花咲く都のドールブティック

冬村蜜柑

文字の大きさ
16 / 88
春待つ花の章

その思い出に決着を(その二)

しおりを挟む


 初老の男は、いかにも機嫌よさそうな、とても歓迎しているという表情だった。
「メアリーベルや、帰ってきてくれたのかい?」

「……村長さん、これ、どういう」
 しかし、そんなものでは取り繕うことは、当然できない。
 現に村人たちは武器や農具をかまえ、じりじりとメルたちを包囲しようとしていた。

「もちろん、メアリーベル。きみが受け継いだ“遺産”を譲渡してもらうためだよ。持っているんだろう?あぁ、持っているね。きみのおとうさんが残した“遺産”はとんでもないものだよ。あれがあればもう私たちはこんなまずしい暮らしに甘んじることもないのだよ。あれがあれば村のみんながしあわせになれる、村のみんなだけじゃないさ、あの“薬”を使えばだれもがみんな幸せに――」
「そろそろ黙りたまえ、不愉快だ」

 村長の長いセリフを一蹴したのは、ジルセウスだった。
 彼の、常人ならざる威圧感と高貴さ、それに人を服従させることに慣れた者特有の空気が、武器を手にした男たちをひるませている。

「メル、ユウハ。ふたりはメアリーベルを守っていて」
「えぇ」
「わかった、男爵夫妻は……」
「我々なら、気遣いは無用だよ。このお役目をおおせつかっていれば、そういうこともあるのでね。護身の心得ぐらいはある。もちろん妻もだ」
「そういうことですわ。お嬢さんがた、メアリーベルをお願いしますわよ」
 男爵夫人もそう言ってじゃらりと大型の鋼扇を構える。


 そして夕陽が見守る中、戦端は開かれた――



「背中、預けさせてもらうよ! 侯爵子息さん!」
「こちらこそだよ」

 背中合わせになって、それぞれの獲物を構えるのはユイハとジルセウス
 ユイハは極東列島風のこしらえの刀を鞘に入れたまま、いわゆる居合いの構えで、ジルセウスは抜き身の直剣をまっすぐ目の前に構えている。
 何人かの男たちが襲ってくるが、この二人にはそれを払いのけることは、蚊でも払うのと同じだった。
「斬ってもいいならもっと楽できるんだけど」
「さすがにメアリーベル嬢の前でそれはいけないだろう」
「まぁそうなんだけど、ね!」
 セリフの最後の一言とともに、ユイハが刀の峰で村人の手首を叩き、武器を落とさせる。
 そう、ふたりとも村人を殺さないように加減していたのだ。
「大した腕前だね、今の音は骨が砕けたかな?」
「だとしたら、加減しきれてないってことで、それほどの腕でもないよ。それより侯爵子息さんがそれだけやれることが驚きだね」
「貴族のたしなみだよ、これもまた道楽のひとつさ。それよりも――」
「何か?」
「さっきまでみたいに、ジルセウスと名前で呼んでくれないのかい?」
「時と場合と気分によるね」

 お互いに背中を護りあいながら、敵を払う。
 ユイハの視界の端では、男爵夫人が魔炎を纏った豪快な突撃で男たちを何人も跳ね飛ばしていた。
「アレは喰らいたくないなー」
「男爵の方も、なかなかのものだよ」
「あ、そっちも見たい。ちょっと角度変えようジルセウス」
「了解したよ」
 位置を変えて見ると、ちょうど男爵は、凍気を吹き出す魔杖でもって敵をなぎ倒すところだった。その動きはまさに紳士。流れるような動きは優雅ですらある。
「なるほどさすがは“魔薬捜査官”だ。見事なものだな」

 魔薬捜査官――それがベルグラード男爵の官職だった。
 
 この丘の麓の小さな村は、魔薬作りに手を染めている。
 そして、メアリーベルの父親が生前研究していたのは今までのものよりもはるかに効能の高い――まっとうなひととしての言い方をするならば、危険で恐ろしい魔薬の製法であったのだ。
 しかし製法が完成する直前、メアリーベルの父親は突然亡くなった。おそらくは、魔薬の失敗作を試しすぎたのであろうというのが男爵の予測だ。

「それは口に出さないほうが良いよ。万一にもメアリーベル嬢が聞いては――」
「わかってる」

 そう、メアリーベルは真実を――父親が魔薬に手を染めていたことなど知らないのだ。

「まったく、男爵はお人好しだな」
「あぁ、その意見にはこの、ジルセウス・リンクス・リヴェルテイア、同意せざるを得ないね」

 男爵夫妻は、メアリーベルから村のこと父親のことをなにか聞き出せると思い彼女に接近したらしい、しかし、子供のなかった夫妻はそのうちメアリーベルに対して本心から情が湧いてきてしまい、彼女を非公式ではあるが養女とすることを決めたのだ。男爵夫妻は近いうちにメアリーベルを“お披露目”するパーティを開催するつもりでいたらしい。……それを済ませればメアリーベルは正式な男爵令嬢となり、社交界でもきちんと、ベルグラード男爵家の子として知られるようになるだろう。
 以前、ファイデア子爵夫人がベルグラード男爵家に子供がいない旨のことを話していたが、それは単純に、メアリーベルが知られていなかっただけのことだ。

