流浪の魔導師

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2章 イゼロン騒乱編

50. いつも通り

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 兵達は動揺していた。

 北部での軍事演習ということで召集され、王都セットレーを出発して七日。しかし一向に演習は行われず、日が沈み、月が顔を出したつい先ほど、とうとう国境を超えた。もう少し進むと、イゼロン山のふもと、エリノスが見えてくる。

「ベリムス様」

 副官の一人がベリムスの元へやって来た。

「兵達が異変を感じ始めました。そろそろご説明を……士気にも影響しますゆえ」

「そうか、そうだな。全軍停止、整列させろ」

 整列した兵達を前にベリムスは大声で話す。

「諸君! 先ずはここまでの行軍、大義である! すでに気付いている者もいるとは思うが、此度こたびの行軍の目的は演習にあらず、実戦である! 狙うはこの先、イゼロンのふもとに広がるエリノス! 諸君らも我が国の現況は当然把握しておろう。かつて大国と言われたハイガルド王国も、今では困窮の極みである。この苦しみを、子や孫の代まで押し付けて良いはずがない! 我らには明確な成果が必要だ、それがエリノスである! 先王も、隣国も、とうとう落とすことができなかったエリノスを、今宵我らが落とすのだ! この偉業は、我が国が浮上するためのきっかけであり、試金石であると理解せよ! 理解したら気持ちを入れ替えろ!入れ替えたら前を向け! エリノスを落としたその先に待つのは、栄光ある我らがハイガルド王国の輝かしい未来である!!」

「う……」

「「 うう…… 」」

「「「 うおーーーーー!! 」」」

 ベリムスの演説を、始めこそ戸惑いながら聞いていた兵達だったが、演説が終わる頃には皆、顔つきが変わっていた。士気は跳ね上がり、雰囲気は一変した。戦う集団、まさに軍へと変化したのだ。

「進軍する!!」

 ベリムスの号令に、雄叫びを上げながら兵達は歩き出す。


 ◇◇◇


「よっしゃ、大体集まったようじゃの、説明するぞい」

 エス・エリテ、神殿内。修道士達が集まった。デンバに、レグの姿もある。

「ついさっき、エリノスから急変を知らせる連絡があった。エリノスに向け、南より軍勢が迫っとる。数はおよそ五千。その内一千はやたらがたい・・・がデカいらしい。オークじゃないか、ちゅうとる。この辺じゃあまり見かけんがの。連中、そろそろ城壁に取り付く頃合いじゃ。わしらも下に降りて迎撃するぞい、すぐに準備せい!」

 オーク……当然、引っ掛かる。俺は前に出る。

「老師!」

「ん? 何じゃ、コウか。お主戻っとったんか。どした?」

「オークの色は?」

「は? 色ぉ?」

「オークの皮膚の色です、何色ですか?」

「……いんや、確認しとらんが?」

「東の国を襲撃したオークは皮膚の色が赤黒かったんです。魔力の干渉を受けて、さらには操られていたと……」

 ルビングは慌てたように話し出す。

「待て待て、そりゃあエルバーナのオーク襲撃事件のことじゃな。操られてって……どういうこっちゃ? 魔力の過干渉状態は暴れまわるんじゃろ?」

「お師匠……レイシィが言ってました。自我を失った者が転移の魔法石なんて使えないって」

「転移ぃ? 何じゃそりゃ?」

「東ではオークの襲撃で王都が半分焼失した国があります。何でそんなに大きな被害になったと思います? 気付かなかったんですよ、オークの進軍を。そんな事あると思いますか? どんな国だって領内に砦や城がある、巡回している兵だっているだろうし、商人や旅人だって歩き回ってるでしょう? ましてや王都ですよ、周辺に警備網が敷かれているはずです。絶対どこかで誰かが見てるはずなんです。でも、それが一切なかった」

 ルビングは怪訝けげんそうな表情を浮かべる。

「転移して、飛んで来たっちゅうんか?」

「お師匠は、これは誰かが仕組んだ事だと……オークを操り、転移の魔法石を使ってオークを送り込んで、襲わせたんだ、と……それを調べるために、お師匠は城に戻ったんです」

