町娘は王子様に恋をする

くさの

文字の大きさ
18 / 25

18

しおりを挟む
 仕事の時間に仕事じゃない話でごめんなさいね、と彼女はまず断りを入れた。
 あえて休憩時間にしなかったのは、他所から邪魔が入らないように、ということだ。邪魔、というか横槍というか。

「単刀直入で申し訳ないけれど、貴方って羽柴さんとどういう関係?」

 直入すぎてぐうの音も出ない。たった二週間滞在するだけの本社の人間に、どうしてこうもはっきりと名指しされるのだろう。私以外でも羽柴さんと上手に付き合えている人間はいるだろう。

「えっと、羽柴先輩とは、先輩後輩、ですけど」
「ここ来てから?」
「大学から、です」

 高橋さんは少し考え込んで「そう」とだけ言った。
 何が知りたいんだろうか、私でさえ羽柴先輩のプライベートな人間関係はあまり踏み込まないようにしているのに。そういう意味では先輩はそういう人間があまり好きではなかったと思う。
 気になるし知りたいけれど、首を突っ込んでいい部分と知らないふりで見ないふりをしていた方がいい部分がある。
 薄暗い資料室は音がないうえ、多少埃っぽくて薄気味悪い。そうしてそんな場所に、あまり深い仲でもない人間が二人でいるというのもあまり良い心地はしない。

「彼を追いかけてきたの?」
「先輩が、就職先を探している時に、経験値として受けてみたらって、教えてくれたんです」

 誘導じゃない? と高橋さんはひとりごちている。私を見る目は不審なものというより、不安というか可哀想なものでもみる目に変わっている。
 ここを受けようと思ったのは先輩の勧めがあったことは理由の一つで、先輩に聞いた後自分でもここの事を調べてみた。
 いくら先輩の勧めだからと言ってそのまま受け取ってのこのこ受けにくるほど先輩に肩入れはしていないつもりだ。

「彼の普段の事って」
「知らないです。社内の噂を聞くのと、あと仕事の合間に喋ることくらいで、それは他の社員の人と変わらないと思います」

 嘘はついていない。プライベートでやり取りをしていたり、たまにご飯に行くというのは伏せていていいだろう、そこまで深く話すつもりもないし義理もない。
 あともこまごま、何を聞きたいんだろうか、と言う様な事を聞かれて話そうと思える範囲だけ話した。私と高橋さんの仲は決して、いいわけではない。

「あまり、回りくどい言い方ができなくてあなたを傷つけてしまうかもしれないから先に謝っておくけれど」

 謝るというには態度がふてぶてしいというか、まるで仁王立ちしてさえ見えるのだが。
 私はあまり彼女の問いに答えられなかった。答えたくなかった、というのが正しい。
 部長補佐ということもあって人の上に立つくらいだから、質問から人間性を把握することに多少覚えはあるのかもしれない。心理テストよりもプライベートを聞かれた分消耗は激しいが。

「貴方は結局、自分が特別だって分かっていながら知らないふり見ないふりをしているだけね」

 腕を組みかえた高橋さんがじっと私に目を向けた。私は目を合わせることが無いようにぼんやりと見ていたし、何も言い返すことができなかった。
 だって、返す言葉が出てこなかったから。
 高橋さんは、手持無沙汰の解消に棚から取ったファイルを戻した。パラパラめくっていたけれど、中を読んだのかは分からない。
 そうしてその次の棚のファイルを取って中を確かめて私に渡した。持っていた、午前中に受け取っていた資料と取り換えられた。

「言い逃げみたいよね、後輩に。けど、私も彼に気があったし、きちんと断られたのだから、多少の口出しは許されると思うの。それにこれは仕事抜きのプライベートなことだから本社に戻る前にきっちりしておきたくて」

 仕事の時間内の呼び出しでプライベートとはどういう了見だろうか。平社員の私は役職持ちの人間に従うしかないのだけれど。
 半端なままで本社に戻りたくはなかったの、と彼女は言った。ひとり、すっきりした面持ちで。
 きちんと断られた、ということはこの二週間の間で高橋さんは羽柴先輩に告白をしていたのか。仕事をしてくれ、って仕事はしていたか。ちょっと社内の空気を掻き混ぜすぎた感も否めないが。

