町娘は王子様に恋をする

くさの

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 始まって、三十分ほどで残業組がやって来てから、私のソワソワが止まらなくなったことに、加宮さんは気付いていてニヤニヤしていた。
 これは、動揺に加えてお酒の力がプラスされていることを理解してほしい。
 リストにはいたけれどチェックがまだだった羽柴先輩が来るなんて、誰が考えるだろうか。いや、考えない。
 いやいや? こういう大勢でわいわいする場所を好む羽柴先輩が断る事の方があり得ないか。飲み会にしても久しぶりの事だから、ちょっと仕事を離れてお喋りしたかったのもあるだろう。場所が変わるだけで、気分も変わってくる。
 ほろ酔いのふわふわした頭に一瞬の稲妻。こともあろうに、先輩は何故か一番奥だった私と加宮さんの居る方へきて、隣に座ったのだ。私たちがいる場所は今ちょっと浮島見たく、両隣はそれぞれふたつみっつ、席が空いている。
 空いている場所がなかったといえばそうとも言えるが、結局最後はぐちゃぐちゃになるのだから、他の誰かの横に入らせてもらえばいいだろう。
 それなのに先輩はわざわざ隣にやってきた。他に居た女子社員がちらちらとこちらを様子見している。
 お疲れ様という挨拶だけしてあとは、困ったことないか、とか今日は珍しく参加したんだな、といった当たり障りのない会話だった。
 少ししか話さない内に、羽柴先輩が、先輩たちの騒いでいる方へ行ってしまった。
 雰囲気的に、羽柴先輩が同期二人で楽しくやっているところへちょっと様子見しにきたような、そんな感じだった。

「良かったの?」
「なにが?」

 先輩。と隣の加宮さんがタレの焼き鳥を食べながら聞いた。
 串のまま食べるのがいやになったのか、串から外してそれを食べている。

「え、だって」

 大した会話もなかったのだから、引き留める要素がない。
 こういう場所に来る場合は大抵、飲むか食べるか人と話したいからだろう。たまに私のような人間がいるくらいで、大半は楽しみに来ている。
 そうしてこの会にも、羽柴先輩を目当てに来ている人がいないとは言えない。
 そもそも先輩は人当たりが良く、人間も大学の時以上にしっかりするようになって、上司や同僚からも好かれている。
 先輩が移動したのも、さっきから上司に手招きされていたこともあるし、周りもはやくこっちに来いと言っていた。
 私のところに来たのは、たまにしか出席しない珍しい人間がいるから楽しんでいるかどうか様子を見に来ただけだろう。
 そこに深い意味なんてない。そうは分っていても、目で追ってしまうのだ。

「何度見たって変わらないからね、羽柴先輩はいる」
「うん。知ってる」

 羽柴先輩が楽しいなら、それがいい。それでいい。
 そう思っているのに、やっぱり無関心でいられない。どうかな、って目が追ってしまう。

「この前の事があってから、変に意識しちゃうし、心臓が落ち着かない……」

 きゅっと縮こまって、加宮さんにだけ聞こえるように呟く。
 実際周りも各々騒いでいるから、他所に気を引かれることもないだろうけれど。

「はいはい、心臓が落ち着かないのは先輩を見てるからじゃないの?」
「前まではそんなの、どうにでもできたもん」

 先輩を目で追うのはTPOに合わせて日常茶飯事だ。今までもずっとそうだったのに、この間から私の様子がおかしい。思い出してはドキドキして、苦しくなって、惨めになる。
 私の言葉を聞いて、加宮さんがにんまりと楽しそうに笑ったのを、私は見逃した。

「前までは、ね」
「そう! まえまで、は……!」
「じゃあ、そうなった理由は何かな?」

 こももさんに話してみなさい、と怪しい雰囲気の加宮さんにぎょっとする。一瞬、酔いが醒めた感覚。全然、醒めてなどいないけれど。

「ほーらほら」

 こんなところで、記者魂見せないで欲しい。
 甘い、というより甘ったるい猫なで声が「よーしよーし、うさぎちゃん、お姉さんに話してみなさい」という。
 背筋に悪寒を這わせたその声に、やっぱり醒めたかもと思い直す。
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