流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

280. 主役

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「早くしろ!!」

 ボマードは声の限り叫んだ。そのあまりの剣幕に衛兵は慌てて扉の前に立ち取っ手を掴む。が、当然の事ながら扉は施錠せじょうされており、いくら力を入れてもびくともしない。魔法の鍵マジックロック。内側から解錠かいじょうしなければ開けられない。

「ダメだ! 開かない!」

「壊せ!!」

「壊せって……何を……」

 仲間の返答にボマードは苛立った。このに及んで何をモタモタやっているのか。力なく倒れ込む騎士の背中から剣を引き抜くと、ボマードは更に大きな声で叫んだ。

「取っ手でも扉でもブッ壊せってんだ!!」

 衛兵はボマードの鬼気迫る声にビクッとし、「あ……うぅ、クソッ」などと吐き捨て剣の柄頭つかがしらを扉の取っ手にぶつけ始める。

「貴様ら! 狂ったか!!」

 驚き、戸惑い、しかしテムはすぐに前へ出る。この状況で部屋の扉をこじ開けようとするなど、狂っていなければ何だというのか。彼らダグべの兵は味方であり友軍。しかしこれはもはや反乱だ。そう思うと戸惑いは消えた。彼らに刃を向ける事に何の抵抗もなくなった。剣を振り下ろす。狙いは扉を壊そうと躍起やっきになっている衛兵。しかし振り下ろした剣は耳が痛くなる程の激しい音と共に防がれた。

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 思い切り振り抜かれたボマードの剣に弾き返されたのだ。

「貴様! 一体どういう了見りょうけんか!!」

「うるせぇ! おい! 早く開けろ!!」

 怒鳴りながら打ち合う二人。しかし力の差は歴然だった。テムはボマードに付け入る隙を与えず、実に有利に戦いを展開する。しかしどういう訳か打ち崩せない。テムの剣はどれもすんでの所で防がれ、ボマードの身体には届かない。

(クソッ! 何だこいつは……!)

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 わずか数合打ち合っただけで、ボマードは肩で息をする程疲弊した。圧。重さ。鋭さ。狡猾さ。テムの剣はそのどれもが凄まじく、己の数段上であると痛感した。だがボマードは食らい付いていた。一手間違えば即命を失う。そんな極限の立ち回りの中でテムの剣をさばき続けるのはある種の奇跡であり、宿願成就の為にその身に宿した執念の賜物たまものであると言える。

 しかしその宿願、それはもはや呪いのたぐいと何ら変わらない。盲信もうしんの末に生まれた、彼の全てを支配する呪い。

「何だおい……蚊帳かやの外かよ……」

 ミシューは不満そうに呟いた。襲撃者であるはずの自分達はある意味この戦いの主役であるはずだ。しかし突然始まった主役を差し置いての同士討ち。気に食わない。

「ミシュー!!」

 ダンが叫んだ。瞬間察知する。襲撃者が主役であるならば、こいつもまた主役。黒ローブの女が動いた。

「こっちはこっちでやろうってかァ!!」

 飛び出した女。狙いはミシュー。相変わらずデタラメな速さで走る女は、またたき程の間に互いの剣が届く位置にまで迫っていた。

「アハァァァ……」

 そして笑みを浮かべたまま剣を振るう。一撃、二撃、三撃……移動速度のみならず、振るう剣もまた速い。その上二刀だ、なお速く感じる。しかしミシューは対応した。細かく剣を動かしながら女の連続攻撃を小気味良く防ぐ。カンカンカン……と互いの剣がぶつかる高い金属音が鳴り響く。

(こいつ…………やっぱ凄ぇな……)

 ダンは感心し、思わず見惚みとれてしまった。ミシューの剣にだ。どうして合わせられるのか。見えているのか。女のあの、異常な動きが……

 ダンは常日頃思っていた。ミシューの剣士としてのポテンシャル。それは決してナイシスタに劣らず、ナッカやミストンなど軽くしのぐはずだと。だが現状、ミシューはナイシスタらに及ばない。隊の中では五番手六番手の実力だ。何故なぜか。理由は明白、むらっ気だ。
 常に冷静に、そして冷酷に剣を振るえば、きっとすぐにその域に達するだろう。だがミシューはそれをしない。相手が弱いと感じたらあからさまにやる気をなくし、何なら戦い自体を放棄し仲間に任せてしまう事だってある。格下には興味がない。ミシューはとことんまで強者との戦いを楽しみたいと思うタイプの剣士なのだ。これは一見するとナイシスタと似ているが、しかし明確に違う所が一つ。ナイシスタは相手をいたぶるのが好きなのだ。
 斬り刻み、もてあそび、相手が悶絶もんぜつするさまを見るのが趣味であると、そう公言するナイシスタ。対してミシューは強い相手と斬り結ぶ事に無上の喜びを感じるらしい。
 剣士としては果たしてどちらが高尚こうしょうなのか、などと意味のない結論付けをする気はない。だが間違いなくミシューは高みに登る事が出来る剣士であり、そんなミシューがいつまでもふらふらとしている事に、時に苛立ちを超え怒りすら覚えてしまう。

 自分にはない才を持つミシュー。羨ましく、妬ましく、しかしその力を認めているのも事実。ゆえに腹が立つ。さっさと覚醒してしまえと、誰も手が届かない場所まで駆け上がってしまえと、出来るのに、何故なぜやらないのかと、口にこそ出した事はないが、ダンはミシューに対しそんな事を考えてしまうのだ。

 カン! カンカンカン! ガチン!

