Seaside Memory

サイダーバグ

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Chapter 2

進路選択と過去

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チャイムと同時に先生が教室に入る。そしてすぐに号令がかかり、授業が始まる。なんの変哲の無い、ただの日常の始まり。私はこの号令と共に今日の一日がスタートする。そしてこれからホームルームが始まろうとしていた。そんな今日の天気は微妙な晴れだ。快晴を求めているわけでは無いが、うろこ雲がやけに陽射しを妨げていて日光をあまり感じない。そんなことを考えながら黒板の方を見ると「進路希望調査」という文字が板書されていた。そして先生が概要を話し始めた。

 「君たちにもそろそろ進路希望調査を出してもらう時期が来たぞ。高校二年生とはいえ、そろそろ進路に向き合ってもらわないと困るぞ。自分の人生、後悔しない為にも、慎重に進路に向き合いなさい。今のうちに目標を立てておくことで、これからのモチベーションにもつながるはず。だからこそ適当に決めたりしないで提出すること。夏休みに三者面談を行う予定で、その時にその進路希望調査をもとに話す予定だから夏休み前の最終登校日までに提出すること。わかったか?」

 「はーい」

 「ちなみにこの後は総合の時間で進路授業を行う。進路希望調査を書く際に手助けになると思うから真面目に受けろよ」
 
 進路について全く考えていなかった私は困惑する。どうしたらいいのかさっぱりだ。自分がこの先どうしたいとか、全くそんなこと考えたくもなかった。なぜなら私にはトラウマがあるからだ……。



 七年前、同い年だった幼馴染の紗凪さなという女の子と近くの海岸に遊びに行った。紗凪は大人しく可愛いらしい子で、私とは正反対の性格をしていた。でもなぜか互いに違うからこそ、仲がよかったと思う。遊びに行った当時、彼女は珍しくはしゃいでいた。大人しいはずの彼女が珍しくはしゃぐぐらい楽しい時間だった。普段明るいと言われている私ですら、今よりももっと素直に生き生きとしていたと思う。ただ、楽しい時間というものが大きければ大きいほど、残酷な出来事が起こるものなのか。この後悲劇が起こる──。

 
 私は紗凪と海を泳ぐことにした。その時、

 「どっちが遠くに泳げるか競争しようよ!」

 と、私は紗凪に提案した。すると、

 「いいよ! いっつも海羽に負けっぱなしだから今度こそは勝つぞー!」

 「私に勝とうとするなんてまだまだ早いわ! 今日も紗凪に勝つ!」

 そう言って私と紗凪は遠くに向かって泳ぎ出した。この時のテンションが高かったせいでいつも以上に白熱していた。そして私はどこにいるのかわからないぐらい遠いところまで泳いだ。

 「やった! 一番!」

 そう叫んで隣を見てみた。すると紗凪の姿はどこにもいない。私は心配になり周りを見渡す。それでも紗凪の姿は見つからない。怖くなって一回泳いだところを戻るといつの間にか砂浜まで辿り着いた。すると、ビーチでは事故が起きているせいか周りが大騒ぎする事態になっていた。
  
 「女の子が流されている!早く救助を……!」

この辺りから私の背中は徐々に凍った。どうやら紗凪は遊泳禁止になっているところまで流されていたのだ。

 「助けて……」

 最初は大声で叫んでいたが、波に飲まれるたびに紗凪の声はだんだん細くなっていた。ライフセーバーが急いで現場に向かおうとしたが、かなり遠くの方に流されているため簡単に救助に行けない状況だ。警察なども駆けつけ、なんとか救助できる方法を模索していたが、聞こえてくる会話からは

 「──もうこの状況で助ける方法は非常に難しいですね……。可能性を模索しますがかなり……もう厳しいです……」

 といった明らかに助からないことを示唆するかのような発言であった。当時、十歳であった私も言葉の意味は理解できなかったが、なんとなく紗凪に危機が迫っていることぐらいはわかった。

