流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

123. 丁寧な嘘

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「あ~……」

 キュールは目をつむり眉間シワを寄せ、頭の中で状況を整理しようとする。が、思考がまとまらない。というより情報が足りなすぎる。

「意味が分からねぇんだが……ベルバ、詳しく聞きてぇな」

 テーブルを挟んだ向かいに座るベルバは、出されたミードをグイッと喉の奥へ流し込む。トン、とグラスを置くと左腕で口をぬぐいながら話し出す。

「いいぜ、キュールさん。北道ほくどうの作戦、詳細は聞いてるかい?」

「いいや」

「よし、んじゃちっと長くなるが付き合ってくれ」

 ベルバは腕を組み椅子の背にもたれながら話を続ける。

「砦の守りを緩くしといて敵が攻めてきたら北道へ誘引ゆういん、仕掛けておいた罠にめて伏兵部隊が生き残りを狩り獲る。その後砦を攻め落とせば元通りだ。更に砦を出て南西方面へ、龍の背を通りバルファを狙う敵の別動隊を、待ち伏せていたテグザの部隊と挟撃きょうげきする。とまぁ、こんな感じの作戦だ。
 俺は砦の守備部隊だった。攻めて来たのは一番隊だ。適当に戦ってすぐに離脱し森の中に身を隠した。ブレングの野郎は自分の力で砦を落としたと勘違いしただろう、きっと間抜け面して吠えてたんだろうぜ。
 しばらく待っていると、街道の方から怒声や叫び声が聞こえてきた。連中、まんまと狩猟蜘蛛の罠に掛かりやがったんだ。するとすぐにときが上がった。伏兵部隊の発したときだろう。作戦は順調、よもや失敗はねぇ、その時はそう思ったぜ。
 俺は砦の奪取の為に移動しようとした。が、どうにも妙な事が起きた。ボンボンと爆発音が響いてきたんだ。その音の直後、街道は静かになった。伏兵達の声や戦闘音はまるで聞こえてこねぇ。罠はすでに発動したはずだ、じゃああの爆発音は何だ?
 俺は砦へ向かわず街道に近付いた。何が起きたか確認する為だ。草むらから覗いて見たら街道は酷い有り様だったぜ、辺り中死体だらけだ。そして、そこで気付いちまった。その死体は一番隊のもんだけじゃねぇ、エラグ兵と……うちの連中の死体も混じってる、ってな。
 そんな死体の山の中にアルガンは立っていた。笑ってやがったぜ、アイツ……そのかたわらには狩猟蜘蛛もいた。あの女も笑ってやがった。二人してよ、敵と味方の死体の山の中で……笑ってやがったんだ!」

 ドン! とテーブルを叩くベルバ。気を落ち着かせるように深呼吸をし、話を続ける。

「あの状況、十人が見たら十人共同じように思うだろうさ。これはコイツらがやったんだ、敵も味方も殺しちまいやがった、アルガンの野郎……裏切りやがった、ってな……
 俺はそのまますぐに北道ほくどうを離れた。砦の連中が気になったが、でもそれ所じゃねぇ、このままここにいたらヤベェって思った。身の危険を感じたんだ。そうして今、ここにいるって訳だ」

 話し終えるとベルバは深いため息をつく。キュールはしばし沈黙しゆっくりと口を開く。

「にわかには信じられねぇな……狩猟蜘蛛がアルガンをそそのかしたってのか?」

「そうかも知れねぇ。だがアルガンが主導で、ってのも考えられる。最初ハナっからそうするつもりで狩猟蜘蛛をアルマドから呼び寄せたのかもな。どっかに使えるヤツはいねぇか? ってテグザが聞いて回ってた時、狩猟蜘蛛を推薦したのはアルガンだしよ」

「しかしなぁ、何だってアルガンはそんな馬鹿な事を……」

「さぁな。理由なんて知らねぇし、知りたくもねぇ。だが仲間が大勢死んだ、これは事実だ。それ以外……一体何が必要だ?」

 両手を組みテーブルの上に置くテグザ。そしてキュールの顔をじっ、と目据えている。キュールはそんなベルバに不快感を感じた。こちらの言葉を待つベルバに何かを試されているような、そんな感じがしたからだ。