 止まらない女の連続攻撃。速く、そして重い。わずかでも気を抜けば持っていかれる、じ開けられたら終わりだ。女の剣を防ぐ一手一手を丁寧に打ち込む。何とか反撃出来ないか、その隙をうかかいながら。暴風のごとく暴れ回る女の剣にさらされ必死に剣を振るうミシューだったが、しかしその顔には歓喜の笑みが浮かんでいた。

(こいつは…………とびっきりだ!!)

 これ程の強敵との殺し合いなど一体いつ振りか。団に入る前、ナイシスタに挑み死にかけた。あれ以来か? 背筋がざわざわとし、全身があわ立ち、息が切れ、喉が焼け、手足は重く……だが楽しくてしょうがない。

(ハッ、そうか……お前もかよ)

 なるほど、こいつも同じ様な事を考えているなと、ミシューは女の顔を見てそう思った。終始不気味に笑っていた女の顔が、ここに来て邪念のない無邪気な笑顔に見えてきた。

 事実、女は楽しんでいた。



 防ぐ……防ぐ! これも防ぐ!!
 なにこれ!? なにこの人!? スゴイ……スゴイスゴイスゴイ!!
 これだけついてこれる人、久々だ!
 こんなに楽しいの、久々だ!
 楽しい! 楽しい! 楽しい!!

 こんないいおもちゃ……中々出会えない!!



「アハァ! ハハ! アハハハァ!!」

 女は楽しくて、嬉しくて、この時ばかりは頭の中のもやが晴れて、すっきりと清々しい気分になっていた。しかしそれがゆえにだろう、徐々に均衡が崩れ始める。ミシューの剣が遅れ出した。女の攻撃、その回転が更に上がったのだ。

(さすがに……こいつぁ……)

「……厳しいぞぉ! ダン!!」

 ミシューはダンの名を叫んだ。如何いかに強者が好物とは言え、さすがに相手が悪かった。この女は強過ぎる。名を呼ばれたダンは「……だろうな」と呟いた。はたから見れば良く分かる。あの女は異常だ。最初はナイシスタと同等くらいかと思ったが、とんでもない。さすがのナイシスタもあそこまで速い攻撃は繰り出せない。まぁ、それをさばき続けるミシューもまた異常なのだが。

(正直、気が乗らねぇ……)

 ミシューではないが、やりたくはない。あの怪物二人について行ける気がしない。だがそれでも動かなければ。任務を放棄する訳にはいかない。

「おい! ダン!!」

 カンカンガチガチと剣を鳴らしながら、ミシューは再びダンを呼んだ。こんなミシューは珍しい。誰かに助けを求めるなど……

「遅ぇんだよ!! 呼ぶのがよ!!」

 そう怒鳴るとダンは覚悟を決めて飛び出した。そしてそのまま突きを放つ。無論女には当たらない。だがこれで良い。元よりミシューを見殺しにするつもりなどないのだから。

「ハッハァ! 良いぞダン!」

 ダンが参戦し、展開が変わった。女の攻撃が若干緩くなる。当然だ。如何いか手練てだれと言えども二対一ではきゅうするに決まっている。事実、女の顔から笑みが消えた。嫌がっている。ミシューはそう思った。だがミシューは思い違いをしていた。確かに女は嫌がっている。しかし別の意味でだ。



 なに、この人……
 なんで邪魔するの?
 せっかく楽しかったのに……
 ほんと…………邪魔だな



 女の顔が険しくなった。瞬間、ミシューの身体に悪寒が走る。

(………………ヤバい!!)

「ダン!! 離れろ!! すぐに……!!」

 ミシューは叫んだ。だが遅かった。気付けば腕が宙を舞っていた。振り抜かれた女の剣。ダンの左腕は斬り落とされた。

「……!?」

 何が起きたのか。把握する間もなかった。間髪を入れず二撃目。今度は右腕を斬り落とされる。

 斬られた。

 ようやくダンは理解した。直後、視界に入ったのは暴れる様になびく黒いローブ。女の顔を見て、ダンは笑った。

(ハッ……邪魔したからかよ……怒ってやが……)

 ゴトンと、ダンの首が床に落ちた。
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