追放した回復術師が、ハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た。

夏目くちびる

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勇者不在のレコンキスタ編

第30話 神隠しの正体

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 ようやく意識を取り戻したのは、地響きが完全に鳴り止んでからだった。二人も事態を把握したのか、地面に降りて顔を見合わせると、小刻みに震えながら口を開いた。


「う、嘘ですよね」
「いや……、いやだよ……」
「……二人とも、落ち着いて」
「だって、シロウさんだよ?こんな簡単に死ぬわけないっていうか」
「おいていかないで……」
「落ちついてよ」
「そ、そりゃそうだよ。シロウさんが死ぬわけなんて……っ!」
「いやぁ……っ!」
「落ち着け!」


 言っても、俺の声は届いていない。苦し紛れか、彼らは、宝具を握りしめている。しかし、思考を纏められないようで、膝をつくと小さく「嘘だ」と何度も呟いた。


「き、キータさん。俺たち、どうすれば……」


 聞かれた瞬間、俺は二人を抱きしめた。


「落ち着いて、大丈夫だから」


 そして離れると、泣きそうなアオヤ君とモモコちゃんの頬に、手を当てて真っ直ぐに顔を見つめる。初めて悪魔幹部と戦った時、シロウさんはこうして俺の震えを止めてくれたんだ。


「まずは、この森から出るのが先決だよ。迷ってたら、いつまたあの巨大ワームが現れるかわからない」
「だって、シロウさんが……」
「考えるのは後だ。俺たちがここで死んだら、誰が世界を救うのさ」


 本当は、今すぐにでも倒れそうだった。でも、彼らを見ていると、俺が何とかしなければならないと言う責任感か湧いてきて、少しだけ冷静でいられたんだ。
 だから視界を動かして、何か出来ないかと考えていると、ふと、穴の横の草むらに、シロウさんの鞄が置いてあるのを見つけた。もしかしたら、中に何かヒントになるモノがあるかもしれない。


「力を、貸してください……っ」


 言いながら、鞄の中を必死で探る。生活用品は宿屋に置いてきたからか、中身はポーションや薬草などのアイテムと丈夫なロープ、彼の家族とホットラインクリスタルが数個。そして、一冊のノートブックだけだ。
 藁にも縋る思いでノートの中を捲ると、そこには俺たちのデータや、今までに戦った敵の弱点。そして、昨晩に調べたであろうこの森に関する情報が記されていた。


 読んでみると、この森は嘗ての国境に沿って引かれているようだ。しかし、トゥスクからメルベンに抜けるくらいなら、こんなに迷ってしまうほど深い場所ではない。それなら、何故?


 考えて目線を動かすと、二人が持つ宝具の周りだけ、妙に空気が澄んでいるように見えた。……そう言えば、どうしてあんなにデカいワームの接近に直前まで気が付かなかったんだ?普段のシロウさんなら、そんな事あり得ない。


 ……ダメだ、この甘い匂いが考える事を邪魔する。甘い匂いが。


「この木は、一体なんなんだ?」


 ほとんど、やけくそだった。一度弓にセットした矢を、その見た事の無い大きな木に突き立てたのは。すると、どういう訳か木は大きく抉れて。まるで、悪魔幹部が宝具の攻撃を受けた時のような傷がついたのだ。


「……この木、悪魔だ」
「まさか。だって、どう見てもただの木ですよ」
「でも、今のを見たでしょ?それに、傷から強い匂いがする」
「……匂い?匂いってなんですか?」
「この甘い匂いだよ。森に入った時から、ずっとあるじゃないか」


 しかし、二人は怯えた顔のまま首を傾げた。みんな、気が付いていなかったのか?もしかして、この匂いのせいで、無意識に惑わされていたのか?


 ……だとすれば。


「アオヤ君、セイクリッドストライクだ。空間に、隙間を開けよう」
「ど、どういう」
「今説明しても、きっと理解出来ない。そうすれば助かるって事だけを信じて」


 言うと、彼は何が何やら分からないと言った様子のまま、ホーリーランスを構えて力強く投擲した。槍は、直進を邪魔する木々を貫いて突き進み、空気を弾く轟雷のような音が聞こえた時には、さっきまでは影も無かった、森の向こうにある高い崖に突き刺さっていた。太陽を反射した光が、ここまで見えている。


「ノートの情報通りだ。さぁ、流れ込んでくる前に行こう」


 ホーリーランスを目印に走ると、あれだけ長く迷っていたにも関わらず、十分とかからずに森を抜けることが出来た。やっぱりそうだ。あの木が、みんなを惑わしていたんだ。
 だから、アオヤ君の奥義で森中に充満している匂いを消し去った。方向感覚が狂わなかったのは、そのおかげだ。


「よく、気が付きましたね」
「植木屋時代、草花を採取するときに間違えて毒に触れる事もあったからね。みんなより、少しだけ耐性があったんだと思う」


 息を切らしてその場に座り込むと、匂いが消えたお蔭でようやくまともに事態を考える事が出来た。しかし、それは同時に、シロウさんが居ないという事実を受け止めてしまう事をも意味していた。


「ひっ……、シロウさん……っ」


 モモコちゃんは、涙を流してアオヤ君に縋りついた。今は、そっとしておこう。


「……崖を登って、周りを見てくるよ。二人は、ここを動かないでね」


 そう言って、鞄の中から毒消し草を取り出して齧ると、二人にもそれを渡して崖を登った。


「俺が、守ってあげないと」


 奮い立たせるために、自分を何度も言い聞かせる。それに、シロウさんは「心配するな」と言っていた。だから、大丈夫だ。絶対に、絶対に……。


 そんな事を考えて、頂上から辺りを見渡すした時。本当の絶望はここからだって、思い知る事になったんだ。


「冗談、だろ?」


 それは、メルベンの跡地に聳え立つ、巨大なダンジョンの入口だった。そして、何より俺を驚かせたのは、デビルシュニンが人間に鞭を撃ち、強制的に労働をさせていた事だ。


「これが、神隠しの正体だったのか……」
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