 「──どうしよう。私のせいで────」

 私はもう何も出来なかった。歩くこともできず、ただ遠くで溺れかけている紗凪を見ることしか出来なかった。ずっと頭の中では「私のせいで」という言葉が並ぶ。風が強くなっても何も感じなかった。それぐらい虚無であった。嫌な予感もとっくに消えてしまい、高波が彼女を襲うのをただ見つめていた。

 「──ごめんなさい……ごめんなさ……ごめ……ん……」

 この海岸でただ一人、私は涙が枯れたまま何も感じることができなかった……。



 ────その後、事故が起きたことが原因で、私と紗凪で遊んだ海岸は遊泳禁止になった。理由は、あの事故が起こった後に改めて調査が行われ、高波が起こる可能性があり、遊泳するべき場所ではないと判断されたからだ。そして、私は何をするにもやる気は起きずに、生きることに何も感じなくなった。ショックとか軽く通り越して、ただ何も出来ない、これに尽きるだろう。
 だから、「君には明るい未来が待っている」とうたっているのを見ると「何言ってるんだ」としか思わないし、進路を決めろと言われても何も思いつかない。周りから「可哀想」だとか安い言葉で片付けられるのが嫌いだった私は、周りから変に心配されたくないので昔と同様に明るい性格を演じるようにはなった。ただ、その性格と今の私が瓜二つかと言われると別だ。実際は「わー、すごいね!」と元気に言っている時も何も思っていないし、「かわいいー!」って女子同士でいうのも、もはや挨拶ではなく口癖ぐらいの言葉に過ぎなかった。進路を決めると言ってもただ人に迷惑をかけないで生きていければいい。そう思っていた。だから進路は適当に入れそうな大学の名前でも書いて鞄の奥底にしまった。

 
 キーンコーンカーンコーン


 相変わらずうるさいチャイムと同時に今日の終わりを迎える。今日は友達は部活があったり予定があったりして一人で帰ることになった。
 一人の時間というのが嫌いだ。考えたく無いことまで考えてしまうから。余計なことは考えない、こういう風にして生きていきたいが故に友達みたいな感覚の人間を作って余計なことを考えないようにしていたのに。今のこの状況は私にとって最悪のシチュエーションである。一人になるとどうしても紗凪の顔が脳裏のうりに浮かぶ。忘れたくても忘れられない。あの笑顔を守れなかった、こんなに罪深いことはあるのだろうか。私は結局どうすることも出来ない立場なのは分かっているし、過去を変えることは出来ないことも分かっている。分かっているけれど私の軽率な言動が、行動があの笑顔をこの世から消し去る元凶になったのは事実である。そんなことをした私に生きる術なんて……とどうして思ってしまう。どうしようもない、やるせない思いと抱えきれない後悔をまとって家路につく。
 そしてそんなことを考える最中に例の海岸が視界に入る。通学路にあの海岸がある。遠回りしたいが、遠回りしようと思うと帰宅まで相当時間が掛かるし、仮に遠回りするとしても危険な森を抜けなければならない。そもそも私が住んでいるのは遠く離れた離島の中である。当然インフラなんか整っていない。自然豊かではあるが、その代償として妙な行動に出ると命の危険も伴う。だから仕方なく、仕方なくこの道を通らざるを得ないのである。
 
 「なんでだろう、憎らしいのにやっぱり綺麗だ……」

 気づいたらそんなことを呟いていた。あんな悲劇があった場所なのに心が惹かれていくのを感じていた。けれども冷静に考えて、その呟いた言葉に対して怖くなった私は疾走してこの場から逃げ出そうとする。

 「────いやっ!! ……やめて……これ以上私を痛めつけないで……」

 涙は流れず、ただただ息苦しくなりながら走り家に着いた。家に着いたときには過呼吸になっていたがこのままだと当然心配される。それだけは避けたかった私は、ドアの前で一旦深呼吸をして精神を安定させようとする。息を整え、大きく息を吸い込み、

