緑の城塞、迫る鉄の波濤 ~大森林国バルグの英雄譚~

EKA

文字の大きさ
4 / 6

第四話:眠らぬ山と、火を噴く筒

しおりを挟む

その朝、リンの様子がおかしかった。  

朝霧の立ち込める森の中で、彼女は突然足を止め、虚空を見つめたまま動かなくなったのだ。  
その瞳から光が消え、まるで人形のように無機質になっている。

「……リン?」  

ガルドが心配そうに声をかけようとするのを、

ジークが手で制した。 

「待て。交信している」


 リンの一族――【風】の属性を持つ者たちは、特殊な振動を風に乗せることで、
遠く離れた同胞と意思を疎通させる術を持つ。  
やがて、リンの手が無意識に動き出した。  

彼女は懐から羊皮紙と炭を取り出すと、何かに憑かれたような速度で文字を走り書きし始めた。  
カリカリカリッ、と乾いた音が森に響く。  

数秒後、リンは深く息を吐き、ガクンと膝をついた。


「……申し訳ありません。同胞からの『風』を受信しました」  

リンは汗を拭い、書き取ったばかりの羊皮紙をジークに渡した。 


「東の山……『黒鉄山』にて、大規模な破壊活動を確認。要塞化が進んでいるとのことです」



     *



 一行は進路を東へ取った。  

『黒鉄山』は、古くから良質の鉄鉱石が採れる場所だ。  

本来そこには、北の民の小規模な鉱山夫たちが住んでいるはずだった。

彼らは必要な分だけを掘り、山を敬い、森を汚さぬよう慎ましく暮らしていた。



だが、現地に到着したジークたちが目にしたのは、無惨に変わり果てた山の姿だった。  
緑は剥ぎ取られ、赤茶色の山肌が傷口のように露出している。  
山の斜面には無数の杭が打たれ、木の柵と鉄条網で囲われたその姿は、鉱山というよりは「要塞」そのものだった。


「……ひどいな」  

ガルドが呻くように言った。

「かつての鉱山夫たちの気配がねえ。どこに行っちまったんだ」  

周囲を見回しても、北の民の集落は見当たらない。

代わりに、規格化された四角い建物が立ち並び、南の旗がはためいている。  
これもまた、南の仕業であることは明白だった。



 日は沈みかけていた。  

迂闊に近づけば見つかる。ジークたちは風下にある森の中で野営をすることにした。


夜が来ても、その山は眠らなかった。  

闇の中で、山全体が不気味に発光しているのだ。  
松明ではない。南の文明が作り出した、白く冷たい人工の光だ。  

カン、カン、カン……。  

夜通し響く金属音。蒸気を噴き上げる機械の音。  

自然のリズムを無視し、大地の血を啜り続けるその光景は、
北の民である彼らにとって生理的な嫌悪感を催させるものだった。


翌朝。

「……近くに、小屋があります」  

見張りに立っていたリンが戻り、報告した。

「微かな呼吸音がします」


ジークたちが向かうと、それは朽ちかけた古い山小屋だった。  

中には、痩せ細った母親と、怯えた目の子供が身を寄せ合っていた。  

彼らはジークたちの姿を見ると、悲鳴を上げかけたが、ガルドが

「安心しろ、俺たちも北の民だ」

と巨体で風を遮ると、安堵して泣き崩れた。



「……連れて行かれたのです」  

母親は震える声で語った。 

「あの、光る山へ。夫も、村の男たちも全員……」  

南の兵士たちが突然現れ、男たちを鎖で繋いで連行したのだという。 

「あそこで掘り出される『黒い石』は、恐ろしい武器の材料になると聞きました。
夫は、毎日ムチで打たれながら、休むことも許されずに掘らされていると……どうか、助けてください」


ジークは子供の頭を撫で、静かに立ち上がった。 

「約束する。必ず連れ戻す」  

その瞳には、かつてないほど激しい怒りの炎が宿っていた。



     *



 救出作戦は、夜明け前に行われた。  

人工の光が消えぬ鉱山。その正門へ、四つの影が疾走する。

「敵襲ッ!!」  

見張り台の兵士が叫び、警鐘が鳴り響く。  

次の瞬間、空気を切り裂くような破裂音が連続して響いた。  


パン! パパンッ!

「ぐうっ!?」  

先頭を走っていたガルドが、盾を構えたまま後ろへよろめいた。  

鉄の盾に、小さな穴が空き、煙が上がっている。

 「なんだ……!? 矢じゃねえ! 見えない何かが飛んできやがった!」

 「『火薬銃』か!」  

ジークが叫ぶ。  

南が開発したとは聞いていたが、これほどの実戦配備が進んでいるとは。  
弓矢とは比較にならない弾速。そして、鎧をも貫通する威力。  

これまで「近接戦闘」こそが最強と信じてきた北の常識が、覆される音がした。


「散開しろ! 直線で向かうな!」  

ジークの指示で、四人は左右に散る。  

柵の向こうから、南の兵士たちが筒状の武器を構え、次々と発砲してくる。  
火花と硝煙の匂い。  

だが、北の精鋭はただの的ではなかった。


「風よ、彼らの目を塞げ!」  

セラの詠唱と共に、突風が砂煙を巻き上げる。  

視界を奪われた兵士たちが動揺した隙を、リンが突いた。  

彼女は銃弾の雨を紙一重でかわし、神速の踏み込みで柵を飛び越えた。

 「遅い!」  

一閃。槍が唸り、銃を持つ兵士たちの武器を弾き飛ばす。

 「ぬんッ!!」  

続いて突っ込んだガルドが、盾ごと鉄柵をぶち破った。

暴走戦車のような突撃に、ひ弱な南の兵士たちは悲鳴を上げて吹き飛ぶ。  
距離さえ詰めれば、こちらのものだ。  肉体のスペックが違いすぎる。


 鉱山の中枢を制圧するのに、時間はかからなかった。  

ジークは、司令官と思しき南の男を追い詰めた。男は机にしがみつき、まだ書類を守ろうとしていた。


「貴様らが……! 野蛮人が、せっかくの資源を!」  

男はジークの剣を突きつけられてもなお、悪びれる様子もなく喚いた。 

「我々は、この未開の地で燻っていたお前たちに『仕事』を与えたのだぞ! 
眠っていた資源を掘り出し、価値に変える。何が悪い!」 

「その資源は、我々を殺すための武器になるのだろう」  

ジークが冷たく問うと、男は歪んだ笑みを浮かべた。 

「当然だ。この鉱石は、本国へ送られ、より強力な銃や大砲となる。
……見たろう? お前たちの自慢の筋肉も、我々の科学の前では無力になりつつあることを」



ジークは男を縛り上げ、強制労働させられていた北の民を解放した。  

男たちとの再会を喜ぶ母子の姿を見ながら、しかしジークの心は晴れなかった。



あの銃の威力。そして、夜も眠らずに山を削り取る、組織的な生産力。  

彼らは本気だ。  ただの小競り合いではない。  

南は、この圧倒的な「文明の力」で、北の大地すべてを更地にするつもりなのだ。


 朝日が昇り始めた。  

赤茶色に禿げ上がり、無惨に掘り返された山の姿が露わになる。  
それは、これからバルグ王国全土に広がるかもしれない、絶望的な未来の縮図に見えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...