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第2巻
第13話 子供を亡くした夫婦
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十二月の、寒い夜。
夫婦が来た。
四十代。二人とも静かで、でも静かさの質が、普通の静かさとは違った。
重い静けさ。
二人の渇望を見た。
夫——消えたい、という言葉の手前にある何か。
妻——泣く場所が欲しい。
ルーカスは二人を奥のテーブル席に案内した。カウンターではなく、テーブルの方が今夜は合っていると思った。
「ゆっくりしていってください。何か飲みますか」
「……暖かいものを」
妻の声だった。
「ホットワインにします。シナモンと丁子と、少し柑橘の皮を入れた」
「ありがとうございます」
二人分のホットワインを作って、テーブルに持っていった。
夫は両手でカップを包んだ。妻も包んだ。
しばらく、何も言わなかった。
ルーカスはカウンターに戻って、グラスを磨いた。
十分ほどして、妻が声をかけた。
「すみません」
「はい」
「子供が、先月亡くなりました」
「……そうですか」
「どこかに入れなくて。家にいると、子供の部屋が見えてしまって。外は賑やかすぎて」
「ここは静かです」
「はい。だから来ました」
夫が初めて口を開いた。
「泣いていいですか、ここで」
「もちろんです」
「声を立てても?」
「聞こえても、誰も気にしないです」
夫は少し頷いた。
それから——泣いた。
肩が揺れた。静かな、それでも深いところから来る泣き声。
妻が隣で、夫の背中に手を置いた。
ルーカスはカウンターから見えない位置に体を移した。でも、二人が何か必要なものがあれば気づけるよう、耳だけ向けた。
三十分ほどして、二人は落ち着いた。
妻がまた声をかけた。
「もう一杯、いいですか」
「もちろん」
今度は夫の分も妻の分も、温かいホットワインを作った。
テーブルに持っていくと、夫が「ありがとう」と言った。声が落ち着いていた。
「何でもないのに、泣けなかった。ここに来るまで」
「そうですか」
「家でも、妻の前でも、職場でも、どこでも泣けなかった。強くいなければと思って」
「強くいなくていいですよ、ここでは」
「そういう場所があるとは、思っていなかった」
「あっていいと思います」
妻が言った。
「この子の話をしていいですか」
「どうぞ」
夫婦は——話した。
子供の名前。好きなものと嫌いなもの。よく笑った話。最後の日のこと。
ルーカスは聞きながら、何も言わなかった。
時々「そうですか」と言った。
時々「それは、嬉しかったでしょうね」と言った。
夜明け近くに、二人は帰った。
「また来てもいいですか」
「いつでも」
「ありがとうございました」
二人が帰った後、ルーカスは少し動けなかった。
渇望に応えられないことがある——と第一巻で思ったことがある。
でも今夜は、何もできなかったわけではない。
ただ、泣ける場所があった。
話せる場所があった。
それだけで、何かが少し変わる夜がある。
ルーカスはカウンターを拭いて、ホットワインのグラスを洗った。
子供の名前を、心の中で繰り返した。
忘れないために。
夫婦が来た。
四十代。二人とも静かで、でも静かさの質が、普通の静かさとは違った。
重い静けさ。
二人の渇望を見た。
夫——消えたい、という言葉の手前にある何か。
妻——泣く場所が欲しい。
ルーカスは二人を奥のテーブル席に案内した。カウンターではなく、テーブルの方が今夜は合っていると思った。
「ゆっくりしていってください。何か飲みますか」
「……暖かいものを」
妻の声だった。
「ホットワインにします。シナモンと丁子と、少し柑橘の皮を入れた」
「ありがとうございます」
二人分のホットワインを作って、テーブルに持っていった。
夫は両手でカップを包んだ。妻も包んだ。
しばらく、何も言わなかった。
ルーカスはカウンターに戻って、グラスを磨いた。
十分ほどして、妻が声をかけた。
「すみません」
「はい」
「子供が、先月亡くなりました」
「……そうですか」
「どこかに入れなくて。家にいると、子供の部屋が見えてしまって。外は賑やかすぎて」
「ここは静かです」
「はい。だから来ました」
夫が初めて口を開いた。
「泣いていいですか、ここで」
「もちろんです」
「声を立てても?」
「聞こえても、誰も気にしないです」
夫は少し頷いた。
それから——泣いた。
肩が揺れた。静かな、それでも深いところから来る泣き声。
妻が隣で、夫の背中に手を置いた。
ルーカスはカウンターから見えない位置に体を移した。でも、二人が何か必要なものがあれば気づけるよう、耳だけ向けた。
三十分ほどして、二人は落ち着いた。
妻がまた声をかけた。
「もう一杯、いいですか」
「もちろん」
今度は夫の分も妻の分も、温かいホットワインを作った。
テーブルに持っていくと、夫が「ありがとう」と言った。声が落ち着いていた。
「何でもないのに、泣けなかった。ここに来るまで」
「そうですか」
「家でも、妻の前でも、職場でも、どこでも泣けなかった。強くいなければと思って」
「強くいなくていいですよ、ここでは」
「そういう場所があるとは、思っていなかった」
「あっていいと思います」
妻が言った。
「この子の話をしていいですか」
「どうぞ」
夫婦は——話した。
子供の名前。好きなものと嫌いなもの。よく笑った話。最後の日のこと。
ルーカスは聞きながら、何も言わなかった。
時々「そうですか」と言った。
時々「それは、嬉しかったでしょうね」と言った。
夜明け近くに、二人は帰った。
「また来てもいいですか」
「いつでも」
「ありがとうございました」
二人が帰った後、ルーカスは少し動けなかった。
渇望に応えられないことがある——と第一巻で思ったことがある。
でも今夜は、何もできなかったわけではない。
ただ、泣ける場所があった。
話せる場所があった。
それだけで、何かが少し変わる夜がある。
ルーカスはカウンターを拭いて、ホットワインのグラスを洗った。
子供の名前を、心の中で繰り返した。
忘れないために。
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