 「ただいま!」
 
 と大きな声で家の中に入る。するといつもの平凡で平和な時間が戻る。

 「おかえりなさい、海羽みう。今日は学校どうだった?」

 「いつも通り楽しかったよ!」

 「そう、よかったわ。あ、そうだ。学校からの提出物とかある?」

 「ないよ、ママ」

 「あらそう。もうすぐでご飯できるから手伝って」

 「はーい」
 
 どうしてこうも平然と嘘をつけるようになったのだろう。七年前は嘘をつく事すらが怖かったのに。そんなことを思いながら颯爽さっそうと部屋に戻り、鞄の奥底にしまっていた進路希望調査の紙を机の引き出しの奥の方にしまい直した。
 その後、夕食を食べ、風呂に入り、机に向かって座った後に机の引き出しの奥の方にしまった進路希望調査の紙を知らぬ間に眺めていた。

 「なんだかな。こんな調子でこれからどうやって生きていくんだろう」

 そんなことを呟きながら、進路希望調査の紙を持ったままベッドに潜る。今日は珍しく、ベッドの上で夜更かしせずに寝落ちた。

 
 「おーい。海羽ー。元気ー?」

 いきなり紗凪の声が耳元で聞こえる。これは夢だろうか。幻聴と分かっていてもすぐそばに紗凪がいるみたいだ。

 「海羽、会いたいよ……」

 そんなこと言われたら私も紗凪に会いたくなるよ。でももう、紗凪は生きていないのに。存在していたら相対に決まっているじゃん。どうしてこんな悪夢を見なければならないのだろうか。

 「おーい。なんで無視するの。海羽に無視されると死ぬよー」

 「死ぬよー」って。そんなこと言われたって紗凪はもう死んでるじゃないか。どうして今も生きているかのような感じで訴えてくるんだよ。というかどうして紗凪を殺したと言っても過言ではない存在の私に対して優しくするの。折角会うんだったらもっと怒ってよ。もっと叱ってよ。もっと罵ってよ。私に対して恨みはないの?どうして、そんなに笑顔なんだ。どうせ幻聴だろうけど、どこか彼女の存在を信じたい私は一回信じた設定で話してみることにする。

 「────紗凪……なの……本当に……?」

 「本当だよ! うちら親友でしょ? 知らない人に会っているみたいな言い方っ………っもうそんな冗談言わないでよー。酷いよー!」

 「────ごめん……紗凪はとっくに亡くなっているからどうせ幻聴か何かかなと……」

 「───確かにうちは死んだ。けど、消えてはないよ。どこかで必ず繋がっている、うちはそう信じているんだ。だから悲しまないで。実はまだ海羽の近くのどこかにいるんだ。だから……探して欲しい……な……」


 紗凪がそう言った直後、紗凪の声は聞こえなくなった。その声が途絶えた瞬間、訳もわからずに起き上がり、いつの間にか家を飛び出していた。自転車に乗って訳もわからずに漕ぎ始めた。紗凪に会えるかもしれない、全く可能性のない根拠だけを頼りにひたすら漕いでいった。そして辿り着いたのが彼女が亡くなったあの海岸だった。でもその海岸には紗凪の姿は見当たらない。結局ただの幻聴にしか過ぎなかったのか。紗凪に会える訳ないよな。そんな焦燥感に駆られて、手元に持っていた進路希望調査の紙を折って紙飛行機を作った。それを海の遠くの方に飛ばした。遠くの方に飛んでいくのをただ眺める。このまま自分も遠くに行けたら、なんてどうしても考えてしまう。人生って何なんだろう、生きていくことに意味があるのだろうか。もはや生きることが重圧にしかならないからもうこのまま泳いで行ってしまいたい──────。

 そんなことを考えていたら遠くの方から何かがこっちに向かってきている感じがした。人間、それとも新種の魚? いや、あれは明かにマーメイドだ。初めて見る姿だったが、何故か惹かれるものがあった。人魚は明らかにこちらの方に向かって泳いで来ている。だんだん浅瀬の方にやってきて、ひれが徐々に足に変わっていき、最終的には浜辺にマーメイドが立っていた。これが彼女との再会となるとはその時は思いもしなかった……。
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