「ベルバ、お前何でここに来た? 何故俺だ? そんな重要事、伝えるなら当然テグザだろ」

「おいおい、よく考えてくれよ。テグザは支部にはいねぇ、敵を迎撃に出てるからな。アーバンもダメだ、今のヤツの頭の中にはエラグの事しかねぇ。それにそもそも、アーバンは他の支部の事には首を突っ込まねぇ。お前らのトラブルはお前らが片せ、面倒事を押し付けるな、って感じだろ? テグザはいない、アーバンもダメだってなったら……後はアンタしかいない。ただまぁ……単に消去法でアンタを選んで会いに来たって訳でもねぇんだが……」

 急に歯切れの悪くなるベルバ。キュールは怪訝けげんな表情を浮かべる。

「何だよ、ここまで話しといて言いよどむなんてらしくねぇな。言えよ、聞いてやる」

 ベルバはグッと前のめりになり、意を決したように口を開く。

「俺はよ、今回のこの一件……テグザにもその責任があると考えてる。アルガンをスティンジ砦の指揮官にえたのはテグザだからな」

「任命責任、ってやつか」

「そうだ。アルガンはテグザの小飼こがいだ、テグザからしてみりゃ可愛いんだろうよ。だがテグザは見抜けなかったんだ、てめぇに牙をこうとしてたアルガンの本質にな。結果、アルガンはまんまと裏切った。作戦は失敗だ。これはよう、アルガンを重職に付けたテグザのミスだ」

 ジロリとベルバを睨むキュール。しかしどうやらベルバはある種の覚悟を持って話しているようだ。何故ならベルバはキュールの目を見つめたままその視線を外そうともしない。

「分からなくはねぇが……ただこの一件、恩を仇で返したアルガンの方がただただ悪い、そう見えるぜ?」

「まぁ、言っちまえば理由なんて飾りみたいなもんだ、何だっていい」

「どういう事だ? 分かるように話せよ」

「キュールさん……アンタ、テグザの事をどう見てる?」

「はぁ? 何だそりゃ?」

「俺達は一体いつまであのワガママなサディストに付き合わなけりゃならねぇんだ?」

「お前……」

「アンタの耳にも届いてるはずだ。それも一人二人なんてもんじゃねぇ。テグザを何とかしてくれって……バルファの連中からの言葉、聞いてんだろ? なぁキュールさんよ、テグザを……引きずり下ろしてくれねぇか……?」

「てめぇ……何言ってるのか分かってんのか!」

 声を張り上げるキュール。しかしベルバも引かない。

「勿論だ! じゃなきゃこんな話するはずがねぇだろ! もううんざりなんだよ、野郎のお守りすんのはよ! 何で野郎の為に女かっさらってこなきゃならねぇんだ? 大変なんだぜ、あれ……誰でもいいって訳じゃねぇ、出来るだけ足が付きそうにねぇ女を探さなきゃならねぇ。娼館に属さずそこらで客引っかけてる娼婦とか、行く宛のねぇ戦争難民とかよ。苦労してさらってきてもすぐに壊して次用意しろ、だ。冗談じゃねぇぜ、全く! バルファの役人共だってバカじゃねぇ、いずれバレるぜ。どうすんだ? しかも最近女を要求する頻度が上がってきてやがる。あれはてめぇの中の破壊衝動を抑える為にやってるんだろ? 何か……あやういぜ。その内せきが切れて暴れ出すんじゃねぇかって……皆ヒヤヒヤしてんだよ」

「…………」

「今回の一件、理由としては上等な方だと思うぜ。そもそもいちゃもんだって構わねぇんだ。利用しようぜ、アルガンの裏切りをよ。キュールさん、アンタが動くなら俺はいくらでも力になる。いや、俺だけじゃねぇ、他の連中も皆アンタを支持するはずだ」

「…………」

「皆がアンタに話すのは当然期待してるからだ。テグザよりアンタを選んだからだ。何か起きてからじゃ……」

「分かった! もういい……今はいくさの最中だ、まずはそっちに専念する。その時が来たら……考えてやる。お前、今の話し振りじゃ支部には戻りたくねぇんだろ? ここにいていいぜ、俺の下に付け。ただし働いてもらうがな」

