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05.
しおりを挟む「お待たせ」
「いえ、すみません待つなんて言って」
カフェで待ち合わせをしていて、到着する頃には彼はいつもの穏やかな表情だった。
「歩きながらでいいので、話をしてもいいですか」
「……うん」
てっきりカフェで話をするのだと思っていたら、店をすぐに出て夜道を歩いた。これは、実織の家の方向へ向かっているみたいだ。送りがてら、話を聞けということらしく、逃げ道はなさそうだった。
しんと静かな道を二人で歩いている。実織は、彼がなにか言い出すのを待っていた。訴えたいことがある彼の話を聞くしかないと諦めていた。本当は二人でいると心臓がバクバクとして逃げたくなる。
「先輩、覚えてますか」
なにを、と聞くのはやめた。その呼び名でいつの話をしようとしているのか十分わかっていた。
「図書室で、二人きりの時に先輩泣いてましたよね」
「……」
「今みたいに恋がうまくいかなくて、今よりももっとつらそうにしてたのを思い出すんです」
思い出してほしくない。でも、彼との思い出はそういったものが多いので思い出さずにはいられない。
「その時から、です」
行哉は、言葉をとめた。すぅ、と息を吸う音が隣から聞こえた。立ち止まったのが見えて、実織も立ち止まりそちらに視線を向ける。
真剣な視線とぶつかる。
「好きなんです。ずっと、先輩の泣き顔を見た時から」
行哉の見据える視線と、言葉に実織は固まった。その視線から、冗談ではないとわかる。でもその言葉は冗談ではないかと笑い飛ばすべきものだ。
驚きのあまりそれもできないでいると行哉は居心地が悪そうに視線を泳がせた。
「高校の時から、ずっと」
続いて弱弱しい声が落ちる。
彼の態度から、それが本気の言葉なのだとわかる。でも、それが本気であってはだめだ。
彼女がいる人に告白されてしまっては困る。
「……だって、彼女は」
「……ごめんなさい嘘です」
彼はハッとしてうなだれた。
なにが嘘? 今好きと言ったことが? それとも――。
「伝える順番を間違えました。彼女がいるって、嘘です。あの子とは実織さんが卒業後にすぐ別れました。それからはずっと一人です」
「なん、で……そんな嘘」
「俺に彼女がいたら、実織さんは話しかけてくれるから」
行哉が手をにぎりしめたのが視界に入る。
「俺に彼女がいたから、俺を呼び出していろんなことを聞いてくれたんでしょう? 俺の話を楽しそうにしてるのとか、うれしそうに話を聞いてくれる姿とか見てると、別れました、とか言えなかった。言ったら実織さんは俺と話してくれないんじゃないかと考えて」
「そんなことあるわけない」
確かに彼女がいたから聞きたいことはたくさんあったけれど、それだけなら他の人だっていい。行哉と話をすることが好きだから、一緒にいて居心地がいいから彼と話をしたかっただけだ。
「でも、怖かったんです」
彼は搾り出すように言った。
それから実織の目を見て、訴える。
「実織さんは、俺のこと嫌いですか」
「嫌いじゃないけど、でも」
友達としては好きだ。これはずっと思ってきたことだ。たとえ心臓がドキドキとしても、手首を掴む手に動揺しても、今まで、彼女がいる人だという線を引いていた。
それが嘘だと知ってしまったら、どうすればいいのだろう。
「やさしい人がいいんでしょう」
そっと手が伸ばされ、実織の手を掴む。いつかのような強いものではなくて、ふわっとしたやさしい手つきだった。
「俺は、実織さんにだけやさしくしてます。昔も、今も」
それはわかっている。
高校生の頃、こんなにやさしい人がいるんだと思った。他の人にだってやさしくされないわけではないけど、行哉のやさしさは、とても心地よく心の中に入っていった。
「お願いだから、自分と、俺と向き合って」
彼の苦しそうな表情。
嘘をついていたのは彼なのに、実織の気持ちに制御をかけていたのは、彼自身なのに。
「向き合うってどうやって」
「俺のこと好きですか」
「……」
つい口を閉ざした。
好きだけど、そういう好きかわからない。また失敗するかもしれない。ちゃんと好きになれなかったらどうしようと思う反面、この手を離したくないと思う。
あたたかくてやさしいこの手を。
「ごちゃごちゃ考えないで、俺を見て下さい」
答えを出せないでいるとぎゅうと抱きしめられた。実織はつい笑ってしまった。
「これじゃ、見えない」
行哉の胸の中も、とてもあたたかかった。このまま目を閉じたら眠ってしまいそうな心地よさがある。彼の鼓動の音もちょうど耳に響く。
「あ、の実織さん」
「……」
「まさか、寝てないですよね?」
息を吸って、吐いて。繰り返していたら彼は焦ったように口にした。抱きしめてきたのは彼の方なのに無理やり身体をはがして、実織の目をのぞく。
「……実織さんの部屋、行っていいですか」
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