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第一章 聖女の仕事
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しおりを挟む「――ああ聖女様、こっちの腕が痛いんです。治せますでしょうか」
広くはない部屋に入るなり、理恩にそう訴えてきたのは、簡素な服を着た恰幅の良い中年女性だった。
王都にある大聖堂には多くの人が押しかけていた。
今日はアルゼノール王国にあるすべての教会の「奉仕の日」だ。
貧しい者には食べ物が配られ、病気や怪我に苦しむ者は無償で治癒魔法を受けることができる特別な日である。
普段であれば高い治療代を払わなければならない上級治癒魔法を無償で施術してもらえるとあって、遠くの町や村からわざわざ足を運んでくる王国民も多いのだときく。
その女性も、治癒魔法を受けるために近くの小さな村からやってきたという。
やっと順番が来たとばかりに意気揚々と入室してきた彼女は、椅子に腰掛けるなり左腕の袖を大きく捲ると、少し恥らうようにおずおずと患部を見せてきた。
婦人の左腕は、広範囲が赤黒く爛れていた。
「これは……火傷でしょうか」
「ええ、仕事中に熱湯をかぶっちまって。貴族様みてぇに魔力湯沸かし器があればこんなこともないんだろうが、庶民にはとても手が出ねえ。ちょっとぼんやりしていたら、手が滑っちまってね……」
痛みがひどくて何もできないのだと訴える女性の左腕に、理恩はそっと両手をかざした。
軽く目を閉じて、手のひらに意識を集中させる。
あたたかな気配が手のひらに満ち溢れてきて、それが女性の腕を包み込んでいくのがわかった。
青白い淡い光が完全に患部を覆う。やがて光がすっと音もなく消え去ると、彼女の腕にあったはずの赤い爛れはきれいさっぱりなくなっていた。
「まあ! まあ、なんてこと! 痛みも怪我の痕すら残らないなんて!」
患者の女性は興奮したように叫び、触ったり撫でたりして、何度も患部を確認している。
理恩はほっと胸を撫でおろした。どうやら、施術は成功したようだ。
「いかがでしょうか?」
「ええ、ええ。本当にすごいわ。腕利きの聖女さまに治療してもらえるなんて、今日の私はなんてついているんだろうね! 聖女様、どうもありがとうございます」
何度も頭を下げながら退室していく婦人を見送ると、すぐに次の患者がやってくる。
まだ寒い季節でもないのに、分厚い毛皮を身に纏った小柄な老人だ。
扉が閉められる直前、彼の背後にちらりと視線をやると、順番を待つ患者の姿がまだまだ続いていた。
大きな礼拝堂の側面にはいくつかの小部屋が並んでおり、理恩のほかにも治療師はいるはずなのだが、どこも長蛇の列をなしているようだった。
(まだ……あんなにたくさんの患者がいるのか)
慣れた作業でも、わずかばかり不安がこみ上げてくる。
そもそも、理恩は聖女じゃないのだ。
聖女用に特別に作られた上質な白い修道服を身に纏ってはいるけれど、見かけだけは聖女にそっくりなのかもしれないけれど、中身はただの治療師でしかない。
ため息を腹の底に押しやった。少し俯くだけで、頭に被った白い布の下から、長い黒髪がさらりとこぼれ落ちる。……ああ、うっとうしいったらない。
気を取り直して顔を上げると、すでに正面の椅子に腰を下ろしていた老人は呆けた様子でこちらを見つめている。
理恩は首を傾げた。傍に立つ助手役のシスターが「どうかしましたか?」と彼に訊ねる。
「いんや……あまりにお綺麗な黒いお髪だもんで、見惚れちまってなぁ」
心の声がそのまま口から漏れてしまったような返答に、理恩は思わず苦笑する。
高めの声をつくり、老人に向かい合った。
「この国では、黒い髪は珍しいようですね」
「やっぱりあんたが迷い人の聖女様かい。噂通り美しいお方だなぁ」
「今日はどうしてここに?」
「ああ、国境の森まで行っておったんだが、魔物に引っ掻かれてしまってな。いつまでも痛みが残って、そこらの治療師に頼んでみても、ちっとも治らん。王都には腕の良い治療師がいるってんで、こうしてやってきたのよ」
老人は言うと、毛皮を脱ぎ、その下に着ていた薄手の服を脱ぎ、枯れ木のような背中に刻まれた禍々しい傷を晒してみせた。
魔物の爪痕が残る傷口は今も深く抉れており、目を背けたくなるような有り様だ。
他の治療師に治癒できなかったものが、果たして自分に――聖女ほどの力を持たない理恩に治せるものだろうか?
傍に控えるシスターをちらりと見上げた。助手役のシスターに徹している上司、ベネッタの視線は、「あなたがやる以外にないでしょう」とでも言いたげだ。
……そう、やるしかないのだ。今日の聖女の仕事を――妹の仕事を肩代わりすると決めたのは、ほかでもない理恩自身なのだから。
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