「まあ、仕事が出来るみたいだから、このまま頑張ってね」

 急にオフからオンになる。仕事以外は応援はしない、と高橋さんは苦笑した。

「自覚あるみたいだけど、だいぶ拗らせてるみたいだし」

 何が、とそう思わずにはいられない。高橋さんの表情は、ちょっと意地悪な顔をしていた。

 こうやって、他者から言葉をぶつけられることは、あるにはあった。それも先輩絡みばかりで。
 他人からすれば、羽柴先輩の彼女でも恋人でもないただの後輩がわりと頻繁に傍にいる事実に、嫉妬を向けないはずがない。
 けれど、誰も私と同じようなスタンスで続けられなかった。友人で、後輩で、その立ち位置では彼女たちは満たされなかった。
 羽柴先輩が受け入れるか拒絶するかという差もあったのかもしれない。その辺りは把握しきれていない。
 先輩と付き合ったことのある、元彼女さんたちは何が理由で一時的にでもその場所にいる事が出来たのか、詳しくは知らない。単純に先輩の好みかと思っている。
 何人かの元彼女さんたちとも話す機会はたくさんあった。数人の彼女たちは最終的に私を目の敵にはしなかったから、先輩繋がりでちょっとばかりお話させてもらったこともある。些細な世間話程度だったけれど。

 告白をして、ダメだった時、離れていったのは彼女たちの方で、それは私が何をするでもなかった。そもそも私は、手を出せるほど自身も無かった。
 離れることを選んだのは、彼女たちだ。

(でも、告白もする前から、可能性も期待も持つなって、言われたわけでもないのに)

 勇気をだせば、羽柴先輩のそばにずっと居られる人だったかもしれない。友人ではだめだったのだろうか。駄目だから、離れたのか。
 私のように、見込みがなくても、ただ近くに居られたらいいやと思えなかった人たち。
 そう思いこませて、この感情に蓋をして、みないフリをして、羽柴先輩の特別を貰う私。

 どうして羽柴先輩に告白するのではなく、私に向けてばかり行動していくのだろう。
 きっと恋愛感情なんて向けられないのに頑張ってるって、滑稽に見えているんだろう。
 何も頑張ってなんかいないのに。私はずっと、羽柴先輩の後輩で妹みたいな存在でずっと足止めを食らっている。

 高橋さんが「それ、中身はたいしたことないから、この呼び出しの理由に使えばいいわ」と資料室を出て行く。
 残された私は手にしていた資料をぎゅっと胸に抱き寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

ひふみ黒
恋愛
【婚約破棄から始まる、不器用なライオン(冷徹社長)の猛烈な求愛!】 「俺の妻になるなら覚悟しろ。……もう、指一本逃がすつもりはない」 ★あらすじ★ 「美月は完璧すぎて、可愛げがないんだよ」 28歳の誕生日。 一流ホテルのウエディングプランナーである相沢美月(あいざわ みつき)は、婚約者の裏切りにより、結婚目前ですべてを失った。 雨の降る路地裏。 ヒールも折れ、心も折れてうずくまっていた美月の前に現れたのは、かつての高校時代の天敵であり、現在は勤務先の冷徹な社長 一条蓮(いちじょう れん)だった。 「捨て猫以下だな」 そう憎まれ口を叩きながらも、彼は泥だらけの美月を躊躇なく抱き上げ、最高級ペントハウスへと連れ帰る。 そして、彼が突きつけたのは、あまりにも強引な提案だった。 「住む場所がないなら、俺の家に来い。その代わり――俺の『婚約者』役を演じろ」 利害の一致した契約関係。 条件は「お互いに干渉しないこと」、そして「決して手を出さないこと」。 ……のはずだったのに。 「髪、濡れたままだと風邪を引く」 「あんな男のために泣くな。顔が台無しだ」 同居生活で見えてきたのは、冷徹な仮面の下に隠された、不器用すぎるほどの優しさと独占欲。 美月が作った手料理を誰よりも美味しそうに食べ、元婚約者が復縁を迫ってくれば「俺の女に触れるな」と徹底的に排除する。 天敵だったはずの彼に守られ、凍っていた美月の心は次第に溶かされていく。 しかし、ある雷雨の夜。 美月が不用意に彼に触れた瞬間、一条の理性のタガが外れてしまい――。 「……手を出さない約束? 撤回だ」 「そんな無防備な顔で見つめて、何もしないでいられるほど、俺は聖人君子じゃない」 10年越しの片思いをこじらせたハイスペック社長 × 仕事熱心で恋愛に臆病なプランナー。 契約から始まった二人の関係が、本物の愛(溺愛)に変わるまで。 元婚約者への痛快な「ざまぁ」も収録した、極上の大人のシンデレラストーリー! 【登場人物】 ◆相沢 美月(28) ホテルの敏腕ウエディングプランナー。真面目でお人好しな性格が災いし、「つまらない女」と婚約破棄される。実は家事万能で、酔うと少しだけ甘えん坊になる(本人は無自覚)。 ◆一条 蓮(28) ホテルグループの社長。美貌と才覚を併せ持つが、他人に興味を示さないため「氷の貴公子」と呼ばれる。実は高校時代から美月を一途に想い続けており、彼女のこととなると冷静さを失う。

処理中です...