「ああ、済まねぇな。感謝するぜ、キュールさん」

 そう言うとベルバは部屋を出る。しかしすぐには立ち去らず、しばし扉の前で立ち尽くし、ふぅぅ……と大きく息を吐く。

(さすがに……疲れたな、神経使ったぜ。もう一押し欲しい所だが……しょうがねぇ、これで打ち止めだ。後はキュールに期待して成り行きを見守るしかねぇな……ま、やれる事はやったんだ、よもや叱責されるなんて事はねぇだろ……いや、そもそも怒られるような筋合いでもねぇな)

 ベルバはアルガンが裏切ったと嘘をいた。テグザを引きずり下ろす役目をキュールにやらせる為だ。普段ならばこんな危ない橋は渡らない。キュールという男は悪党だらけのバルファ支部にあってかなりまともな部類の人間だ。誠実で面倒見も良く部下からの信頼も厚い。副支部長という立場、そしてテグザの手前悪党を演じる事もあるが、基本的にはテグザとは正反対の性格なのだ。
 こういういわゆる隙のない相手に嘘をく場合は、絶対に嘘だとバレないように綿密に計画を立てる必要がある。もしくは最初から嘘など吐かないか、そのいずれかだ。しかし今回は少し事情が違った。言ってしまえば嘘がバレても良いのである。嘘であれ真実であれ、キュールが動き出せるきっかけを与えてやれば良かったのだ。何故ならキュールの耳に届いていた団員達の声、テグザに対する不満は真実だからだ。きっかけは嘘でも、理由が真実であればキュールは己の心に恥じる事なく行動出来る。

 ならば真実を織り交ぜた丁寧な嘘を付けばいい。

 ベルバはそう考え実行した。嘘にも吐き方というものがある。リューンのように切羽せっぱ詰まったあとがない状況の者ならば、多少雑な嘘でも押し通せるだろう。かりそめの利益をちらつかせ、そして当然のごとくそれを一切与える事なくだます。言わば悪い嘘だ。しかしキュールのように賢く慎重な者に対しては通用しないだろう。
 ベルバが吐いた嘘は、アルガンが裏切った、この一つだけ。他は全て真実だ。キュールの耳に届いているテグザに対する不満も、皆がキュールに期待を寄せている事も、キュールに語ったベルバ自身の想いも、全て真実なのだ。嘘も真実も同じ熱量で丁寧に話す。嘘が真実を活かすのだ。

 ベルバは再びふぅぅ……と息を吐き、ゆっくりと皆がいる大部屋へ向かう。


 ◇◇◇


「ビエット、どう思う?」

 椅子の背にもたれ腕を組むキュール。後ろに立つ腹心ビエットに問い掛ける。

「どうにもこうにも、だ。判断するには材料がなさすぎる。何より俺はあのベルバって奴がどうにも気に食わない。胡散うさん臭くてたまらねぇ。あいつは元賞金首だろ?」

「ああ。詐欺、強姦、強盗、殺人……悪い事は一通りやってる悪党だ。ある時テグザが拾ってきた、面白い奴がいた、ってな。その後わざわざハンディル協会の本部まで行って、あいつの犯罪歴を揉み潰してきたんだ。一体いくら積んだのやら……だが、ジョーカーに入ってからは大人しくしてる。問題を起こしたって話も聞かねぇ」

「だったらこれから起こすだろうぜ」

 ビエットは話しながらベルバが座っていた椅子に腰を掛ける。

「それだけの悪党が改心しました、なんて誰が信じるよ? あいつの話なんて一切信用出来ねぇ。裏を取る必要があるぜ、アルガンが裏切ったなんてよ。だがまぁ……一つだけ共感出来る話もしていたな。テグザを引きずり下ろす、そこだけは賛成だ」

「おいおい、お前まで……」

「なぁキュール、いい加減決断してもいいんじゃねぇか? テグザにはもうついて行けねぇって奴は大勢いる。かく言う俺も……その一人だ」

「お前……」

「キュール、どうか真剣に考えてみてくれ。気に食わないがベルバの言っていた通りだ。いちゃもんだって構わねぇ、その通りだと思うぜ。きっかけなんて何でもいい、動き出したもん勝ちだ。そろそろテグザには退場してもらおうぜ」

「……分かった」

 キュールは観念したかのように呟いた。はぁぁ……息が漏れる。

「北道に探り入れとけ。嘘よりも真実である方が当然の事、好ましい……」
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