『異界酒場 ルーナ』

みぎみみ

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第3巻

第19話 別れの準備

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四月の初め。

ルーカスは開店前に、篠田先生に電話をした。

「電話をくれるのは珍しい」

「話したいことがあって」

「来い。会って話そう」

その夜、閉店後に篠田の家に行った。

静かな住宅街の一軒家。たくさんの本棚。コーヒーを出してもらいながら、ルーカスは話した。

帰ることを決めた、と。

篠田はしばらく黙った。

「……いつですか」

「今月末を予定しています」

「そうか」

また沈黙。

「正しい選択だと思います」とルーカスは言った。

「正しいかどうかは、私には分からない」

「先生なら分かるかと」

「哲学を長年やってきたが、正しい選択というものの定義は、未だに分からない。ただ——君らしい選択だとは思う」

「どういう意味ですか」

「君は最初から、遠くを見る目をしていた。ここにいながら、どこかよそを向いている目。それが少し変わってきたと思っていたが——やはり、根はそちらにあったのだろう」

「根の話は、ファビアンからも聞きました」

「賢い男だ」

「先生のことを言いましたら、そう言っていました」

篠田は少し笑った。

「互いに褒め合っているわけだ」

「一つお願いがあります」

「何だ」

「バーを、しばらく誰かに任せたいんですが」

「しばらく、ということは——戻る可能性もある?」

「可能性の話はできないですが……帰ってみて、それからまた考えたいと思っています」

篠田は少し考えた。

「任せる人間の心当たりはあるか」

「一人、思い当たる人がいます。バーの仕事は素人ですが、人の話を聞くことが好きな人で」

「誰だ」

「高橋という、元自衛官の男性です」

篠田は頷いた。

「会ったことはないが、君が信頼しているなら、いい人間だろう」

「先生には、もう一つお願いがあります」

「なんだ」

「私がいない間、ルーナを見ていてもらえますか。来る人たちのことを」

「老人に見守り役を頼むか」

「先生が一番、あの店と長く付き合っています」

篠田はコーヒーを飲んだ。

「……引き受けよう」

「ありがとうございます」

「感謝は後で言え。まず帰ってこい——どちらの意味でも」

「どちらの意味でも、ということは」

「故郷に帰ることも、ここに帰ることも——どちらも帰ることだ。矛盾しない」

ルーカスはその言葉を聞いて、少し目が熱くなった。

「……先生」

「泣くな。まだ行っていない」

「はい」

「帰ってきたら、また来い。ウィスキーを飲もう」

「必ず来ます」

「必ずとは言わなくていい。来られる時に来い。それだけだ」
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