アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第14話 (平田視点)

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 今日は地区大会2日目、しかしシードの俺たちは今日が1回戦目だ。
 油断しているわけではないが、うちの高校は毎年地区大会は突破しているため1年生でさえそれほど緊張している様子は無い。みんな既にこの先にあるインターハイを見据えているのだ。
 しかし今日の1回戦目は俺にとって精神的負荷がかかる試合だ。相手は日山高校、弱小校だが俺にとっては因縁のある相手が所属するチームだ。

 正直言って、あいつが日山高校のバスケ部に入ったと知った時は気分が良かった。これからの試合で俺たちは勝ち進み栄光を手にして、あいつは弱小校として早々に負けるんだと思うと笑いが込み上げてくる。
 そんな相手とまさか直接戦えるなんて。今日はちょっとした復讐のチャンスだ。この手であいつをコテンパンに負かしてやる。
 散々持て囃されて俺を地獄に突き落としたあいつに圧倒的大差で敗北を突きつけることができたらどれほど気持ちいいだろうか。
 しかしそう思うと同時に、またあいつに関わるということ自体が恐ろしくもある。



◆◇◆◇



 俺は親の影響で幼い頃からバスケが好きだった。プロの試合もよく見に行っていたし、小学生になってすぐミニバスを始めて、中学ではもちろんバスケ部に入った。
 うちの中学はバスケ強豪校で監督も先輩も厳しく、練習がキツすぎるとか休みが無いとか文句を言うやつも多かったが、俺はそれでこそ強くなれる気がして嬉しかった。ボール拾いもモップがけも率先して行う。
 そんな俺を周りはクソ真面目と評価し一線を引く。

「なぁ、今度バスケ部1年で遊び行かね?」
「いいね!あ、あいつはどうする?」
「平田?あ~、あいつはいいよ」
「だよな。じゃあ平田にバレないようにみんなに声かけるわ」

 聞こえているが、どうでもいい。部活以外でもそうだ。俺はルール違反をすぐ先生に教えるし、バカ騒ぎには乗らないので昔から距離を取られてきた。もう慣れっこだし、自分が間違っているとは思わないから別に不満は無い。
 この時はそれでよかったのだ。


 2年に上がった頃、あいつが現れた。

「佐野 薫です。よろしくお願いします」

 柔らかそうな赤茶色の髪に、息を飲むほど整った造形の顔。きめ細やかな白い肌とスラリと長い手足に誰もが目を奪われた。
 そしてあいつが完璧なのは容姿だけでは無かった。頭が良く、教えたことはすぐに理解するしそれを実行できる運動センスもあり、その上冷静で判断力も優れている。
 キツい練習にも一切嫌な顔をせず真剣に取り組み、さらには仲間を気にかける優しさも兼ね備えている。しかし全てが優れた超人として振る舞うわけではなく、同級生とふざけ合ったり楽しい一面も見せるため、みんなすぐにあいつの虜になった。
 そして、それは俺も例外ではなかった。俺は元来の真面目な性格とバスケへの熱量から2年の中で一番恐れられる人物になっていた。影で1年たちが俺の悪口を言っているのを聞いたのは一度や二度では無い。
 しかしあいつだけはそういった陰口には一切加担せず、純粋に先輩として慕ってくれる。俺が怪我をした時には真っ先に駆けつけて心配してくれた。

「大丈夫ですか?保健室行きます?」
「いや、このくらいテーピングでなんとかなる」
「そうですか…無理しないでくださいね」

 あの栗色の瞳で見つめられたら正気ではいられない。
 その日からあいつのことが頭から離れなくなった。あいつともっと親しくなりたいし、もっと慕ってほしい。俺だけにあの綺麗な笑みを向けてほしい。
 家に帰っても自然とあいつが頭に浮かび、ぼーっと過ごす時間が増えた。
 自室でバスケに関するネットニュースを見ていると、ふと広告のいやらしい漫画が目に入った。普段なら記事の内容にしか興味が無いためこんな広告気にしたこともないが、もしあいつとこんなシチュエーションになったらと頭に浮かんでくる。
 そしてハッとした。こんなのおかしい。俺はゲイではない。恋愛なんてしたことは無いが、俺が好きになるのは女のはずだ。
 だって気持ち悪いじゃないか。俺は男として生きていて、トイレも着替えも男用に行く。バスケだってあんなに身体接触が多いんだ。そんな中に性的な欲望を向けるやついるなんて、きっと許されない。
 だからこれは何かの間違いだ。認めるわけにはいかない。

 それから俺はあいつへの当たりが強くなった。自分でも理不尽だと思うようなことで注意するし、あいつにばかり雑用を任せる。俺の欲望を否定するために、あいつ自身を否定しなければならないような気がしたのだ。
 しかしみんなに好かれるあいつにそんな態度を取る俺は、より周囲から嫌われるようになった。

「佐野いじめるとかまじでありえねー」
「嫉妬か?どんだけ性格悪いんだよ」

 それでもあいつは嫌な顔をせず俺を慕い続けてくれる。もうやめてくれ、おかしくなる。

 そうして学校中から嫌われる俺だが、他人にも自分にも厳しいその姿勢を監督だけは評価してくれた。そのため3年生引退後、俺は部長に選ばれた。
 それからは部長という責任感と、顧問が認め期待してくれているという喜びで少し心に余裕が生まれ、あいつだけに厳しく当たることは減った。全員に厳しいので全員から嫌われてはいるが。

 3年の最後の試合も終わり、受験勉強に切り替えなければならない時期が来た。俺は運良く元から狙っていた鳴宮高校の監督から声を掛けてもらえたため、そのままそこへ進学する予定だ。鳴宮高校はプロ選手も輩出する強豪校だ。これで高校でもバスケで高みを目指せる。

 引退して部活から離れたことと進路が決まったことで、俺のあいつへの想いはある程度綺麗なものにまとまってきていた。
 同性愛は珍しいものではないし、それを否定するなどあってはならないのだと授業で教わったのも理由の一つだ。
 同性愛が珍しくないという事実には酷く安心した。確かに、今年入ってきた1年の相澤 大輝あいざわ だいきもあいつにそういう想いを向けているんじゃないのか?

