『異界酒場 ルーナ』

みぎみみ

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第1巻

第15話 父親の渇望

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土曜日の夜。

五十代の男が入ってきた。大きな手、少し丸まった背中。建設業か、農業か——と、ルーカスは外見から判断した。

「こんばんは。こういうところ、初めてで」

「ようこそ。ゆっくりしていってください」

「娘に連れてこられたんです。外で待ってる」

「外に?」

「子供が一緒に入るのは気を遣うでしょうとか言って。でも娘、もう二十五なんですけどね」

ルーカスは少し笑った。

「呼んできてもいいですよ」

「そうですか? じゃあ、ちょっと」

男は外に出て、しばらくして娘を連れて戻った。

娘は背が高く、父親に似た目をしていた。

「いやー、こんないい店だったんですね」

「ありがとう」

「父がお酒飲めるか心配で。ルーカスさん、お酒飲めない人にも何か出せますか?」

「もちろん」

父親——後に木村という名前だと分かる——の渇望を見た。

——娘のことを誇りに思っている。でも、伝えられたことがない。

「木村さんは、お酒は飲めますか」

「いや、昔からダメで。ビール半分でふらふらになる」

「じゃあ、ノンアルコールでいいですね。リンゴジュースベースのモクテルはどうですか。大人な味にできます」

「そんなものがあるんですか」

「はい」

娘にはスパークリングワインベースの軽いカクテルを。

二人のグラスが並んだとき、娘が乾杯を提案した。

「お父さん、誕生日おめでとう」

「ああ、そうか今日か」

「忘れてたの?」

「最近、日付の感覚が」

「もう、だからちゃんと覚えておいてよ」

木村はグラスを合わせながら、娘を見た。

その顔に、言葉のない何かがあった。

ルーカスはそれを見て、カウンターを拭く手を止めた。

「木村さん、一つ聞いていいですか」

「はい?」

「お嬢さんのこと、自慢に思っていますか」

木村は目を丸くした。娘も驚いた顔をした。

「……はい。もちろん」

「伝えましたか」

木村はしばらく黙った。

「……なかなか、言えないですね、そういうことは」

「今夜、言えそうですか」

長い沈黙。

娘はグラスを持ったまま、父親を見ていた。

「……お前のこと、自慢に思ってる。ずっと」

娘は少し目を見張って、それから視線を逸らした。

「……知ってるよ」

「知ってたか」

「でも、言ってくれたことなかったから」

「そうだな」

木村はモクテルを飲んだ。

「……うまいな、これ」

「よかった」

ルーカスは二人を見ないようにして、棚を整理した。

バーとは、こういう場所かもしれない——と思った。

言えなかったことが、ここでは言える。それだけでいい。
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