追放した回復術師が、ハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た。

夏目くちびる

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勇者不在のレコンキスタ編

第29話 シロウ、死す

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 × × ×


 アオヤ君が奥義を取得した事で、戦闘は更に効率化されていった。しかし、それは最初から技を発動して敵を蹴散らすというわけではなく、最後には勝てるという保険のお蔭で、より大胆に戦うことが出来るようになった、という意味だ。スキルの使用は、むしろ抑えていると言っていい。
 そもそも、あれらは闇雲にぶっ放して当たるモノではない上に、一度発動すれば、モモコちゃんは体力を、アオヤ君は宝具を失ってしまう。継戦能力の一切ない力をなんの打算もなく見せびらかすのは、あまり得策ではない。


「キータも、段々と戦略家っぽくなってきたな」


 シロウさんがそう言ってくれたのは、ラクモウに記されているここらの地方のダンジョンを制覇した時だった。相変わらず、俺にはホーリーボゥの声は聞こえないけど、前のように劣等感は感じない。その理由を考えて、何よりも嬉しくなるのはみんなに内緒の話だ。


 そんなある日、トゥスクという街の酒場でこれからの予定を考えていると、どこかからこんな話が聞こえてきた。


「……最近は、北の森の付近で人攫いが頻発しているみたいだ」
「聞いたよ、現場調査に向かった冒険者も、大勢行方不明になってるみたいだな」
「どんどん近づいてきてる。……この前なんて、ウチの隣の家の息子さんが消えたんだよ」
「本当かよ。あの子、まだ15歳だろ?」
「あぁ。初めての冒険者稼業だったってのに、気の毒だよ。両親は、葬式は挙げずに帰ってくるのを待ってるんだ。もう、二週間にもなるってのにな」
「その話、詳しく聞かせてくれねえか?」


 いたたまれなくなったようで、シロウさんは席を立つと、話をしていた男二人の元へ歩み寄った。


「あ、あぁ。あんたは?」
「勇者のシロウだ。よろしくな」


 ……事の発端は、くだんの神隠しが頻発している森の更に北にある、メルベンという街が悪魔に滅ぼされた事だったという。


「メルベンの跡地を調査しに行った冒険者たちが、いつまで経っても戻らなくてな。それが、最初の神隠しだったんだ」


 そして、その冒険者を探す為に派遣された冒険者も消え、更に探しに出た冒険者も消えた。そんな不可解な事件が重なるうちに、いつの間にかギルドが提示する報酬は莫大な金額となっていったようだ。


「でも、それに釣られた腕利きの冒険者たちも、やっぱり戻らなかったんだ。そんな事を繰り返してるうちに、いつの間にかギルトがその仕事を撤廃してな。最近になるまでは闇に葬られたんだと、みんなが思ってた」
「だが、気がつけばその神隠しは、北の森にまで迫ってたってことか?」
「その通りだ。関係ないかもしれないけど、あんな事があったから、俺たちはどうしてもメルベンの事件に紐付けて考えてしまう。だから、みんな不安になってるんだよ」
「それで、この街は人が少ねえのか」
「勘のいい商人なんかは、既に亡命したなんて話もちらほら聞くようになってる。神隠しのネタが分かったときには、自分が拐われてたんじゃ冗談にならないからな」
「なるほど、ありがとうな」


 言って、シロウさんは二人に強く頷くと、踵を返した。いつもの、優しい笑顔だ


「ちょっと待て。あんた、まさか……」
「任せろ」


 それだけを言って、俺達のところへ帰ってきた。


「明日は、北の森に行く。ひょっとするとやべえ戦いになるかもしれないから、今日はここで解散だ。ちゃんと寝るんだぞ」


 そして、彼は若者二人の頭を撫でてから店を出ていった。


「……なんか、今のシロウさん、凄く怖かったですね」


 モモコちゃんの言葉に、アオヤ君も頷いた。


「若者が不幸に合うなんて、あの人が一番嫌う話だからね」


 それに、何故か嫌な予感がする。今までとは違う、謎の不気味さと言えばいいだろうか。底なし沼に足を突っ込んだら、きっとこんな気持ちになるというか。とにかく、脇の下に汗が滲むような、そんな予感だ。


「装備を整えて、明日に備えよう。多分、ギリギリ店は開いてるはずだよ」
「そうっすね。僕も、セカンダリを装備しようと思ってたのでちょうどいいです」
「私も、何か買ってみようかなぁ」


 そして、俺たちの夜は更けていった。


 翌日、北門に集合してから、ホットドックを齧りながら森へと向かった。お散歩感覚でいるのは、緊張してたら実力を発揮できないというアオヤ君の提案があったからだ。


「だって、シロウさん怖いんですもん」
「悪い悪い。それにしても、これうまいな。いくらだった?」
「三人で出し合ったんでいいっすよ。その代わり、今日の夜は豪華なのを奢ってくださいね」
「よしきた。それじゃあ、何がいいか考えておいてくれよな」


 言って、俺たちはシロウさんを先頭に森の中へ入っていった。


 森の中は、形容し難い匂いが充満していた。惹き付けられるような妖しい甘美な香りで、嗅いでいると頭の中がぼんやりしてくる。
 いつの間にか、振り返っても入口は見当たらず、上を向いても木が鬱蒼うっそうとしていて、しげる葉のせいで空が見えない。真昼にも関わらず、真夜中よりも不気味だ。
 そして、木々の中には、俺が知らない物もある。これは、一体何の木なのだろう。少なくとも、植木屋時代には見たことも聞いたことも無かった。


「……ここ、さっきも来たみたいですね」
「そうみてえだなぁ。参った、こりゃいよいよやべえぞ」


 真っ直ぐ歩いてきた筈なのに、木にはバツ印が刻まれている。もう、右も左も分からなかった。

「ちょっと、登って上から見てみますね」
「頼むわ」


 言って、木に足を掛けると、俺は上を目指した。
 ……その時だった。昨晩からあった、悪い予感が的中した。そう確信したのは。


 高さを知る為に下を見ると、正体不明の何かの目が、俺を見上げていたのだ。


「シロウさんッ!したァ!」


 瞬間、彼はそれぞれの手でアオヤ君とモモコちゃんを掴み、木の太い幹へ投げ飛ばした。そして、すぐにホーリーセイバーを背中の鞘から引き抜いたが、その時にはもう、全てが遅かった。


 脳みそが、事実を認める事を拒否したのだろう。微笑むシロウさんと目が合った時、心臓の音だけが聞こえて、本気で時間が止まったんじゃないかって、そう思った。


「心配すんな」


 地面が盛り上がると、10メートルは有ろうかという超巨大なワームの頭が現れて、さっきまで三人が腰掛けていた岩ごと、ブラックホールのようにシロウさんの体を丸飲みにした。そして、喉を鳴らして頭を三度地面に叩きつけると、そいつは鼓膜が破れそうな程の雄たけびを空へ放った。


「やめ……っ」


 すぐにホーリーボゥを構えて矢を射出する。矢は、巨大ワームの目に突き刺さったが、ヤツがそれだけで止まる訳もなく、大きな目玉をぎょろりと動かした後に、出てきた穴を戻って行った。後には、真っ暗で底の見えない絶望があるだけだ。
 岩盤を突き崩すような音が、反響している。しかし、俺たちはそこから一歩も動くことが出来ず、ただ木の上で音が遠ざかっていくのを聞いている事しか出来なかった。
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