「佐野せんぱーい!俺ポカリいっぱい作ったんですよ!飲んでください!」

 こんな風に大声を出しながら駆け寄って、隙あらばあいつにベタベタくっついている。それをあいつも大和先輩の弟だからと良くしてやっている。思い出したらムカついてきた。

 卒業したらもういつ会えるかわからない。想いも告げずにあいつが別のやつに取られるなんて嫌だ。特に大輝。
 たとえフラれても、あいつなら俺を気持ち悪がったり言いふらしたりはしないんじゃないだろうか。俺たちだけの思い出として、あいつの中に刻まれればそれでいい。



 卒業が迫った頃、練習終わりのあいつを体育倉庫に呼び出した。今日は監督が会議のため練習が早く終わることは調査済みだ。

「平田先輩、どうしたんですか?急に話って」

 引退してからはたまに遠目に眺めるだけだったこいつをこんな近くで、しかも2人きりで見つめ合うなんて、それだけでもう心臓が爆発しそうだ。

「その…部活はどうだ?部長になったんだろ?」
「はい、なんとかやってますよ」
「俺、お前に厳しくしてただろ。悪かったな」
「いえ、先輩が指導してくださったおかげで色々身につきましたから」

 やっぱり佐野は優しい。この優しさのおかげで、俺は勇気が出た。

「俺、ずっとお前のことが好きだったんだ」
「え…」
「あ、気持ちを伝えたかっただけで、別に付き合いたいってわけじゃなくて…いや付き合えたら嬉しいけど」

 勇気を出したものの口に出すとやはり怖くなって変に早口で捲し立ててしまう。情けない。恐る恐る佐野を見ると、目を丸くしたまま俺を見つめている。
 その栗色の瞳に、そのまま吸い寄せられていく。そして佐野の頬に手を当て顔を近付ける。

「平田先輩…?」

 もうダメだ、自分の意思じゃ止められない。嫌なら突き放してくれ。そもそもこっちは告白してるんだ。そんな中で黙って見つめられたら、そりゃこうなるだろ。
 あと数センチで唇が合わさるというところで、ドンと胸を押されて距離が離れる。やっぱりそうか、そう上手くはいかないよな。
 一瞬で諦めと悲しみに心が覆われ、謝罪しようと顔を上げたその時、鈍い音が響いた。

「は?」

 佐野が自分の顔を自分で殴りつけている。目の前の光景が理解ができず脳がフリーズする。その間も佐野は右の頬、左の頬、さらには腹まで思い切り殴っている。
 勢いをつけて得点板に体当たりし、けたたましい音をたてて倒れこんだところでハッと我に返り体が動き出す。

「やめろ!何してんだ!」

 なおも暴れる佐野を押さえつけるため、馬乗りになり両手を強く掴む。
 その時、ガタガタと音を立てて背後の扉が開いた。

「何の音ですか?
……佐野先輩っ!」

 人が走ってくる気配がしたと思ったら、いきなり突き飛ばされ棚に体を打ち付ける。

「佐野先輩!大丈夫ですか!?」

 大輝が佐野に駆け寄り体を支えて起き上がらせ、怒りに満ちた表情で俺を睨みつける。

「佐野先輩を殴るなんて…」

 その一言でやっと状況を理解した。大輝は俺が佐野を殴ったと思っているのだ。しかし弁明する隙も無く、大輝は佐野を保健室へ連れて行ってしまう。

 それからあっという間に俺が佐野を殴ったという噂が広まった。俺が否定しても信じる者は誰もいない。人気者の佐野に傷がついて、嫌われ者の俺の言葉を聞いてくれる人など一人もいなかったのだ。
 父親にすら言い訳をするなと殴られ、家族で佐野のマンションを訪ね頭を下げる。学校中で俺は極悪人扱い。どこにも居場所は無かった。

 そんな中で佐野は、ただの喧嘩だと言って学校に対して俺を処分しないよう頼み込んだそうだ。学校としても、俺は既に進路が決まっているしこの時期からでは別の高校を目指すことはできないため、あまり大きな問題にはしたくないようだ。

 そのことでさらに周囲の佐野への評価は上がり、何の処分も受けない俺への憎悪が増した。

 卒業までの辛抱だと思っていたが、進学先でもその噂が囁かれていた。改めて佐野の人気っぷりを実感する。
 さすがに高校で事件の詳細を知っている人はいなかったが、俺は今も人格破綻者として扱われている。



◆◇◆◇



 試合会場につくと、既に多くの学校の選手が準備を進めていた。

「あ、あそこじゃね?日山高校」
「まじ?あいつは?殴られたやつ」

 そう言って盛り上がるチームメイトの視線の先に目をやると、物凄い警戒心をあらわに俺たちを睨みつける集団がいた。その中央にチラチラと赤茶色の髪が見える。
 人と人の隙間から見えるその人物は、こちらを睨む男達に何かを言った後、視線をこちらに向ける。
 そして俺と目が合い、コテンと首を傾けてにっこりと微笑み、口の動きだけで言葉を伝えてくる。

「お久しぶりです」

 あいつは人の皮を被った化け物だ。
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