流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

103. 北の勝利と南の敗北

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「お……おお……おい……何だそりゃ? 嘘だろ……おい……」

 ブリダイルは激しく狼狽ろうばいした。

「マジかよ……やべぇぞブリーさん、どうするよ?」

 護衛役の側近の目にもハッキリと見えた。右翼でシスカーナ隊と交戦していたブリダイルは、戦いながら随分と左に、ラスゥの戦いを遠いながらも目視出来るくらいの位置まで流れてきていた。あのまま元の場所で戦闘が続いていたら、あるいはこんなにも早く気付く事はなかっただろう。目撃したのだ、ラスゥがホルツに討ち取られた、まさにその瞬間を。そしてシスカーナはその時生まれた隙を見逃さない。

「今だ! 包囲しろ!」

 シスカーナの指示で部下達がブリダイルと側近達を取り囲む。

「くそ……こりゃまずいぜブリーさん……どうすりゃ……ブリーさん?」

 ブリダイルは宙の一点を見つめたままほうけている。そんなブリダイルの正面へ進み出るシスカーナ。

「終わりよ、ブリダイル。大人しく……」

「……魔だ……」

「……何?」

「邪魔だっつってんだぁ! 退けやぁ、ブスがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫ぶと同時にブリダイルはシスカーナの脇を抜け、真っ直ぐにラスゥへ向け馬を走らせる。



(…………え?)



「あ! クソッ、包囲抜けやがった! 追うぞシスカーナ! ……おい、シスカーナ?」

 シスカーナは宙の一点を見つめたままほうけている。部下の言葉など耳には入っていない。

(…………ぶす……ブス? え、何? ブスって言った? 何が? 誰が? ……私? 私の事? まさか……でもここには女性は私しか……え?)

「おい! シスカーナ! どうした?」

(……確かに、顔に傷痕もあるし、自分で美人だなんて思った事は一度も……でも……だからってそこまでアレだとは……)

「おい、シスカーナ! どこかやられたんじゃ……な!?」

 近付く部下の首筋にシュッ、と剣を向けるシスカーナ。そして静かに一言。



「ブリダイル………コロス……」



 異様な程の闘気(?)を立ち昇らせながらブリダイルを追うシスカーナ。その場に残された彼女の部下は思った。

(こりゃ八つ裂きじゃ済まねぇな……同情するわ、ブリダイル……)

 そして同時に、その場に残されたブリダイルの側近も思った。

(よくて半殺しか……さすがにありゃダメだぜ、ブリーさん……)

 残された部下同士、顔を見合わせる。

「何かいくさって感じじゃなくなっちまったが……どうするよ?」

「……なぁ」


 ◇◇◇


「三番隊! 曲刀のホルツがラスゥを討ち取ったぁぁぁ!!」

 戦場中にときが響き渡る。ホルツの部下が大声で叫んだのだ。直後、「「「 ウォォォォ!! 」」」と周り中から歓声が上がる。

「はっはっは、でかしたぜぇ、ホルツ! あとはブリダイルを押さえりゃ……んあ? ありゃ……ブリダイルかぁ?」

 戦場ほぼ中央、ゼル隊が展開するその少し先に、物凄い勢いで馬をるブリダイルの姿があった。どうやら右翼を目指しているようだ。そしてその少し後ろ、鬼の形相で後を追うシスカーナ。

「……そういう事か」

 全てを察したゼルは部下に指示を出す。

「おい、ここは任せるぜぇ。もう戦闘は終わる、あと少し気張ってくれ」

 そしてゼルも右翼、ホルツの下へ移動する。


 ◇◇◇


「クソッ!」

 苛立いらだつ気持ちが思わず口をついて出た。

(道理で手応えがおかしいと思ったぜ……)

 ホルツはたった今ラスゥを打ち砕いた愛剣の曲刀を眺める。剣身けんしんの中央辺りの刃が大きく欠けてしまっているのだ。ラスゥには勝ったが愛剣を殺してしまった事にホルツは落胆した。

「こりゃ研いで直るようなもんじゃ……」

「ラスゥゥゥゥゥ!!」

 突然の大声にホルツは驚く。見ると猛スピードでこちらに近付くブリダイルの姿があった。ホルツは咄嗟とっさに身構えるがブリダイルはそんなホルツには目もくれず、馬から飛び降りると大の字に倒れているラスゥに駆け寄り抱き抱える。

「ラスゥ! おいラスゥ! あぁぁ……何てこった、おい! ラスゥ! ラスゥよぉ!!」

 反応のないラスゥ。ブリダイルはギッ、とホルツを睨む。

「てめぇホルツゥ! 何て事しやがったぁぁ! ラスゥがぁ……ラスゥがぁぁぁ!」

「ちっと落ち着けよ、ブリダイルさんよぉ。よく見ろって、血なんて一滴も流れちゃいねぇだろ?」

「あぁ!? 血ぃ? 血って……おい、何でだ……!?」

 そう、見たのだ。間違いなく見た。ラスゥはホルツに斬られた、胸の辺りを水平に。しかし確かに、ホルツの言う通り血が流れていない。

「何か着込んでんだろ? ほら」

 と言ってホルツは刃の大きく欠けた曲刀を見せる。そこでブリダイルは初めて気付いた、抱き抱えているラスゥの身体からカチャカチャと小さな音がする事を。手のひら全体に何か硬いものが触れている事を。

