花咲く都のドールブティック

冬村蜜柑

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春待つ花の章

薔薇と青年貴族と(その二)

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 メルがボレロの胸元に白薔薇をつけると、ジルセウスはそれをみて満足げに微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ庭園を出ようか。あとで、屋敷のほうでゆっくりお茶もしたいしね」

 そして来た道を戻り、ふたたび馬車に乗せられて今度はジルセウスの住まうリヴェルテイア家の邸宅に向かうこととなった。
 邸宅、といってもリヴェルテイア家の本邸ではない。もうすこし正確に言うと本邸と同じ敷地の中に作られた別宅だ。その別宅は、ジルセウスの趣味のドールやドールドレスや、ドールサイズの家具などが収められた、本人曰く「趣味のための屋敷」だった。
 ドールの住むためのお屋敷を一軒そのまま建ててしまうのだから、貴族というのは本当にはかり知れないと、メルはいつも思っている。

 馬車は貴族街に入り、やがてリヴェルテイア家の門の前でほんの少しの間だけ止まった。御者が何やらひとことふたこと門番たちと言葉をかわして、それからまた馬車は進む。
 壮麗な、お城じゃないかと見間違うかのようなリヴェルテイア家の本邸の輝く白い壁を馬車の窓から眺めていると、やがて森に迷い込んだかともおもえるような広大な庭に出て、それから本邸に比べるとだいぶこぢんまりとした、それでも庶民の住む家が何軒かはらくらくと入りそうな、緑の屋根にクリーム色の壁が特徴的な木造のお屋敷が見えてくる。
 その木造のお屋敷こそが、ジルセウスの「趣味のための屋敷」だった。ジルセウスはここの屋敷のことを、冗談めかして「おもちゃ箱」とも言うし、正式な呼び方を聞かれたときなどは「ノアゼット屋敷」とも称している。以前、ノアゼットとはどういう意味なのかと疑問に思ってジルセウスに尋ねたところ、白い色の薔薇の品種名なのだということだった。

「ノアゼット屋敷――またの名をおもちゃ箱へようこそ、メルレーテ嬢」
 先に馬車をおりたジルセウスがメルへと手を差し伸べる。
 メルはその手を取って、いつもよりも長いスカートの裾を踏んづけたりしないように慎重に馬車をおりた。

 玄関で出迎えた、屋敷の若い執事に帽子と上着を預けたジルセウスは、自らメルを屋敷の奥に案内する。といっても、メルにとってもこの屋敷は何度も訪れた事があり、勝手知ったる他人の家、といったところなのだが。
 二人は階段をのぼったり、廊下をすすんだりしてようやく今回の目的の部屋にたどりついた。
「今日お願いしたい子たちは、この部屋だよ」
「失礼しますね」
 立派な両開きの木製の扉を開けて入ったその部屋は薄暗かった。重いカーテンをひいているらしい。
 ジルセウスが手ずから光をさえぎる重たいカーテンをあけて、薄く優しい明かりが入る白レースのカーテンだけが窓に残った。

 窓からの光に照らされて現れる部屋は――人間のための部屋ではなかった。少なくとも、置かれている家具調度類のサイズは人間用ではありえない。

 その部屋はまさに人形の部屋、いや、人形の屋敷。あるいは人形の小さな町だ。

 身の丈十センチばかりの小さな小さなお人形たちが、これまた小さなドールハウス群の中に住んでいる。このドールハウスにしても、どこにも手を抜いて作られた様子はない代物で、壁紙が貼られ、絨毯が敷かれ、天井には本当に魔法の明かりをともせるシャンデリアまでがついている。家具はそのほとんどがぴかぴかにつや出しが塗られた銘木でできており、中でもおどろくほどに小さく精巧にできた猫脚の椅子は、一体どうやって作られたんだろうと、いつもメルは首を傾げているのだ。そして食堂らしき場所や、厨房、食料保存庫のような部屋には、ミニチュアの食器やミニチュアフードまでしっかりと備えられている。
 そして、その小さなドールハウス群を取り囲むのが、四十センチから六十センチぐらいの大きめのサイズのお人形たちとそのサイズにあわせた家具調度品小物類だ。なぜそんな配置にしているかと言うと、人形が人形遊びをしているかのようで面白いからだ、とジルセウスはいう。どうも、以前メルがつくった茉莉花堂のディスプレイを見て、自分もやってみようと思ったらしい。それにしても、ちょっとばかり、いやかなり……茉莉花堂のそれとは規模が違いすぎる。

 何度か見てはいる光景ではあるが、メルが圧倒されつつもそれらを目に焼き付けるように眺めていると、ジルセウスがひょい、と無造作にその人形たちのスペースに入り込んで、四十センチぐらいのドールと六十センチぐらいのドールをひとりずつ、両手に抱えて戻ってくる。そのさまは、まるでおとぎ話の巨人が人間をさらっているようで、どうにもこうにも可笑しみがあった。

「今日はこの子たちを双子っぽくコーディネートしてほしいんだ。このサイズ差なら双子というよりは親子……なのかな」
 それぞれのドールを椅子に腰掛けさせて、ジルセウスが今日の依頼内容を話す。
「なるほど、サイズ違いでの双子コーディネートですか」
「このサイズのドールドレスはこっちの棚に、靴はこっちに入ってる。アクセサリーはこっちの箱に色別にそろえてあるから、それでこっちのサイズは、ここに」
 ジルセウスはドールが趣味とは言え生粋の男性なので、女性の服の流行や色合わせなどのことはあまりよくわからないらしく、こうしてメルにコーディネートを依頼してきたりもする。普段は店頭でのアドバイスだけですませることも多いが、たまにこうして屋敷に出向いて直接きせかえをすることもあるのだ。
「双子コーディネートといってもいろいろありますが、この色を使ってほしいとか、このモチーフがいいとか、こういう系統でなどのリクエストはありますか?」
「リクエスト……か」
 そこでジルセウスはメルの頭からてっぺんまでじいっと見てから、こう言った。

