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第四話:眠らぬ山と、火を噴く筒
しおりを挟むその朝、リンの様子がおかしかった。
朝霧の立ち込める森の中で、彼女は突然足を止め、虚空を見つめたまま動かなくなったのだ。
その瞳から光が消え、まるで人形のように無機質になっている。
「……リン?」
ガルドが心配そうに声をかけようとするのを、
ジークが手で制した。
「待て。交信している」
リンの一族――【風】の属性を持つ者たちは、特殊な振動を風に乗せることで、
遠く離れた同胞と意思を疎通させる術を持つ。
やがて、リンの手が無意識に動き出した。
彼女は懐から羊皮紙と炭を取り出すと、何かに憑かれたような速度で文字を走り書きし始めた。
カリカリカリッ、と乾いた音が森に響く。
数秒後、リンは深く息を吐き、ガクンと膝をついた。
「……申し訳ありません。同胞からの『風』を受信しました」
リンは汗を拭い、書き取ったばかりの羊皮紙をジークに渡した。
「東の山……『黒鉄山』にて、大規模な破壊活動を確認。要塞化が進んでいるとのことです」
*
一行は進路を東へ取った。
『黒鉄山』は、古くから良質の鉄鉱石が採れる場所だ。
本来そこには、北の民の小規模な鉱山夫たちが住んでいるはずだった。
彼らは必要な分だけを掘り、山を敬い、森を汚さぬよう慎ましく暮らしていた。
だが、現地に到着したジークたちが目にしたのは、無惨に変わり果てた山の姿だった。
緑は剥ぎ取られ、赤茶色の山肌が傷口のように露出している。
山の斜面には無数の杭が打たれ、木の柵と鉄条網で囲われたその姿は、鉱山というよりは「要塞」そのものだった。
「……ひどいな」
ガルドが呻くように言った。
「かつての鉱山夫たちの気配がねえ。どこに行っちまったんだ」
周囲を見回しても、北の民の集落は見当たらない。
代わりに、規格化された四角い建物が立ち並び、南の旗がはためいている。
これもまた、南の仕業であることは明白だった。
日は沈みかけていた。
迂闊に近づけば見つかる。ジークたちは風下にある森の中で野営をすることにした。
夜が来ても、その山は眠らなかった。
闇の中で、山全体が不気味に発光しているのだ。
松明ではない。南の文明が作り出した、白く冷たい人工の光だ。
カン、カン、カン……。
夜通し響く金属音。蒸気を噴き上げる機械の音。
自然のリズムを無視し、大地の血を啜り続けるその光景は、
北の民である彼らにとって生理的な嫌悪感を催させるものだった。
翌朝。
「……近くに、小屋があります」
見張りに立っていたリンが戻り、報告した。
「微かな呼吸音がします」
ジークたちが向かうと、それは朽ちかけた古い山小屋だった。
中には、痩せ細った母親と、怯えた目の子供が身を寄せ合っていた。
彼らはジークたちの姿を見ると、悲鳴を上げかけたが、ガルドが
「安心しろ、俺たちも北の民だ」
と巨体で風を遮ると、安堵して泣き崩れた。
「……連れて行かれたのです」
母親は震える声で語った。
「あの、光る山へ。夫も、村の男たちも全員……」
南の兵士たちが突然現れ、男たちを鎖で繋いで連行したのだという。
「あそこで掘り出される『黒い石』は、恐ろしい武器の材料になると聞きました。
夫は、毎日ムチで打たれながら、休むことも許されずに掘らされていると……どうか、助けてください」
ジークは子供の頭を撫で、静かに立ち上がった。
「約束する。必ず連れ戻す」
その瞳には、かつてないほど激しい怒りの炎が宿っていた。
*
救出作戦は、夜明け前に行われた。
人工の光が消えぬ鉱山。その正門へ、四つの影が疾走する。
「敵襲ッ!!」
見張り台の兵士が叫び、警鐘が鳴り響く。
次の瞬間、空気を切り裂くような破裂音が連続して響いた。
パン! パパンッ!
「ぐうっ!?」
先頭を走っていたガルドが、盾を構えたまま後ろへよろめいた。
鉄の盾に、小さな穴が空き、煙が上がっている。
「なんだ……!? 矢じゃねえ! 見えない何かが飛んできやがった!」
「『火薬銃』か!」
ジークが叫ぶ。
南が開発したとは聞いていたが、これほどの実戦配備が進んでいるとは。
弓矢とは比較にならない弾速。そして、鎧をも貫通する威力。
これまで「近接戦闘」こそが最強と信じてきた北の常識が、覆される音がした。
「散開しろ! 直線で向かうな!」
ジークの指示で、四人は左右に散る。
柵の向こうから、南の兵士たちが筒状の武器を構え、次々と発砲してくる。
火花と硝煙の匂い。
だが、北の精鋭はただの的ではなかった。
「風よ、彼らの目を塞げ!」
セラの詠唱と共に、突風が砂煙を巻き上げる。
視界を奪われた兵士たちが動揺した隙を、リンが突いた。
彼女は銃弾の雨を紙一重でかわし、神速の踏み込みで柵を飛び越えた。
「遅い!」
一閃。槍が唸り、銃を持つ兵士たちの武器を弾き飛ばす。
「ぬんッ!!」
続いて突っ込んだガルドが、盾ごと鉄柵をぶち破った。
暴走戦車のような突撃に、ひ弱な南の兵士たちは悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
距離さえ詰めれば、こちらのものだ。 肉体のスペックが違いすぎる。
鉱山の中枢を制圧するのに、時間はかからなかった。
ジークは、司令官と思しき南の男を追い詰めた。男は机にしがみつき、まだ書類を守ろうとしていた。
「貴様らが……! 野蛮人が、せっかくの資源を!」
男はジークの剣を突きつけられてもなお、悪びれる様子もなく喚いた。
「我々は、この未開の地で燻っていたお前たちに『仕事』を与えたのだぞ!
眠っていた資源を掘り出し、価値に変える。何が悪い!」
「その資源は、我々を殺すための武器になるのだろう」
ジークが冷たく問うと、男は歪んだ笑みを浮かべた。
「当然だ。この鉱石は、本国へ送られ、より強力な銃や大砲となる。
……見たろう? お前たちの自慢の筋肉も、我々の科学の前では無力になりつつあることを」
ジークは男を縛り上げ、強制労働させられていた北の民を解放した。
男たちとの再会を喜ぶ母子の姿を見ながら、しかしジークの心は晴れなかった。
あの銃の威力。そして、夜も眠らずに山を削り取る、組織的な生産力。
彼らは本気だ。 ただの小競り合いではない。
南は、この圧倒的な「文明の力」で、北の大地すべてを更地にするつもりなのだ。
朝日が昇り始めた。
赤茶色に禿げ上がり、無惨に掘り返された山の姿が露わになる。
それは、これからバルグ王国全土に広がるかもしれない、絶望的な未来の縮図に見えた。
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