「さて、さてさて、そろそろ詰めの段階かな?」
「だな」
「では、どちらが先にキングの駒を抑えられるか、勝負と行かないかい?」
「……あんたは本当に趣味人だな。そういうのは――嫌いじゃない」



 メルは、片手でエヴェリアを抱き、もう片方の手でメアリーベルを抱きしめている。
 すぐそばで、ユウハが魔力で作り出した大鎌で男たちをふっ飛ばしている。
 メルは何も――戦局を見守ることさえしなくてもよかった、ただこの胸の中で震えている痩せた少女の心が、せめてこれ以上傷つかないようにするだけでよかったのだった。それこそが、何よりも大切なことだった。
「……どうして、村長さんも、村の人も、どうして……」
「メアリーベル、男爵さまと男爵夫人が戦ってくれてるよ、きっと大丈夫」
「……おじさまと、おばさまが」
「そう、あなたを、ずっとまもってくれる人たちが、今あなたのために戦ってる」
「……私の……」

 そのときだった。

「メルっ!!」
 
 ユウハが警告を飛ばす。
 ――利き腕の骨を砕かれてうずくまっていた男が、起き上がり、逆腕で剣を持ってメルたちに突っ込んできたのだ。

「きゃっ!」
「きゃあぁああっ!」

 体当たりをうけて地面に倒されたメルはそれでも、メアリーベルを離さない。エヴェリアもだ。かばうように彼女たちを抱いて急な丘の斜面を転がってゆく。
「……っ!」
 
 ぐるぐると目まぐるしく回転しながら移動していくメルの視界の端で、銀髪白肌の黒い服のドール……レナーテイアがメルたちとは別に転がっていくのが見えた。メルはメアリーベルとエヴェリアを離さなかったが、メアリーベルはそうもいかなかったらしい。

「レナーテイア……っ」
 呼吸さえも苦しい中で、そのドールの名前を呼ぶのは、メルの声なのか、メアリーベルの声なのかもわからない。

 衝撃と痛みが襲ってくるとともに、ようやく視界が回転するのがおさまった。どうやら、丘を転がりきったらしい。
 メルとメアリーベルのすぐ目の前に、男と、男が持っていた剣が別々に転がり落ちてきた。
 メルは剣を取るべきか、ほんとうにほんとうに一瞬だけ躊躇して――それが『彼女』にとっては致命的な時間だった。剣などほおっておけばよかったのだ、なぜならメルはもう『剣を持つことができない』身であったのだから。

 男が素早く起き上がる、そして、レナーテイアに迫り『彼女』の胴体を鷲づかみにして――岩に叩きつけた。
 

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 ……そのメアリーベルの悲鳴は、まるでレナーテイアの断末魔。
 レナーテイアの質素な黒い服は破け、そこから彼女の砕けた胴部がのぞく。
 そこから飛び出していたのは……鍵、のようだった。
 男はそれを手にしようとして、

「メル!」
 ……男は、ユウハの魔力の大鎌の柄でもって思いっきり頭を殴られた。


 いろんなものがようやく終わって、メルはのろのろと起き上がる。
 体はあちこち痛むし、たぶん頭から血が出ている。服は泥と草の汁で汚れているし、何より――レナーテイアを守れなかった。メアリーベルの心を守れなかった。
 メアリーベルはレナーテイアに駆け寄って、なによりも大切な大切なその『残骸』を抱きしめて泣いている。
「レナー……レナー……死んじゃ、やだ……おいていかないでよ、レナーテイアぁあああああああああああああああああ!!」
 メルは……そのあまりにも悲痛な声を聞いて、自分はなにもできなかったのか、と無力感に襲われる。悔しくて、涙が滲んでくる。何もできなかった、こんなの……。



「まだだよ」
 ふわり、と清涼な風を感じた。
 背中に体温を感じる。
 ――誰かに抱きしめられている。

「まだだよ、まだ泣くのは早いさ」
「……白」
 メルを抱きしめていたのは、白い腕。
「君ならできる……それと『あのひと』にもできるさ、絶対にできる、だってレナーテイアはまだ死んでいないのだからね」
 そうして……白い腕はゆっくりと、メルを解放する。
 メルはずっと泣き叫んでいるメアリーベルに急いで駆け寄った。
 
「レナー……レナー……!!」
「メアリーベル、レナーテイアをよく見せて! レナーテイアはまだ、死んでないかもしれない!」
 メルはメアリーベルから半ば奪うように、レナーテイアだったものを引っ張った。
 
 ――思った通り、砕けているのは、胴部だけ。頭部は無事、これなら……



「メアリーベル、レナーテイアはたしかに“治す”必要があるけれど、まだ死んでいないよ。茉莉花堂に、ううん、私にほんのすこしの間だけ、預けて欲しいの」

 メルはレナーテイアを抱えて、そう宣言する。

 月と一番星の輝きが、彼女たちに優しい輝きを投げかけていた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。

黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、 妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。 ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。 だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。 新たに当主となった継子は言う。 外へ出れば君は利用され奪われる、と。 それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、 私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

処理中です...