問は続き、更にだめな方向へと向かいそうだったので、
「あの……、気分を害したらごめんね? 新森第三中の時に同じクラスだったらしい子がいて、その子があなたの悪い噂を口にし掛けたから、腹が立って思わず怒鳴りつけちゃったの」
正直に告げる。すると一瞬呆気に取られた表情をして、その後すぐに大きな溜め息をつきながら頭を掻いて唸った。
「第三中から何人かは飛生に行ったからなぁ。当然おれのことを知ってる奴もいるわな……。嫌な思いをさせてごめんな」
「何を言っているのよ。悪口を吐かせてしまうきっかけを作ったのは私よ? 私が転校なんてしなければ……」
「いや、でもそもそもの原因はおれだから」
お互いに自分が悪いと言い合って、ふと重なった視線。数秒間の無言の後、吹き出して笑ってしまった。
「庇い合うなんて、まるで仲良しカップルみたいだなー」
「それは違うでしょ」
「否定が早いだろ! でも、夏歩がそいつらに怒ってくれて嬉しいな」
ほら、こんなに可愛い悪戯っぽい笑顔を見せてくれる人。なのにどうして、マイナスな印象を持たれてしまうのかしら。
きっと本当の冬夜を知れば、ほとんどの人はこの子を好きになるわ。たくさんの人に、もっと良さを知って欲しい。
そう思っている反面で、私を特別気に掛けてくれるあなたのままでいて欲しいとも願ってしまう。冬夜の優しさに出会わなければ、こんなにも我が侭な私にも出会わなかったのかも知れないわね。
「で、例のお兄チャンはどうだった?」
自然な流れで問われた事項に、どくんと一つ大きく鳴った心音。だめ、強く鍵をかけておかないとあの言葉が蘇りそうになるっ……!
「……か、彼はどうも優しい人柄みたいで、気にしてくれていたみたい。何度か声を掛けてくれたし。でも、仲良くするつもりなんて無いから真剣に相手をしなかったわ」
全く興味が無い様子を装って、空とだけ目を合わせて冷たく言い放つものの、心臓がどきどきと音を立てているのを意識する。
「ふーん?」
「でも、彼の親友には態度が悪いって言って怒られちゃった。だから、私に構わないでとお願いしておいたけどね」
強がった心、少し上擦った声に気付かれたかもしれない。それでも何の質問もせず、あやすように軽く頭をぽんっと撫でてくれた。
「嫌なことや不愉快なことがあったら、すぐに学校を飛び出せばいいからな。……あー、こう言う時に夏歩が携帯を持ってれば便利なのにな」
髪から伝わる、一回りほど大きな手の温度。
この人から、一体どれだけ多くの安心と笑顔をもらったんだろう。そして、何をお返ししてこられたのかしら。
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