33 / 71
勇者不在のレコンキスタ編
第30話 神隠しの正体
しおりを挟む
ようやく意識を取り戻したのは、地響きが完全に鳴り止んでからだった。二人も事態を把握したのか、地面に降りて顔を見合わせると、小刻みに震えながら口を開いた。
「う、嘘ですよね」
「いや……、いやだよ……」
「……二人とも、落ち着いて」
「だって、シロウさんだよ?こんな簡単に死ぬわけないっていうか」
「おいていかないで……」
「落ちついてよ」
「そ、そりゃそうだよ。シロウさんが死ぬわけなんて……っ!」
「いやぁ……っ!」
「落ち着け!」
言っても、俺の声は届いていない。苦し紛れか、彼らは、宝具を握りしめている。しかし、思考を纏められないようで、膝をつくと小さく「嘘だ」と何度も呟いた。
「き、キータさん。俺たち、どうすれば……」
聞かれた瞬間、俺は二人を抱きしめた。
「落ち着いて、大丈夫だから」
そして離れると、泣きそうなアオヤ君とモモコちゃんの頬に、手を当てて真っ直ぐに顔を見つめる。初めて悪魔幹部と戦った時、シロウさんはこうして俺の震えを止めてくれたんだ。
「まずは、この森から出るのが先決だよ。迷ってたら、いつまたあの巨大ワームが現れるかわからない」
「だって、シロウさんが……」
「考えるのは後だ。俺たちがここで死んだら、誰が世界を救うのさ」
本当は、今すぐにでも倒れそうだった。でも、彼らを見ていると、俺が何とかしなければならないと言う責任感か湧いてきて、少しだけ冷静でいられたんだ。
だから視界を動かして、何か出来ないかと考えていると、ふと、穴の横の草むらに、シロウさんの鞄が置いてあるのを見つけた。もしかしたら、中に何かヒントになるモノがあるかもしれない。
「力を、貸してください……っ」
言いながら、鞄の中を必死で探る。生活用品は宿屋に置いてきたからか、中身はポーションや薬草などのアイテムと丈夫なロープ、彼の家族とホットラインクリスタルが数個。そして、一冊のノートブックだけだ。
藁にも縋る思いでノートの中を捲ると、そこには俺たちのデータや、今までに戦った敵の弱点。そして、昨晩に調べたであろうこの森に関する情報が記されていた。
読んでみると、この森は嘗ての国境に沿って引かれているようだ。しかし、トゥスクからメルベンに抜けるくらいなら、こんなに迷ってしまうほど深い場所ではない。それなら、何故?
考えて目線を動かすと、二人が持つ宝具の周りだけ、妙に空気が澄んでいるように見えた。……そう言えば、どうしてあんなにデカいワームの接近に直前まで気が付かなかったんだ?普段のシロウさんなら、そんな事あり得ない。
……ダメだ、この甘い匂いが考える事を邪魔する。甘い匂いが。
「この木は、一体なんなんだ?」
ほとんど、やけくそだった。一度弓にセットした矢を、その見た事の無い大きな木に突き立てたのは。すると、どういう訳か木は大きく抉れて。まるで、悪魔幹部が宝具の攻撃を受けた時のような傷がついたのだ。
「……この木、悪魔だ」
「まさか。だって、どう見てもただの木ですよ」
「でも、今のを見たでしょ?それに、傷から強い匂いがする」
「……匂い?匂いってなんですか?」
「この甘い匂いだよ。森に入った時から、ずっとあるじゃないか」
しかし、二人は怯えた顔のまま首を傾げた。みんな、気が付いていなかったのか?もしかして、この匂いのせいで、無意識に惑わされていたのか?
