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第二話:文明という名の飢餓
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王都、王宮の中庭。
樹齢千年を超える世界樹の根元に作られた広場で、激しい金属音が響き渡っていた 。
「ぬんッ!!」
老いた獅子のような咆哮と共に、巨大な剛剣が振り下ろされる 。
ジークはそれを受け流そうとしたが、あまりの重さに膝が折れかけ、後方へと大きく弾き飛ばされた。
ズザザザッ!
土煙を上げて踏みとどまるジークの呼吸が乱れている。
対する相手――玉座から降り立ったバルグ国王は、息一つ切らしていない。
全盛期を過ぎたとはいえ、かつてバラバラだった部族をその腕一本でねじ伏せた英雄の武力は、未だ健在だった 。
「……筋は悪くない。だが、迷いがあるな」
王の声は、地響きのように腹の底に響いた 。
「南のことが気にかかるか」
「……はい。ご明察の通りです」
ジークが剣を収め、片膝をついて頭を垂れる 。
王の傍らに控えていた、長い髭を蓄えた長老が進み出た。
「ジーク様。南の民『サピア』を侮ってはなりませんぞ」
長老は杖をつきながら、諭すように語り始めた。
「彼らは我々とは違う。身長は一七〇センチほどしかなく、皮膚は薄く、爪も牙も持たぬ非力な種族です 。
森に放り出されれば、一匹の狼にさえ食い殺されるでしょう 」
「だからこそ、彼らは『群れ』、そして『囲う』ことを選んだのです 」
王が言葉を引き継ぐ。
「高い壁を作り、その中で地面を耕し、食料を備蓄した 。
飢えから解放された彼らは爆発的に増えたが、それは呪いの始まりでもあった 」
人が増えれば、壁の中は狭くなる 。
誰が良い場所を得るか、誰が食料を管理するか。
そこに「階級」が生まれ、支配と被支配の構造が出来上がった 。
やがて彼らは壁の外へ出た。隣の村を襲い、奪い、口減らしをするために 。
「より効率的に殺すための『武器』を作り、人を統率するための『法律』を編み出した 。
数千年にわたる共食いの果てに生まれたのが、今の帝国アウリアじゃ 」
長老の言葉には、深い警戒心が滲んでいた。
「現在の帝国は、少数の皇族と貴族が頂点に立ち、人口の七割を占める奴隷階級を酷使して成り立っておる 。
それでも彼らは満たされぬ 」
「もっと土地を、もっと資源を、か」
ジークが呟くと、王は重々しく頷いた。
「文明という怪物は、常に飢えているのだ 。……そして今、その貪欲な視線が我らに向けられている 」
北と南を隔てる「剃刀(山脈」と激流の川 。
神が引いたその境界線のおかげで、長らく侵入は阻まれてきた 。
だが、王の表情は険しい。
「国境の守備隊から早馬が来た 。『剃刀山脈』の麓で、南の連中が奇妙な動きを見せているらしい」
「山脈に、抜け道でも探しているのでしょうか?」
「分からん。だが報告によれば、人間ではない『何か』を使っているようだとも、ただ単に数が多いとも言う 」
王はジークをじっと見据えた 。
その瞳には、かつての勇猛さの陰に、老いによる保守的な色が混じっている 。
王にとって南は「理解不能な小人たち」であり、関わりたくない相手なのだ 。
「ジークよ。お前の隊で見に行ってくれぬか。もし南の兵が国境を越えようとしているなら、追い払え。
……ただし、深追いはするなよ」
「御意。我が精鋭部隊にお任せを」
ジークは深く一礼し、踵を返した 。
王の間を出た瞬間、ジークの表情から温かみが消えた 。
(深追いするな、か。……父上は、南の執念深さを甘く見過ぎている)
自然の壁があるから大丈夫だ、と高を括っている間に、奴らは確実に手を打ってくるはずだ 。
ただの迷い込みなのか、それとも本格的な侵攻の予兆なのか。
自分の目で確かめるしかなかった。
