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第3巻
第23話 常連たちとの夜
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四月の最後の週。
ルーカスは、知らせることにした。
何人かに、個別に。帰ることを。
礼奈には、すでに話していた。約束通りに、最後の夜に伝える、と言っていた。
香月には、もう知られていた。
篠田先生には話した。
その夜、偶然のように常連たちが何人か集まった夜があった。
佐野が来て、梶原が来て、高橋清子が来て(今日は一人で)、水月が来て、晴樹が来た。
全員に知らせているわけではなかった。でも、気配を感じ取っているのかもしれなかった。
ルーカスはその夜、いつものように迎えた。
一人一人に、その人に合ったものを作った。
佐野には海のカクテル。梶原にはバジリコ・スプリッツ。清子にはエルダーフラワー。水月にはシャンパン。晴樹には春のモクテル。
みんながカウンターとテーブルに分かれて、話していた。
知り合い同士が話し、初対面が話し、バラバラなようで、どこかでつながっていた。
ルーカスは一人一人の渇望を、静かに見た。
佐野——今夜の渇望は、安心。
梶原——音楽の話を誰かと。
清子——この場所の空気を、身体に入れたい。
水月——書き続けることの確認。
晴樹——ここが好きだという確認。
みんなそれぞれの渇望を抱えて、それぞれのグラスを持っていた。
深夜二時頃に、梶原がふと言った。
「なんか今夜、特別な夜な気がしますね」
「そうですか」とルーカスは言った。
「気のせいかな。でも、みんないる夜って、珍しいから」
「珍しいですね」
「ルーカスさん、何かありますか」
全員が少し静かになった。
ルーカスは少し考えてから、言った。
「今月末で、しばらくここを離れます」
静けさが、少し深くなった。
「離れる、とは」と佐野が言った。
「故郷に帰ります。帰れる可能性が出てきたので」
「それは……」
「店は続きます。高橋さん夫妻に任せます」
清子が少し驚いた顔をした後、「聞いていませんでしたよ」と言った。
「申し訳ありませんでした。今夜、皆さんに伝えようと思っていたので」
しばらく沈黙があった。
「……戻ってきますか」と晴樹が聞いた。
「分かりません」
「分からない、か」
「正直に言えば、そうです」
水月が言った。
「でも、帰ることが正しいんですよね、きっと」
「そう思います」
梶原が頷いた。
「ルーカスさんが正直な人だって分かってるので、分からないって言われると、分からないんだろうな、と思う」
「そうです。分からないまま、決断しました」
佐野が少し目を赤くして、「寂しいです」と言った。
「私も寂しいです」
清子が「でも、続きます、ここは」と言った。
「続きます。約束します」
「私たちは、また来ますよ」と梶原が言った。
「必ず来てください」
「必ず来ます」
誰かが「乾杯しましょう」と言った。
ルーカスは全員に、今夜のために作ったカクテルを出した。蜂蜜とスパークリングワイン。少し複雑で、甘くて、泡が立つもの。
「故郷の祝いの飲み物に近いものです」
グラスが重なった音が、地下のバーに響いた。
何個も、重なった。
「今夜も、よかった」とルーカスは言った。
誰かが「今夜も」と繰り返した。
みんなが繰り返した。
今夜も。
ルーカスは、知らせることにした。
何人かに、個別に。帰ることを。
礼奈には、すでに話していた。約束通りに、最後の夜に伝える、と言っていた。
香月には、もう知られていた。
篠田先生には話した。
その夜、偶然のように常連たちが何人か集まった夜があった。
佐野が来て、梶原が来て、高橋清子が来て(今日は一人で)、水月が来て、晴樹が来た。
全員に知らせているわけではなかった。でも、気配を感じ取っているのかもしれなかった。
ルーカスはその夜、いつものように迎えた。
一人一人に、その人に合ったものを作った。
佐野には海のカクテル。梶原にはバジリコ・スプリッツ。清子にはエルダーフラワー。水月にはシャンパン。晴樹には春のモクテル。
みんながカウンターとテーブルに分かれて、話していた。
知り合い同士が話し、初対面が話し、バラバラなようで、どこかでつながっていた。
ルーカスは一人一人の渇望を、静かに見た。
佐野——今夜の渇望は、安心。
梶原——音楽の話を誰かと。
清子——この場所の空気を、身体に入れたい。
水月——書き続けることの確認。
晴樹——ここが好きだという確認。
みんなそれぞれの渇望を抱えて、それぞれのグラスを持っていた。
深夜二時頃に、梶原がふと言った。
「なんか今夜、特別な夜な気がしますね」
「そうですか」とルーカスは言った。
「気のせいかな。でも、みんないる夜って、珍しいから」
「珍しいですね」
「ルーカスさん、何かありますか」
全員が少し静かになった。
ルーカスは少し考えてから、言った。
「今月末で、しばらくここを離れます」
静けさが、少し深くなった。
「離れる、とは」と佐野が言った。
「故郷に帰ります。帰れる可能性が出てきたので」
「それは……」
「店は続きます。高橋さん夫妻に任せます」
清子が少し驚いた顔をした後、「聞いていませんでしたよ」と言った。
「申し訳ありませんでした。今夜、皆さんに伝えようと思っていたので」
しばらく沈黙があった。
「……戻ってきますか」と晴樹が聞いた。
「分かりません」
「分からない、か」
「正直に言えば、そうです」
水月が言った。
「でも、帰ることが正しいんですよね、きっと」
「そう思います」
梶原が頷いた。
「ルーカスさんが正直な人だって分かってるので、分からないって言われると、分からないんだろうな、と思う」
「そうです。分からないまま、決断しました」
佐野が少し目を赤くして、「寂しいです」と言った。
「私も寂しいです」
清子が「でも、続きます、ここは」と言った。
「続きます。約束します」
「私たちは、また来ますよ」と梶原が言った。
「必ず来てください」
「必ず来ます」
誰かが「乾杯しましょう」と言った。
ルーカスは全員に、今夜のために作ったカクテルを出した。蜂蜜とスパークリングワイン。少し複雑で、甘くて、泡が立つもの。
「故郷の祝いの飲み物に近いものです」
グラスが重なった音が、地下のバーに響いた。
何個も、重なった。
「今夜も、よかった」とルーカスは言った。
誰かが「今夜も」と繰り返した。
みんなが繰り返した。
今夜も。
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