 ルビングは腕を組み下を向く。

「……おい! すぐにエリノスに確認じゃ!」

 ルビングは側にいた若い修道士に命じる。エリノスとエス・エリテの間にはワイヤーが張られており、滑車を使って情報のやり取りができるようになっている。

「もし……」

 ルビングは静かに口を開く。

「もし、下に来とるオークどもが、お主の話すオークと同じ連中じゃとしたら……ここもマズイっちゅうこっちゃろ?」

「そうです、連中はどこにでも行ける。エリノスを無視して直接ここに来ることだって出来ます。守備隊は残しておくべきです」

 ルビングは眉間のシワをさらに増やす。

「しかし、にわかには信じられんのぅ……転移の魔法石なんぞ、聞いたこともない」

「間違いありませんよ、実際に体験した人間が、目の前にいるんですから」

「ああ、お主は東でオークとやり合ったんじゃったな」

 それだけではない。俺は転移して、この世界に来た……

 少しすると若い修道士が走ってきた。

「老師! エリノスから返答です! 通常のオークの色にあらず、もっと黒っぽいそうです」

「……夜じゃし、間近で見とらんから、赤黒いっちゅうよりは黒く見える、ってとこかのぅ……」

「充分あり得ますね」

 腕を組みルビングはしばし考える。

「ふむ……よっしゃ、最低限の守備は残す! 警備隊はここで待機じゃ! レグ! お主は警備隊率いろ!」

「了解だ」

「エクシア! お主も留守番じゃ。自室で待機しとる連中の様子を見て回ってくれ!」

「分かりましたわ」

「わしもここに残る! 他のもんらはエリノスに降りろ! コウ、当然お主もエリノス行きじゃ。下にいるオークどもがお主の見知ったオークと同じじゃとしたら、どデカい借りがあるっちゅうこっちゃろ? きっちり返さないかんのぅ?」

 俺は無言でうなずいた。

「ゼル、手ぇ貸してくるれるんじゃろな?」

 ルビングは俺の横に立っているゼルを見る。

「ああ、しょうがねぇから手伝ってやるぜぇ。しかしツイてるなぁ、老師。うちの連中がエリノスの外で野営しながら俺の帰りを待ってんだ。そのかず百人! 今頃あいつらも動いてるんじゃねぇか?」

「百人のジョーカーか、そりゃええのぅ。じゃが、何でそんな連れてきたんじゃ?」

 当然の疑問だ。傭兵が百人。何のために? 自慢?

「そりゃあコウに会わせるためだ」

「……はぁ?」

 何言ってんの、こいつ?

「これから行動を共にする仲間だからなぁ、紹介しとかにゃなんねぇだろ?」

「……いや、別にいいし」

「はっはっは、照れんなよ、一気に友達百人できちまうなぁ?」

 ……こいつどこまで本気なんだ?

「まぁええわい。準備できたもんから出発じゃ! 外に馬回してあるから乗ってけい! まぁ、三十頭しかおらんがな。後のもんらはラグーじゃ。走るよりゃ速いじゃろ」

 神殿の外に出ると修道士達が馬を用意していた。

「コウさん、乗るっすよ!」

 メチルだ。すでに騎乗し、隣の馬を指差している。

「メチル!」

「何すか!」

「俺、馬乗れない!」

「……は?」

「俺、馬、乗れない」

 はぁ……と、ため息をつくメチル。

「……締まんないっすね、コウさん……カタコトで言っても同じっすよ」

「しょうがねぇなぁ!」

 騎乗したゼルが後ろからやって来た。

「ほら、乗りな!」

 ゼルは自身の後ろをポンポンと叩いている。

「え、あ~、ちょっと……嫌かな~……」

「はぁ!? おま……はぁ!!」

「んじゃコウさん、こっち乗るっす」

 俺はすぐさまメチルの後ろに乗る。ゼルはすねる。

「……そりゃお前、俺だって後ろに乗せんなら、女の方がいいけどよぉ……にしたってお前……嫌って、お前……」

「いや、貸し作りたくないないな~、って……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、行くっすよ!」

 俺を後ろに乗せてメチルは馬を走らせる。ぶつぶつ言いながら、ゼルもその後に続く。そのやり取りを、微妙な表情で眺めていたルビング。不意に、

「老師!」

 と、デンバに声を掛けられる。

「なんじゃい、デン……ばふぅ!」

 ルビングは思わず吹き出した。

「老師、デカい馬は、ないのか?」

 エス・エリテで飼育されている馬は、一般的な馬よりも小さな種だ。スピードよりも登り降りに適した、足腰の強い種である。
 しかし、ただでさえ大きなデンバがまたがっている馬は、他の馬より一際小さかった。その絶妙なアンバランスさに、周囲の修道士達はクスクス笑いながら馬を走らせて行く。

「ああ、うちで飼育しとるのは小さい種類じゃからのぅ。にしたってお主、何でそんな小っさいの選んだんじゃ……?」

「これしか、なかった」

 真顔のデンバに、込み上げてくる笑いを必死に抑えるルビング。その横で、レグは大笑いしている。

「じゃあ、しゃ~ないのぅ……」

「そうか」

 そう言って、デンバは出発する。後ろ姿のシルエットが、さらに笑いを誘う。

「ふぅ、何ちゅうか、緊張感のない連中じゃ……」

「いやぁ、気負ってガッチガチってよりも、いいんじゃないかぁ?」

 レグは腹を抱えている。

「いつも通り、ですわね」

 呆れ顔のエクシアは居住区に向かって歩き出す。

「じゃあ、こっちもやるかのぅ! 神殿から後ろ、居住区は絶対死守じゃ、その手前に防衛線張るぞい!」
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