*
王宮の前庭には、すでに出発の準備を整えた三人の姿があった。
「遅いですよ、殿下」
銀髪を風になびかせ、槍使いのリンが駆け寄ってくる。
彼女はすでに旅装束に身を包んでいた。
革鎧の締め紐を入念に確認し、背中には身の丈を超える長槍を背負っている。
「もう待ちくたびれて、槍の穂先を三回も磨き直してしまいました」
「すまない、リン。父上の話が長引いてな」
ジークが苦笑すると、リンは少しだけ頬を膨らませてみせた。
その仕草は年相応の少女のようだが、
腰に帯びたナイフの位置は、いつでも抜ける角度に調整されている。
「食い物は十分なのか?」
その横で、巨大な麻袋を二つも担ぎ上げているのは、重戦士ガルドだ。
彼の荷物は、その半分が干し肉と木の実だった。
「安心しろ、ガルド。お前が空腹で倒れないよう、予備の食料庫からも持ち出した」
術士のセラが、自分の荷物とは別に、手押し車いっぱいの物資を確認していた。
「南の国境付近は、野生動物も減っていますからね。現地調達は当てにできません」
「さすがセラだ! 気が利くねぇ」
ガルドが豪快に笑い、セラの肩を叩こうとするが、彼女はそれをひらりと優雅に避けた。
「触らないでください。その馬鹿力で叩かれたら、私の肩が砕けます」
三者三様だが、その連携に淀みはない。
ジークは彼らの元へ歩み寄り、地図を広げた。
「行き先は『剃刀山脈』の西側、急流の谷だ。そこで南の軍が何かを企んでいる」
ジークの言葉に、三人の空気が一瞬で引き締まった。
ガルドが笑みを消し、リンが瞳を細め、セラが杖を握り直す。
「相手の規模は?」
リンが短く問う。
「不明だ。だが、何か『新しい兵器』を持ち込んでいる可能性が高い。……我々の常識は通用しないと思え」
ジークは三人を見渡した。 彼らこそが、この国の最高の剣であり、盾である。
「出発だ。我々の庭に土足で踏み入る者がいれば、礼儀というものを教えてやる必要がある」
「応ッ!」
巨人の国の若き守護者たちは、南へと続く街道へ足を踏み出した。
その背後には、何も知らずに平和な時を刻む、深緑の森が広がっていた。
樹齢千年を超える世界樹の根元に作られた広場で、激しい金属音が響き渡っていた 。
「ぬんッ!!」
老いた獅子のような咆哮と共に、巨大な剛剣が振り下ろされる 。
ジークはそれを受け流そうとしたが、あまりの重さに膝が折れかけ、後方へと大きく弾き飛ばされた。
ズザザザッ!
土煙を上げて踏みとどまるジークの呼吸が乱れている。
対する相手――玉座から降り立ったバルグ国王は、息一つ切らしていない。
全盛期を過ぎたとはいえ、かつてバラバラだった部族をその腕一本でねじ伏せた英雄の武力は、未だ健在だった 。
「……筋は悪くない。だが、迷いがあるな」
王の声は、地響きのように腹の底に響いた 。
「南のことが気にかかるか」
「……はい。ご明察の通りです」
ジークが剣を収め、片膝をついて頭を垂れる 。
王の傍らに控えていた、長い髭を蓄えた長老が進み出た。
「ジーク様。南の民『サピア』を侮ってはなりませんぞ」
長老は杖をつきながら、諭すように語り始めた。
「彼らは我々とは違う。身長は一七〇センチほどしかなく、皮膚は薄く、爪も牙も持たぬ非力な種族です 。
森に放り出されれば、一匹の狼にさえ食い殺されるでしょう 」
「だからこそ、彼らは『群れ』、そして『囲う』ことを選んだのです 」
王が言葉を引き継ぐ。
「高い壁を作り、その中で地面を耕し、食料を備蓄した 。
飢えから解放された彼らは爆発的に増えたが、それは呪いの始まりでもあった 」
人が増えれば、壁の中は狭くなる 。
誰が良い場所を得るか、誰が食料を管理するか。
そこに「階級」が生まれ、支配と被支配の構造が出来上がった 。
やがて彼らは壁の外へ出た。隣の村を襲い、奪い、口減らしをするために 。