 ブリダイルはラスゥが斬られたであろう胸の辺りを確認する。すると破れた上着の下から何か光る物が覗いている。

「こりゃ……鎖か?」

 細かく動き回り手数で圧倒する戦い方のラスゥには、ゴテゴテとした装備は邪魔でしかない。かと言って革製の装備では心もとない。ラスゥが着込んでいたのは、細く小さな鎖で編み込まれたチェーンメイル。重過ぎず、ある程度の防御力を期待出来て動きを妨げない。ラスゥにとってはうってつけの装備だ。だが、ブリダイルは不思議に思った。

「でもお前、こんな細い鎖よぉ……こんなんじゃ剣で斬れちまうだろ?」

「ただ欠けただけじゃねぇ、ヒビいってたんだよ、俺の剣。多分アレだ、一番最初……こいつの攻撃防いだ時だ。すげぇ音したからなぁ。だから刃が欠けて斬れなかったんだ」

「じゃあお前、ラスゥはよぉ……」

「死んじゃいねぇよ。でもまぁ骨くらいは折れててくれなきゃあよ、割に合わねぇぜ……くそ……」

 その言葉を聞いたブリダイルは心底ホッとした。

「そうか、死んじゃいねぇか。そうか……良かった……じゃあよぉ、さっさとこいつを治してくれよ! なぁゼルちゃんよぉ!」

 見上げるブリダイルの視線の先にはゼルが立っていた。

「いいぜぇ、ただし……」

「分かってんよ、皆まで言うんじゃねぇ。ゼルちゃんの下につく。好きに使っていいぜ。ただし条件がある」

「……何で負けた側が条件出すんだよ」

「細けぇ事言うなよぉ、俺とゼルちゃんの仲じゃねぇか」

「調子いい野郎だな。何だよ、条件って?」

「俺達をアルマドに連れてけ。こんな北の外れで留守番なんてなもうゴメンだぁ。退屈でしょうがねぇ」

「んじゃ誰がリスエット見るんだよ?」

「そんなん知ったこっちゃねぇよ」

「チッ、好き勝手言いやがって……まぁいいや、交渉成立だ」

 ゼルは膝をつきラスゥに治癒魔法を掛ける。

「骨と……肺もいってんじゃねぇかぁ? 結構重症だなぁ」

「お? そうか? 肺もいってたか。そうかそうか」

「てめぇホルツ! ラスゥがこんなんなってんのに嬉しそうにしてんじゃねぇ!」

「そう言うあなたは楽しそうね、ブリダイル……」

 すっ、とブリダイルの首筋に剣の切っ先を当てるシスカーナ。

「げ……シスカーナ……まぁ、アレだ、アレは何つ~か……言葉のあやっつ~か……」

「そう、自覚があるのね。分かった上で放った言葉なのね。だとしたら、余計にたちが悪いと思わない? どうかしら、行けるのかしら、アルマド。だってあなた……ここで死ぬのよ?」

 クッ、と切っ先を押し付けるシスカーナ。

「待て、待て待て! おい! ゼルちゃんよぉ! 何とかしてくれよぉぉぉ!」

「何でもいいが、謝った方がいいぜぇ? どうせアレだろ、お前要らない事言って怒らせたんだろ?」

 ククッ、とさらに強く切っ先を押し付けるシスカーナ。もう少しでブリダイルの皮膚を切り裂いてしまう。

「分かったぁ! 分かった、分かったぜぇシスカーナぁ! 悪かった、済まなかった、申し訳なかったぁ! アレだ、お前は本当ほんとアレだ、美人でキレイでセクシーで、お前を見てるとアレだ、もう本当ほんとムラムラが収まらねぇ! そのくらいお前は魅力的な……いだっ、おい、いてぇぞシスカーナぁ! 刺さってる、刺さってんぞぉぉぉ!」




 戦場後方。そんなやり取りを遠目に見ていたゼントスは怒っていた。

「何をごちゃごちゃやっとるかぁ、あんのバカもん共がぁ! さっさといくさぁ終わらせんかい! お前らぁ! 終戦だ、クソブリダイルは投降したって触れ回れぃ! 全く、あやつら全員まとめて説教したるわ!」




 ラスゥの治療を終えたゼルは立ち上がり周りを見渡す。

「さて、モタモタしてっとゼンじぃに説教食らっちまう。撤収しようぜぇ」

 すでに手遅れだ、という事にはまだ誰も気付いていない。

「そうそう、ねぇゼル。一つ確認しておきたい事があるのだけれど?」

「んあ? 何だぁ、シスカーナ?」



「ヌルヌルは……好き?」



「……何だって?」


 ◇◇◇


 始まりの家より南方、ジョーカーバルファ支部周辺。

「仕留め損ねたのは久々だ。お前にとっては運が良いのか悪いのか……」

「マスター早く!」

「いずれにせよ次はない、次に会ったら……殺す」

「マスター!」

「撤退する!」

 男は部下を引き連れその場を離れる。

(くそ……くそ……)

 かろうじて意識はある。が、身体が動かない。あれだけいいようにやられたんだ、当然か。

「いた……デーム! ライエ! いたぞ!!」

 ブロスの声。耳には入っている。しかしそれどころではない。今までのどれだけ自惚れていたのか、どれ程甘く見ていたのか。悔しくて情けなくて恥ずかしくて、そんな感情が膨れ上がりながら渦巻いて、気が狂いそうになる。

(くそ……アイロウ……!!)

 ゼルは北を押さえた。しかし俺は南で盛大に敗北していた。
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