……だとすれば。
「アオヤ君、セイクリッドストライクだ。空間に、隙間を開けよう」
「ど、どういう」
「今説明しても、きっと理解出来ない。そうすれば助かるって事だけを信じて」
言うと、彼は何が何やら分からないと言った様子のまま、ホーリーランスを構えて力強く投擲した。槍は、直進を邪魔する木々を貫いて突き進み、空気を弾く轟雷のような音が聞こえた時には、さっきまでは影も無かった、森の向こうにある高い崖に突き刺さっていた。太陽を反射した光が、ここまで見えている。
「ノートの情報通りだ。さぁ、流れ込んでくる前に行こう」
ホーリーランスを目印に走ると、あれだけ長く迷っていたにも関わらず、十分とかからずに森を抜けることが出来た。やっぱりそうだ。あの木が、みんなを惑わしていたんだ。
だから、アオヤ君の奥義で森中に充満している匂いを消し去った。方向感覚が狂わなかったのは、そのおかげだ。
「よく、気が付きましたね」
「植木屋時代、草花を採取するときに間違えて毒に触れる事もあったからね。みんなより、少しだけ耐性があったんだと思う」
息を切らしてその場に座り込むと、匂いが消えたお蔭でようやくまともに事態を考える事が出来た。しかし、それは同時に、シロウさんが居ないという事実を受け止めてしまう事をも意味していた。
「ひっ……、シロウさん……っ」
モモコちゃんは、涙を流してアオヤ君に縋りついた。今は、そっとしておこう。
「……崖を登って、周りを見てくるよ。二人は、ここを動かないでね」
そう言って、鞄の中から毒消し草を取り出して齧ると、二人にもそれを渡して崖を登った。
「俺が、守ってあげないと」
奮い立たせるために、自分を何度も言い聞かせる。それに、シロウさんは「心配するな」と言っていた。だから、大丈夫だ。絶対に、絶対に……。
そんな事を考えて、頂上から辺りを見渡すした時。本当の絶望はここからだって、思い知る事になったんだ。
「冗談、だろ?」
それは、メルベンの跡地に聳え立つ、巨大なダンジョンの入口だった。そして、何より俺を驚かせたのは、デビルシュニンが人間に鞭を撃ち、強制的に労働をさせていた事だ。
「これが、神隠しの正体だったのか……」
「う、嘘ですよね」
「いや……、いやだよ……」
「……二人とも、落ち着いて」
「だって、シロウさんだよ?こんな簡単に死ぬわけないっていうか」
「おいていかないで……」
「落ちついてよ」
「そ、そりゃそうだよ。シロウさんが死ぬわけなんて……っ!」
「いやぁ……っ!」
「落ち着け!」
言っても、俺の声は届いていない。苦し紛れか、彼らは、宝具を握りしめている。しかし、思考を纏められないようで、膝をつくと小さく「嘘だ」と何度も呟いた。
「き、キータさん。俺たち、どうすれば……」
聞かれた瞬間、俺は二人を抱きしめた。
「落ち着いて、大丈夫だから」
そして離れると、泣きそうなアオヤ君とモモコちゃんの頬に、手を当てて真っ直ぐに顔を見つめる。初めて悪魔幹部と戦った時、シロウさんはこうして俺の震えを止めてくれたんだ。
「まずは、この森から出るのが先決だよ。迷ってたら、いつまたあの巨大ワームが現れるかわからない」
「だって、シロウさんが……」
「考えるのは後だ。俺たちがここで死んだら、誰が世界を救うのさ」
本当は、今すぐにでも倒れそうだった。でも、彼らを見ていると、俺が何とかしなければならないと言う責任感か湧いてきて、少しだけ冷静でいられたんだ。
だから視界を動かして、何か出来ないかと考えていると、ふと、穴の横の草むらに、シロウさんの鞄が置いてあるのを見つけた。もしかしたら、中に何かヒントになるモノがあるかもしれない。
「力を、貸してください……っ」
言いながら、鞄の中を必死で探る。生活用品は宿屋に置いてきたからか、中身はポーションや薬草などのアイテムと丈夫なロープ、彼の家族とホットラインクリスタルが数個。そして、一冊のノートブックだけだ。
藁にも縋る思いでノートの中を捲ると、そこには俺たちのデータや、今までに戦った敵の弱点。そして、昨晩に調べたであろうこの森に関する情報が記されていた。
読んでみると、この森は嘗ての国境に沿って引かれているようだ。しかし、トゥスクからメルベンに抜けるくらいなら、こんなに迷ってしまうほど深い場所ではない。それなら、何故?
