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キータの誓い編
第19話 俺は、今日を絶対に忘れない
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× × ×
その日の夜。俺は、病院を訪れていた。
治療は施したものの、ジャンゴさんのパーティはみんな死の瀬戸際を彷徨うほどの深手を負っていた。だから、一晩だけは安静にしておけと、シロウさんが四人を説得したのだ。因みに、何故ここに来たのかと言えば、治療した身として、彼らのその後の容態が気になっていたから。……本当だよ?
回復スキルのお蔭で病院を訪れる患者が少ないからか、病室は基本一人一部屋だった。さっきまでは、三人の病室をそれぞれ周り具合は悪くないかと聞いていたのだが、誰一人として、「よくない」と答える者はいなかった。
そして、最後。ここは、あのヒトの病室だ。
「……やぁ、具合はどう?」
「あれれ、命の恩人さんじゃない。具合は大丈夫だよ」
病衣に身を包んではいるものの、彼女は至って健康そうであった。
「回復はしたんだけどね。キミのトコロの勇者さんが、一晩くらいは安静にしとけって」
「それがいいよ。あんなバケモンと戦ったんだから」
「戦っただなんて。私は、ジャンゴさんに助けられてただけだよ。ヒーラーなのに、回復なんて全然してあげられなかったもん」
そう呟く彼女は、どこか切ない。
「……私、ヒマリ。あなたは?」
「俺は、キータって言うんだ」
言うと、彼女は俺の名前を何度か呟いて、「覚えたよ」と笑った。
「ヒマリって、凄くいい名前だ」
「うふふ、アリガト。なんかね、私の遠いご先祖様の、好きだった花をもじったんだってさ。お母さんが言ってた」
「へぇ。随分歴史があるんだね。どんな花なんだろう」
「ひまわりっていう花なんだって。もう、とっくに絶滅しちゃったんだけどね」
そして、俺たちはいつの間にか、互いの事について話し合っていた。出身は全然違う遠い場所だけど、年齢は同じだという事。ジャンゴさんとは、最近出会ったという事。そして、前はギルドの受付として働いていたけど、カジノに一緒に来ていた彼女、ミレイの目的の為に旅をしているという事。
「私たち、彼女のお父さんとお母さんを捜してるんだ。幼馴染でね、何だか放っておけなくて。だから、冒険者になっちゃった」
「優しいんだね。でも、どうしてあのダンジョンに?」
「お金が無くてね。だから、ひと稼ぎしようって、私たちが提案したの。ジャンゴさんは止めようって言ったんだけど、シュニンくらいなら大丈夫だって思ってたからさ。……そしたら、あんな恐い思いしちゃった」
おどけているようだけど、酷く落ち込んでいるのが分かった。彼女の手は、僅かに震えている。
「あはは、悔しいなぁ。私、ちょっとは戦いに自信あったんだ。でも、なんにも出来なかった。キータたちが助けに来てくれくれなければ……。きっと、死んでた」
呟くと、ヒマリは膝に掛かっている布団を握って、唇を噛んだ。
「俺だって、同じだよ」
それを自分が呟いた事に気づいたのは、彼女が俺を見たからだ。
「そんな事ないよ。だって、キータは私たちの事、助けてくれたでしょ?」
違うんだと、首を振る。
「シロウさんとジャンゴさんの共闘を見て、分かったんだ。あれが、対等な仲間なんだって。本当の意味で、一緒に戦うって事なんだって。俺は今まで、死なないようにシロウさんに守られていてだけなんだって」
そして、同時に理解した。シロウさんがクロウに対して熱くなったのは、自分と対等以上の実力を持っていると、ちゃんと認めていたからなんじゃないかって。……それが、本当に。
「……悔しい。悔しいんだ……。悔しくて、仕方がない……っ!俺は……っ」
強く、歯を噛む。ギリと軋む音が聞こえて、口の中に血の味が広がっても、堪える方法がそれしか分からない。
「俺は、シロウさんの隣で戦いたい。あの人に助けられるんじゃなくて、適合者だからここにいるんじゃなくて……!才能なんて、無いのは分かってる。強さなんて、すぐ手に入るモノじゃない事だって分かってる!でも……ッ!」
いつの間にか、ヒマリは俺の手を握っていた。だから、最後まで言葉にすることが出来たんだ。
「俺は、あの人に追い付きたい。シロウさんと、一緒に戦いたいんだ」
言うと、彼女は笑いながら、一筋だけ涙を流した。
「私たち、本当にそっくりだね」
「あぁ。本当に、そっくりだ」
「……頑張ろう、キータ。今度は、私たちが彼らを守ってあげられるように」
「……誓うよ。俺は、今日を絶対に忘れない」
俺も、泣いていたんだと思う。でも、同時に笑っていたんだとも思う。何故なら、彼女はきっと、俺を映している鏡だから。
