町娘は王子様に恋をする

くさの

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 月曜日、火曜日、とここまで来ても週末の事については、特に何も話しかけられなかった。ということは、私の姿は見られてはいなかったのだろうと判断した。
 正直、ほっとしたような、何となく居心地の悪いような。
 見ていたからといって、どう話をすればいいか悩むものだけれど。いや、悩むも何もないだろう、だって私は先輩と付き合っている訳でもないし、高橋さんに対しても仕事以外にどうという感情もない。
 私が黙って、無かったことにすればいいのだから。知らない人からすれば、想像だにしない事だ。

 とはいえ嵐や台風のように感じていた高橋さんが、今週末でここでの仕事を終えて本社に戻る日が来た。
 長いといえば長く、短いといえば一瞬だったとも思う。その間の仕事量が増えたのは仕方がないことなのかもしれない。
 変わったところも、もともとのやり方がいいというところも、今日からは社内の人間の間で話し合って解決できる。おそらく、社内全体がホッとしている。

「短い間でしたけれど、互いに良い面を吸収しあえたと思います。これからもお互いに立場はそれぞれですが、会社のために頑張って行きましょう。ありがとうございました」

 後半日だけよろしくお願いしますね、と高橋さんは朝礼で最後の挨拶をした。
 周りのピリリとしていた空気が少し和らぐ。
 その日はそれ以上何事も、問題さえなく終わろうとしていた。
 そんな少し気の緩んだところで十時過ぎに、高橋さんから個人的にメモを貰った。通りすがりに「ああ、ちょっと」と受け取った資料の束にメモ紙が挟んであった。
 小さな付箋に恐るおそる目を通す。最後に何をさせられるのかと思いきや、お昼休みの十分前に資料室に来て欲しい、ということだ。
 お昼休み前に何をするのか、と疑問に思いながら資料のデータを打ち込んでいく。
 これを終えて、他に頼まれていた一件と、この間の残りがある。とはいえ期日のないものばかりだから今日も順調に定時退社できそうだ。
 高橋さんの用事さえ、後に響かなければ。

 高橋さんといえば、私は社内で仕事くらいしか関わり合いがない。たいていの人がきっとそうだろうけれど。
 特にうわさ好きの社員でもないし、プライベートなことだから話すつもりもないけれど、話しても加宮さんで停まるだろう。ああ見えて加宮さんは、噂は好きだが自分のところで止めておく性質だ。立て板に水ではないけれど、人を選ばなければ尾ひれをつけて飛躍した話が社内を飛び交うはめになる。
 社内ではやはり羽柴先輩周りの噂がざわついていて、もしかして高橋さんと……という噂ももちろんある。二週間足らずで広まってはいるが、いまいち確信は得られないらしくそれ以上の広がりがない。
 いつも羽柴先輩の周囲はこんな感じできれい目な人が出てくると、噂話が吹き荒れる。
 そんな噂話に信憑性も何もないが、先輩が誰かと交際している噂がないことも拍車をかけた原因なのかもしれない。
 会社勤めになってからの先輩は、学生時代とは打って変わって静かなのだ。社内では噂されるほど人気があるのに。
 まあ、噂話が噂話で、真実がどうであっても、私は平気な顔をしていればいいのだ。出来ない気がするけれど。
 と、先輩の話に逸れたが高橋さんだ。
 最後の日に一人ひとり声をかけている訳でもないだろうその中で、私だけ何か目に止まるようなことをしただろうか。いや、していない。
 ミスした部分もあったけれどそれはカバーできる範囲内で収まったし、気になるようなことは何も。無いはずだと、思いたいだけで自信はない。
 羽柴先輩絡みだろうか、と考えはするけれど、私とて社会人。羽柴先輩だけ依怙贔屓して何かしているということは、なかった、はず。だんだん不安になってくる。

 そろそろ時間だな、と手を止めて時計を見上げる。さっき受け取った資料は終わったからもしかしたら返せるかもしれない、と書類の束をもって部屋を出る。
 資料室に行くと、照明がついていて中に人がいるのは分かった。他の誰かだと怖いから、一応「失礼します」と声をかけて入る。

「宇佐見さん? 奥に居るから来て」

 別段変わったところもない声で、高橋さんが呼ぶ。
 奥って、と普段はあまり奥まで入らないから及び腰になりつつ、返事をして向かう。

「別に、ビクビクしなくても大丈夫。ちょっと聞いておきたい事と言っておきたいことがあって」

 高橋さんはそういって、にっこりと笑う。肩に掛かった髪がさらりと揺れて、これは仕事の事じゃないなと表情を強張らせた。
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