「より効率的に殺すための『武器』を作り、人を統率するための『法律』を編み出した 。
数千年にわたる共食いの果てに生まれたのが、今の帝国アウリアじゃ 」
長老の言葉には、深い警戒心が滲んでいた。
「現在の帝国は、少数の皇族と貴族が頂点に立ち、人口の七割を占める奴隷階級を酷使して成り立っておる 。
それでも彼らは満たされぬ 」
「もっと土地を、もっと資源を、か」
ジークが呟くと、王は重々しく頷いた。
「文明という怪物は、常に飢えているのだ 。……そして今、その貪欲な視線が我らに向けられている 」
北と南を隔てる「剃刀(山脈」と激流の川 。
神が引いたその境界線のおかげで、長らく侵入は阻まれてきた 。
だが、王の表情は険しい。
「国境の守備隊から早馬が来た 。『剃刀山脈』の麓で、南の連中が奇妙な動きを見せているらしい」
「山脈に、抜け道でも探しているのでしょうか?」
「分からん。だが報告によれば、人間ではない『何か』を使っているようだとも、ただ単に数が多いとも言う 」
王はジークをじっと見据えた 。
その瞳には、かつての勇猛さの陰に、老いによる保守的な色が混じっている 。
王にとって南は「理解不能な小人たち」であり、関わりたくない相手なのだ 。
「ジークよ。お前の隊で見に行ってくれぬか。もし南の兵が国境を越えようとしているなら、追い払え。
……ただし、深追いはするなよ」
「御意。我が精鋭部隊にお任せを」
ジークは深く一礼し、踵を返した 。
王の間を出た瞬間、ジークの表情から温かみが消えた 。
(深追いするな、か。……父上は、南の執念深さを甘く見過ぎている)
自然の壁があるから大丈夫だ、と高を括っている間に、奴らは確実に手を打ってくるはずだ 。
ただの迷い込みなのか、それとも本格的な侵攻の予兆なのか。
自分の目で確かめるしかなかった。
*
王宮の前庭には、すでに出発の準備を整えた三人の姿があった。
「遅いですよ、殿下」
銀髪を風になびかせ、槍使いのリンが駆け寄ってくる。
彼女はすでに旅装束に身を包んでいた。
革鎧の締め紐を入念に確認し、背中には身の丈を超える長槍を背負っている。
「もう待ちくたびれて、槍の穂先を三回も磨き直してしまいました」
「すまない、リン。父上の話が長引いてな」
ジークが苦笑すると、リンは少しだけ頬を膨らませてみせた。
その仕草は年相応の少女のようだが、
腰に帯びたナイフの位置は、いつでも抜ける角度に調整されている。
「食い物は十分なのか?」
その横で、巨大な麻袋を二つも担ぎ上げているのは、重戦士ガルドだ。
彼の荷物は、その半分が干し肉と木の実だった。
「安心しろ、ガルド。お前が空腹で倒れないよう、予備の食料庫からも持ち出した」
術士のセラが、自分の荷物とは別に、手押し車いっぱいの物資を確認していた。
「南の国境付近は、野生動物も減っていますからね。現地調達は当てにできません」
「さすがセラだ! 気が利くねぇ」
ガルドが豪快に笑い、セラの肩を叩こうとするが、彼女はそれをひらりと優雅に避けた。
「触らないでください。その馬鹿力で叩かれたら、私の肩が砕けます」
三者三様だが、その連携に淀みはない。
ジークは彼らの元へ歩み寄り、地図を広げた。
「行き先は『剃刀山脈』の西側、急流の谷だ。そこで南の軍が何かを企んでいる」
ジークの言葉に、三人の空気が一瞬で引き締まった。
ガルドが笑みを消し、リンが瞳を細め、セラが杖を握り直す。
「相手の規模は?」
リンが短く問う。
「不明だ。だが、何か『新しい兵器』を持ち込んでいる可能性が高い。……我々の常識は通用しないと思え」
ジークは三人を見渡した。 彼らこそが、この国の最高の剣であり、盾である。
「出発だ。我々の庭に土足で踏み入る者がいれば、礼儀というものを教えてやる必要がある」
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