だから、この思いを消さないように、俺は強く、彼女の手を握って離さなかった。
× × ×
「世話んなったな、シロウ」
「気にすんじゃねえよ。また、どっかで会おうぜ」
「おう。少年少女諸君も、元気でな。今度は、俺が助けに行くよ」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いします」
彼らが退院して、八人で酒を飲んだ翌日。俺たちは途中の分かれ道で、別々の方向へ旅立つ事になった。
シロウさんは、あのダンジョンの奥底で、カチョーの『ラクモウ』というアイテムを発見したのだ。それは、悪魔幹部同士が世界征服の進捗状況を報告し合う為に使っていた、互いの住むダンジョンを記した、大まかな地図だった。
「そんじゃな」
「あぁ」
彼らは、それだけを言うと踵を返して、それぞれの先頭を歩いて行った。立ち止まっていたみんなも、各々で別れの挨拶を交わすと、リーダーの後を追って歩を進める。
「……キータ」
「どうしたの?」
ヒマリに呼ばれ、足を止める。そして、彼女を見ると、その手には緑色のクリスタルを持っていた。
「これさ、私のホットラインクリスタル。キータに、持ってて欲しいんだ」
「いいの?」
「いいの。一緒に、頑張ろうね」
彼女の言葉は、本当に元気が出る。
「……ありがとう。必ず、連絡するよ」
「待ってるよ。それじゃ、またね」
言って、ヒマリは足を早めてパーティに合流し、一度だけ振り返ると、小さく手を振った。
「俺、頑張るよ」
次に会った時は、お互いに胸を張って話が出来るように。そう信じて手を振って、俺は三人の後を追いかけた。
―――――――――――――――――――――――――――――
TIPS
ホーリーランス:純銀の槍に、ユグドラシルの果実の力を込めた退魔の宝具。一点突破の破壊力に優れており、貫通力は他の宝具と比べても随一である。
約220センチメートルの全長で、銀杏穂。穂部(刃の部分)は60センチとやや大きく、通常の槍とは一線を画す形をしている。
特徴は、逆輪(穂を止める部位)から柄の半分程までに、流れるように垂れている青いバンテージ。これは意図した装飾ではなく、柄に網目状に巻き付けた布の余剰部分を切り取るのを、アオヤがめんどくさがったせいで残っているだけである。しかし、その偶然の産物を彼は気に入っていて、これからも切り取る予定はない。
その日の夜。俺は、病院を訪れていた。
治療は施したものの、ジャンゴさんのパーティはみんな死の瀬戸際を彷徨うほどの深手を負っていた。だから、一晩だけは安静にしておけと、シロウさんが四人を説得したのだ。因みに、何故ここに来たのかと言えば、治療した身として、彼らのその後の容態が気になっていたから。……本当だよ?
回復スキルのお蔭で病院を訪れる患者が少ないからか、病室は基本一人一部屋だった。さっきまでは、三人の病室をそれぞれ周り具合は悪くないかと聞いていたのだが、誰一人として、「よくない」と答える者はいなかった。
そして、最後。ここは、あのヒトの病室だ。
「……やぁ、具合はどう?」
「あれれ、命の恩人さんじゃない。具合は大丈夫だよ」
病衣に身を包んではいるものの、彼女は至って健康そうであった。
「回復はしたんだけどね。キミのトコロの勇者さんが、一晩くらいは安静にしとけって」
「それがいいよ。あんなバケモンと戦ったんだから」
「戦っただなんて。私は、ジャンゴさんに助けられてただけだよ。ヒーラーなのに、回復なんて全然してあげられなかったもん」
そう呟く彼女は、どこか切ない。
「……私、ヒマリ。あなたは?」
「俺は、キータって言うんだ」
言うと、彼女は俺の名前を何度か呟いて、「覚えたよ」と笑った。
「ヒマリって、凄くいい名前だ」
「うふふ、アリガト。なんかね、私の遠いご先祖様の、好きだった花をもじったんだってさ。お母さんが言ってた」
「へぇ。随分歴史があるんだね。どんな花なんだろう」
「ひまわりっていう花なんだって。もう、とっくに絶滅しちゃったんだけどね」
そして、俺たちはいつの間にか、互いの事について話し合っていた。出身は全然違う遠い場所だけど、年齢は同じだという事。ジャンゴさんとは、最近出会ったという事。そして、前はギルドの受付として働いていたけど、カジノに一緒に来ていた彼女、ミレイの目的の為に旅をしているという事。
「私たち、彼女のお父さんとお母さんを捜してるんだ。幼馴染でね、何だか放っておけなくて。だから、冒険者になっちゃった」
「優しいんだね。でも、どうしてあのダンジョンに?」
「お金が無くてね。だから、ひと稼ぎしようって、私たちが提案したの。ジャンゴさんは止めようって言ったんだけど、シュニンくらいなら大丈夫だって思ってたからさ。……そしたら、あんな恐い思いしちゃった」
おどけているようだけど、酷く落ち込んでいるのが分かった。彼女の手は、僅かに震えている。
「あはは、悔しいなぁ。私、ちょっとは戦いに自信あったんだ。でも、なんにも出来なかった。キータたちが助けに来てくれくれなければ……。きっと、死んでた」
呟くと、ヒマリは膝に掛かっている布団を握って、唇を噛んだ。
「俺だって、同じだよ」
それを自分が呟いた事に気づいたのは、彼女が俺を見たからだ。
「そんな事ないよ。だって、キータは私たちの事、助けてくれたでしょ?」
違うんだと、首を振る。
「シロウさんとジャンゴさんの共闘を見て、分かったんだ。あれが、対等な仲間なんだって。本当の意味で、一緒に戦うって事なんだって。俺は今まで、死なないようにシロウさんに守られていてだけなんだって」
そして、同時に理解した。シロウさんがクロウに対して熱くなったのは、自分と対等以上の実力を持っていると、ちゃんと認めていたからなんじゃないかって。……それが、本当に。
「……悔しい。悔しいんだ……。悔しくて、仕方がない……っ!俺は……っ」
強く、歯を噛む。ギリと軋む音が聞こえて、口の中に血の味が広がっても、堪える方法がそれしか分からない。
「俺は、シロウさんの隣で戦いたい。あの人に助けられるんじゃなくて、適合者だからここにいるんじゃなくて……!才能なんて、無いのは分かってる。強さなんて、すぐ手に入るモノじゃない事だって分かってる!でも……ッ!」
いつの間にか、ヒマリは俺の手を握っていた。だから、最後まで言葉にすることが出来たんだ。
「俺は、あの人に追い付きたい。シロウさんと、一緒に戦いたいんだ」
言うと、彼女は笑いながら、一筋だけ涙を流した。
「私たち、本当にそっくりだね」
「あぁ。本当に、そっくりだ」
「……頑張ろう、キータ。今度は、私たちが彼らを守ってあげられるように」
「……誓うよ。俺は、今日を絶対に忘れない」
俺も、泣いていたんだと思う。でも、同時に笑っていたんだとも思う。何故なら、彼女はきっと、俺を映している鏡だから。
だから、この思いを消さないように、俺は強く、彼女の手を握って離さなかった。
× × ×
「世話んなったな、シロウ」
「気にすんじゃねえよ。また、どっかで会おうぜ」
「おう。少年少女諸君も、元気でな。今度は、俺が助けに行くよ」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いします」
彼らが退院して、八人で酒を飲んだ翌日。俺たちは途中の分かれ道で、別々の方向へ旅立つ事になった。
シロウさんは、あのダンジョンの奥底で、カチョーの『ラクモウ』というアイテムを発見したのだ。それは、悪魔幹部同士が世界征服の進捗状況を報告し合う為に使っていた、互いの住むダンジョンを記した、大まかな地図だった。
「そんじゃな」
「あぁ」
彼らは、それだけを言うと踵を返して、それぞれの先頭を歩いて行った。立ち止まっていたみんなも、各々で別れの挨拶を交わすと、リーダーの後を追って歩を進める。
「……キータ」
「どうしたの?」
ヒマリに呼ばれ、足を止める。そして、彼女を見ると、その手には緑色のクリスタルを持っていた。
「これさ、私のホットラインクリスタル。キータに、持ってて欲しいんだ」
「いいの?」
「いいの。一緒に、頑張ろうね」
彼女の言葉は、本当に元気が出る。
「……ありがとう。必ず、連絡するよ」
「待ってるよ。それじゃ、またね」
言って、ヒマリは足を早めてパーティに合流し、一度だけ振り返ると、小さく手を振った。
「俺、頑張るよ」
次に会った時は、お互いに胸を張って話が出来るように。そう信じて手を振って、俺は三人の後を追いかけた。
―――――――――――――――――――――――――――――
TIPS
ホーリーランス:純銀の槍に、ユグドラシルの果実の力を込めた退魔の宝具。一点突破の破壊力に優れており、貫通力は他の宝具と比べても随一である。
約220センチメートルの全長で、銀杏穂。穂部(刃の部分)は60センチとやや大きく、通常の槍とは一線を画す形をしている。
特徴は、逆輪(穂を止める部位)から柄の半分程までに、流れるように垂れている青いバンテージ。これは意図した装飾ではなく、柄に網目状に巻き付けた布の余剰部分を切り取るのを、アオヤがめんどくさがったせいで残っているだけである。しかし、その偶然の産物を彼は気に入っていて、これからも切り取る予定はない。
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