「今日、メルレーテ嬢が着ているようなのがいいな」

 

 四苦八苦しながらどうにか大量のドレスや小物の中からそれらしいアイテムを選び出し、サイズの違う二体のドールを双子――というよりはサイズ差がずいぶんとあるので仲良しな親子とでもいったほうが良いかもしれないが――のようにコーディネートすることができた。
 コーディネートの基本アイテムはどちらも桜のような淡いピンクの色をつかったワンピースドレスと白いカーディガンだ。
 そして、それぞれの顔立ちから個性をメルなりに読み取って、小物を違うものにしてみた。カバンを片方の子は手提げかばん、もう片方の子はポシェットに。靴は同じようなデザインのものにするが色を同系色の別々の色に。帽子は両方とも丸い白のヘッドドレスを選んだが、かぶらせ方やリボンの結び方や位置をちょっと変えてみた。

「ありがとう。そしておつかれさま。いつもながら見事な手際とセンスだよね」
「ありがとうございます。それにしても、これだけたくさんのドレスや小物があると選びがいがありますよ。人形好き冥利に尽きるというか」
「それはよかった。こちらも嬉しいよ。人形好きの同志に喜んでもらえて、ドレスや小物を集めている甲斐があるというものさ。それじゃ、片付けはいいから一階にいこう。お茶とお菓子をごちそうするよ。本邸のお菓子のほうが豪勢なものが出せるのだけど……多分、気楽にお茶が飲めるのはこちらの屋敷のほうだからね」


 部屋を出て、また廊下と階段とを戻り、一階に戻ると、ノアゼット屋敷の若い執事がなにやらジルセウスに手紙というよりメモらしきものが載った銀の盆を差し出した。
「本邸に客人が来ているので、ジルセウス坊ちゃまもせめて挨拶だけでもと、奥様のお言葉でしたよ」
 ジルセウスは楽しい気分のときに嫌なことをいわれ水をさされた、とでもいうように……実際そのとおりのようで、軽く眉をつりあげて執事をにらみつける。
「こっちにも客人が来ているのだと言って断ってくれ、構うな。茶と菓子の準備をしてくれ」
「しかしジルセウス坊ちゃま、それでは奥様に――」
 こういう貴族の社交というか責務のことについて口出ししたくはないのであるが、執事に助けをもとめる視線で見られたような気がして、メルも思わず口を挟んでしまう。
「ジルセウス様、その、私なら今日はこれでおいとまさせていただきたいと思っていたのですが――」
「だめ。嫌だよ、今日の僕はメルとお茶を飲みながらの人形談義をとても楽しみにしていたのだよ。このまま帰るなんて言わないでおくれ」
「じゃあ、それなら……私、ジルセウス様が挨拶に行っている間、こちらで待たせてもらってもいいでしょうか」
 このメルの提案に、ジルセウスもちょっとぐらいは挨拶に行ってもいいかという方向になったようだ。釣り上げていた眉が、普段おさまっている場所に近いところにまで戻ってきた。
「そうだね……メルレーテ嬢を待たせるのは本当は心苦しいけど、君がそこまで言ってくれるなら」

 その時だった。

 玄関ホールへ続く扉がやや乱暴に開かれた。開けたのはかなり年若いメイドのようだった。本邸からずっと走ってやってきたらしい、息が乱れている。

「失礼します!」

 メルとジルセウスはその勢いに目をまるくしたが、執事は目を釣り上げてメイドの振る舞いを咎めた。
「ジルセウス坊ちゃまの前で、無礼な!」
 しかしメイドの勢いも負けてはいない。
「無礼は百も承知です! 大変なんですよ!」
 その勢いと切羽詰まった声音に執事は完全に気圧された。
 ジルセウスもただごとではないと察したらしい。
 メルも、どうも嫌な予感でうなじのあたりがびりびりしている。
「ルパート、彼女へのお説教なら後にしておくれ。……アンヌ、何があったんだい?」
「は、はい……実は」
 アンヌと呼ばれたメイドは、いかにも人の良さそうなそばかす顔を悲しそうに歪ませて、こう主人に報告をした。
「本邸にいらしていたお客様がお連れのお子様が、今現在……お姿が見えないそうで……」
「……ちょっとばかり敷地内を迷子になっているだけじゃないのかい? とりあえず急ぎの仕事以外のものを捜索にあたらせて――」
「その……お子様が行方不明になってしまわれたお客様方はもうヒステリックに悲鳴をあげたり、あまりのショックだったのか椅子に座ったまま動けなくなってしまったりで……あれは、ただごとではありませんよ……。奥様は奥様で『万が一当家から遭難死体などが出たら、皆様にどんな不名誉な噂をされてしまうことでしょう!』ってそんな心配ばかりですし……」
「母上らしい」
 ジルセウスは大きくため息をつく。あきれを隠しきれないでいるようだ。自分の母親にも、そのお客とやらにも、いなくなった子供にも。
「ルパート、上着を取ってきておくれ。帽子はいらない。とりあえず僕も本邸に向かう」
「はい」
「そういえばアンヌ、そのお客というのはどこの誰なんだい?」
「えぇっと……たしか子爵、じゃなくて男爵……ええと、ベルグラード男爵夫妻です。行方不明になったのは十二歳のお嬢様……お名前は……メアリーベル様」

 メアリーベル・ベルグラード。
 あの、喪服の少女だ。

 そう思考が結びついたとき、メルの視界にはどす暗い灰色の幕が舞い降りた。



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