考えて目線を動かすと、二人が持つ宝具の周りだけ、妙に空気が澄んでいるように見えた。……そう言えば、どうしてあんなにデカいワームの接近に直前まで気が付かなかったんだ?普段のシロウさんなら、そんな事あり得ない。
……ダメだ、この甘い匂いが考える事を邪魔する。甘い匂いが。
「この木は、一体なんなんだ?」
ほとんど、やけくそだった。一度弓にセットした矢を、その見た事の無い大きな木に突き立てたのは。すると、どういう訳か木は大きく抉れて。まるで、悪魔幹部が宝具の攻撃を受けた時のような傷がついたのだ。
「……この木、悪魔だ」
「まさか。だって、どう見てもただの木ですよ」
「でも、今のを見たでしょ?それに、傷から強い匂いがする」
「……匂い?匂いってなんですか?」
「この甘い匂いだよ。森に入った時から、ずっとあるじゃないか」
しかし、二人は怯えた顔のまま首を傾げた。みんな、気が付いていなかったのか?もしかして、この匂いのせいで、無意識に惑わされていたのか?
……だとすれば。
「アオヤ君、セイクリッドストライクだ。空間に、隙間を開けよう」
「ど、どういう」
「今説明しても、きっと理解出来ない。そうすれば助かるって事だけを信じて」
言うと、彼は何が何やら分からないと言った様子のまま、ホーリーランスを構えて力強く投擲した。槍は、直進を邪魔する木々を貫いて突き進み、空気を弾く轟雷のような音が聞こえた時には、さっきまでは影も無かった、森の向こうにある高い崖に突き刺さっていた。太陽を反射した光が、ここまで見えている。
「ノートの情報通りだ。さぁ、流れ込んでくる前に行こう」
ホーリーランスを目印に走ると、あれだけ長く迷っていたにも関わらず、十分とかからずに森を抜けることが出来た。やっぱりそうだ。あの木が、みんなを惑わしていたんだ。
だから、アオヤ君の奥義で森中に充満している匂いを消し去った。方向感覚が狂わなかったのは、そのおかげだ。
「よく、気が付きましたね」
「植木屋時代、草花を採取するときに間違えて毒に触れる事もあったからね。みんなより、少しだけ耐性があったんだと思う」
息を切らしてその場に座り込むと、匂いが消えたお蔭でようやくまともに事態を考える事が出来た。しかし、それは同時に、シロウさんが居ないという事実を受け止めてしまう事をも意味していた。
「ひっ……、シロウさん……っ」
モモコちゃんは、涙を流してアオヤ君に縋りついた。今は、そっとしておこう。
「……崖を登って、周りを見てくるよ。二人は、ここを動かないでね」
そう言って、鞄の中から毒消し草を取り出して齧ると、二人にもそれを渡して崖を登った。
「俺が、守ってあげないと」
奮い立たせるために、自分を何度も言い聞かせる。それに、シロウさんは「心配するな」と言っていた。だから、大丈夫だ。絶対に、絶対に……。
そんな事を考えて、頂上から辺りを見渡すした時。本当の絶望はここからだって、思い知る事になったんだ。
「冗談、だろ?」
それは、メルベンの跡地に聳え立つ、巨大なダンジョンの入口だった。そして、何より俺を驚かせたのは、デビルシュニンが人間に鞭を撃ち、強制的に労働をさせていた事だ。
「これが、神隠しの正体だったのか……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる