緑の城塞、迫る鉄の波濤 ~大森林国バルグの英雄譚~

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第五話:古都の廃墟と、震える少年

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山脈の麓を流れる大河のほとりに、その町はあった。  

水上都市オルト。  

かつては独立した小国の首都として栄えた場所であり、その時の国の名前が都市の名前になっている。
バルグ王国に統合された後も、川を利用した交易の要衝として賑わってきた。  
町の至るところに、かつての栄華を偲ばせる神殿や王宮の廃墟が点在し、苔むした石柱が歴史を物語っている。


だが、町に入ったジークたちは、すぐに異変に気づいた。 

「……ここは本当に北の国か?」  

ガルドが不快そうに唸る。  

行き交う人々の大半が、小柄な南の民(サピア)だったのだ。
彼らは我が物顔で通りを歩き、商売をしている。  

対照的に、本来の住人である北の民(ヴァジュラ)は、
首や足に鎖をつけられ、重い荷物を運ばされていた。  

町は活気に溢れ、経済的には繁栄しているように見える。

だが、その繁栄は、北の民の尊厳を敷石にすることで成り立っていた。


武装したジークたちへの視線は冷ややかだった。  
南の民たちは、値踏みするような、あるいは侮蔑するような目で彼らをジロジロと見てくる。  

一行は路地裏にある、古びた武器屋に入った。そこは数少ない、北の民が営む店だった。


「いらっしゃい……と言いたいが、あんたらも運が悪いな」  

店主の老人が、錆びついた剣を磨きながら溜息をついた。

 「この町はもう、南の手に落ちた。奴らは突然やってきて、見たこともない武器で衛兵を制圧しちまったんだ」  

店主の話によれば、逆らう者は奴隷にされ、商売もすべて南の「組合」に管理されているという。 

「ただ、古い王宮の跡地では、まだ若い連中が抵抗を続けている。……無駄な足掻きだと笑う者もいるがね」


「無駄ではない」  

ジークは短く答え、店を出た。 

「行くぞ。加勢する」 

「御意」  

リンとガルドが即座に応じ、セラも杖を握り直す。



     *



 町の北端、小高い丘の上にある王宮跡地。  

そこからは、断続的に爆発音と怒号が聞こえていた。  

崩れかけた石壁を盾にして、北の抵抗軍が戦っているのだ。


 ジークたちが戦場の縁(へり)に足を踏み入れた時だった。 

「うぅ……」  

瓦礫の隙間から、情けないうめき声が聞こえた。  
リンが素早く瓦礫をどけると、そこには一人の少年がうずくまっていた。  

年齢は十代半ばだろうか。  

戦場には似つかわしくない、ひ弱そうな少年だ。
武器も持たず、服も埃まみれになっている。



「ひぃっ! 殺さないで!」  

少年はリンの顔を見るなり、涙目で悲鳴を上げた。

 「敵ではありません。……君、名前は?」

 「ト、トト……です……」 

「こんな所で何をしているのです? ここは戦場ですよ」

 「たた、戦いを眺めてたら、急にドカンってなって、逃げ遅れて……」  

トトと名乗った少年は、ガタガタと震えている。
どうやら、ただの野次馬が巻き込まれたらしい。 

「……置いてはいけんな」  

ジークが判断を下す。

「ガルド、後ろに隠しておけ。死にたくなければ、絶対に離れるなよ」 

「は、はいぃ……!」


トトを保護しつつ、一行は丘を駆け上がった。 
 
前方には、石材を積み上げて作られたバリケードが見えてくる。
そこには血と煤にまみれた北の戦士たちが、必死の形相で南の軍勢と対峙していた。


「止まれッ!!」  

バリケードの中から、切羽詰まった怒号が飛んだ。  
数人の戦士が、ジークたちに弓と槍を向けている。
彼らの目は血走り、極度の緊張と疲労で誰も信用できない状態だった。

「何者だ! 南の傭兵か!?」

 「味方だ。加勢に来た」  

ジークが両手を広げて歩み寄るが、戦士たちは武器を下ろさない。 

「信用できるか! 昨日は『降伏すれば助ける』と言って近づいてきた奴らが、爆弾を投げ込んできたんだぞ!」

 「下がれ! さもなくば撃つ!」


疑心暗鬼に陥った彼らに、言葉は届かない。  

一触即発の空気が流れた、その時だった。

 ヒュルルルル……  

頭上から、空気を切り裂く音が降ってきた。南の軍勢が放った迫撃砲弾だ。  

狙いは正確に、ジークたちとバリケードの中間地点へ落ちてくる。



「危ないッ!」  

抵抗軍の兵士が叫んだ。  

だが、ジークたちは動かなかった。逃げるのではなく、前に出たのだ。

「ガルド!」

 「おうよッ!」  

重戦士ガルドが轟音と共に地面を蹴り、落下地点へと割り込んだ。  

彼は背中の大盾を頭上に掲げ、己の肉体を鋼の柱と化した。 

 ドォォォォン!!  爆発。  

炎と爆風が巻き起こり、周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。

トトが「ひいいっ!」と悲鳴を上げて頭を抱えた。  

だが――煙が晴れた時、そこには無傷のガルドが立っていた。  

巨大な盾からは煙が上がっているが、
その後ろにいるジークたちも、そしてバリケードの兵士たちも、傷ひとつ負っていない。


「な……!?」  

抵抗軍の兵士たちが、信じられないものを見る目で口を開けた。  

あの爆撃を、生身で受け止めたのか?


「挨拶代わりだ」  

煤を払いながら、ジークが静かに告げた。 

「私はバルグ第一王子、ジーク。この国を蝕む害虫を駆除しに来た。……道を開けろ」

 「お、王子……!?」  

その圧倒的な武力と、王族の紋章を見た兵士たちが、崩れ落ちるように膝をついた。 

「おお……援軍だ……本物の援軍が来てくれたぞ!」

 「道を開けろ! 殿下のお通りだ!」


 歓声と安堵の声に迎えられ、バリケードが開かれる。  

だが、中で待っていたのは絶望的な光景だった。  
負傷者が溢れ、戦える者はわずか数十名。



対する南の軍勢は、丘の下から波のように押し寄せてきている。


「くそっ、これまでの連中とは装備が違うぞ!」  

前線で指揮を執っていた隊長が叫ぶ。  
敵の中央には、全身を鈍色の強化装甲で覆った、異様な姿の指揮官がいた。  

彼は右腕に装着されたパイルバンカーのような巨大な機械を操り、北の戦士を鎧ごと粉砕しながら進軍してくる。


 「ハハハ! 筋肉だけの野蛮人が! 文明の力にひれ伏せ!」

 その強さは圧倒的だった。  

北の民の怪力を、機械の出力が凌駕している。  

怯む抵抗軍を見て、ジークが剣を抜いた。 

「怯えるな! 我が背中を見よ!」  

王子の檄が飛び、四人の精鋭が戦場へ躍り出る。

「リン、足を狙え! セラ、視界を塞げ!」  

ジークの冷静な指示が飛ぶ。  

セラの魔法が砂煙を巻き上げ、指揮官のセンサーを狂わせる。

その隙にリンが疾風のごとく死角へ回り込み、装甲の継ぎ目である膝裏を槍で貫いた。 

「ぐあぁっ!?」  

指揮官が膝をつく。  

そこに、ガルドが全力のタックルを叩き込んだ。 

「おらぁぁぁッ!!」  

数トンもの衝撃を受け、強化装甲がひしゃげる。  

よろめいた指揮官の目前に、ジークが踊り出た。


 「北を……舐めるなッ!」  一閃。  

ジークの剣が、指揮官の兜の隙間を正確に捉え、その意識を刈り取った。



     *



大将が倒れたことで、南の兵士たちは浮き足立った。  

抵抗軍の勢いに押され、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃走していく。  

辛勝だった。

戦いが終わり、静寂が戻った廃墟。  


物陰でうずくまっていたトトが、恐る恐る顔を出した。 
顔には傷を負っている。

「お、終わった……?」

 「ああ、終わったぞ、小僧」  

ガルドが豪快に笑い、トトの背中をバシッと叩いた。 

「びゃっ!?」  

トトはカエルのような声を上げて飛び上がった。
そのあまりの小心者ぶりに、殺伐としていた空気が和らぎ、リンも思わず吹き出した。

「ふふっ。」 

「うぅ……笑わないでくださいよぉ……」


 トトは涙目になりながらも、鞄から包帯と薬草を取り出した。

 「あの……怪我、見せてください。僕、こういうのだけは得意なんで……」  

彼は震える手で、ガルドの腕のかすり傷や、抵抗軍の兵士たちの傷を手当てし始めた。  
その手際は、意外なほど慣れていた。  消
毒し、薬草を塗り、包帯を巻く。臆病だが、その指先だけは迷いがない。


「へぇ。少しは役に立つじゃないか」  

ジークが感心したように言うと、トトは少しだけ照れくさそうに鼻をこすった。


 だが、事態は楽観できなかった。  

逃げた南の兵士たちが、ジークたちの存在を報告するのは確実だ。  
北の精鋭部隊が動き出したこと。そして、その圧倒的な武力。  

南の本国は、ジークたちを明確な「排除すべき脅威」として認識するだろう。


「……顔が割れたな」  

ジークは北の空を見上げた。  

これまでは局地的な小競り合いだったが、次からは、南の軍隊が本気で牙を剥いてくるはずだ。


瓦礫の中で、トトが包帯を巻き終わるのを待ちながら、
四人の英雄(と一人の一般人)の旅は、新たな局面を迎えようとしていた。
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