半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)

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第四章 「19歳」

第3話 酔っ払いの所業

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「はあ、佑月がこんなに酒弱いなんて予想外だっての。お前、これから絶対外で飲酒すんなよ?!」
「心配しすぎだって~」
「いーいーかーら! とりあえず二十歳になるまでは絶対禁酒しろ? わかったら返事する!」
「ふぁーい」

 見慣れたアパートに横付けされたタクシーから、ふらふらと降りる。
 佑月がタクシーを振り返ると、車内に残る光一は疲れた様子でため息をついていた。

 またね、と佑月が大きく手を振ると同時にドアが閉まり、細い道をタクシーが去っていく。
 小さくなっていく車の姿をいつまでも見つめていたが、それも見えなくなったところでアパートに足を向けた。
 一年半ほど前まで暮らしていた場所。懐かしさを踏みしめるように、階段を踏み外さないように、ゆっくりと上っていく。引き出物の入った紙袋がずっしりと重かった。

 披露宴のあと、近くにあった店で光一と二次会をした。
 りくにも連絡を入れたが来られないとのことだったので、ふたりきりの二次会になった。
 光一とは思い出話や近況報告で盛り上がった。時間があっという間で、気付いたときにはもう外が薄暗かった。

 佑月は今日、生まれて初めて酒を飲んだけれど、光一は違ったらしい。
 彼は大学で既に何度か飲み会に参加していて、どうやら酒には強い体質のようだった。
 
 まだ飲酒をしたことがない、と打ち明けた佑月に、試してみるかと勧めてくれたのも光一だ。
 佑月は今まで酒の誘いは断ってきたが、二十歳になれば、これからは職場やプライベートで飲み会に誘われることも増えるかもしれない。

 そう思うといつまでも未経験というのも不安があった。
 同性で親友である光一となら、酔っても絶対に間違いは起こらない。互いにそう確信もあったので、今日は大人の階段を上ってみることにしたのだ。

 ――カクテル風の微アルコールはただただ美味しかった。
 ジュースみたいな味で、しばらくしたら身体がぽかぽかふわふわとしてきて、楽しくて。
 これならいくらでも飲めると思ったけれど、しかし佑月が三杯目を注文しようとしたところで、光一からストップをかけられてしまった。

 ――どうやら自分は、あまりアルコールに強い体質ではないようだ。
 たった二杯のお酒ですっかり酔っぱらってしまった佑月を心配してか、光一は佑月をわざわざアパートまで送ってくれた。
 彼はこれから駅に向かい、電車に乗って、実家に帰るらしい。
 一時期は電車やバスに乗れずにいた光一だったが、いつのまにかトラウマを克服したようで、今ではしょっちゅう公共交通機関を利用して出かけているという。

(みんな、前に進んでる。……僕はどうだろう?)

 社会人として働いて一人暮らしをしている佑月を、りくや光一は褒めてくれる。
 でもそんなことは当たり前のことで、誰でもやっていることで、自分にはそれくらいしか褒められるべき点がないともいえる。

 彼らみたいに、前進している部分が佑月にはないのだ。
 番解消の治療も終わらず、彼氏にはフラれ続け、社会人になったというのにひとりぼっちで、いつまでも同じ場所で足踏みをしている。
 
 鍵を開け、部屋に入る。久しぶりに帰ってきたアパートの部屋は静かだった。
 部屋の主である小苗は今夜は出張で留守にすると言っていた。泊まるくらいなら構わないと小苗に許可をもらっているので、佑月は気兼ねすることなく部屋に上がり込む。

 大きな紙袋をリビングのテーブルに置き、スーツを脱ぎながら脱衣所に向かう。シャワーを浴びてから、まだ時間は早かったが自室にある布団を引っ張り出してきて、そこに寝転んだ。
 目をつぶれば、瞼の裏に今日の光景が蘇る。――眩しすぎるほどの、幸せの光景。

 楽しかったのに、とても充実した一日だったのに、胸の奥にわずかに不安が舞い上がる。
 手探りでスマホに手を伸ばした。布団の上にうつ伏せになって、スマホを両手で操作して、フォルダを開ける。
 心の中にちらつく不安を蹴散らしたくて、幸福で満ちた一日を最後から順に時間をかけてさかのぼっていく。

 朝、式場の前で撮った光一との記念写真。――その次に画面に表示されたのは、異国の風景だった。

 ……数日前に、あいつから送られてきたばかりの写真だ。
 冠をかぶった大きな女性の像が、空に向かって右手を大きく掲げている。

 夏原との繋がりは不思議とまだ続いていて、たまにメッセージをやりとりをすることもある。
 佑月が一人暮らしを始めてからは、暇つぶしのようなやりとりは前よりも少しだけ増えたかもしれない。
 
 夏原は、大学からはまた別の国に移動したと言っていた。
 ……今、なにをしているんだろう。

 あいつのことなんてどうでもいいはずなのに、不意にそんなことを考えてしまったのは、酔いのせいなんだろうか。
 なんだか無性に人恋しくて、誰かの声を聞きたくなって、気付けばアプリの通話ボタンを押していた。
 
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