追放した回復術師が、ハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た。

夏目くちびる

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幕間

番外編 拝啓、あの時の私とキータへ①(ヒマリ視点)

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 × × ×


 青くて大きな三日月が、私たちを見下ろしている。それを恨むように見上げていたジャンゴさんは、おもむにさっきまで戦っていた信徒たちに目線を降ろすと、僅かにうめき声をあげた一人の顔面に拳を叩き込んで静かに息を吐いた。


「大丈夫か?少年少女諸君」
「うるせえ、俺は少年じゃねえって言ってんだろ。親父」
「はっはっは!ビビるなよ、ソル。お前は、ヒマリとミレイを信じて前を見ておくんだぞ。安心しろ。危険になったら、最初に死ぬのは父ちゃんだ」
「……縁起でもないこと言うなよ」


 二人のやり取りが、何だかいつもよりぎこちなく感じた。でも、それって当たり前だ。だって、これが旅の終わりだからと言って、今までの全てが報われるかどうかは分からないんだから。


 船を降りてからの緊張感は、私の感覚をずっと麻痺させている。心臓は、潰れちゃいそうなくらいに痛くて。足の震えは、どれだけ空気を吞み込んでも治まらなかった。でも、隣で誰よりも早く戦う決心をしたミレイを見ると、少しだけ勇気を分けて貰えた気がして。だから、あの日キータと誓った想いを握りしめるように、相棒である白いクリスナイフを掴んだ。


「ミレイ、ありがと」


 呟くと、彼女も自分の武器である、刺の付いた鉄球のフレイルを両手に持って私の前に立った。鎖は、少しだけ揺れていた。


「よし、行こうか」
「はい、ジャンゴさん」


 返事をして、不気味な場所へと足を踏み入れる。ここは、ナロピア最北端に位置する島の街セラリア。通称は、忘れられた場所。
 セラリアの地下は、消えない炎に包まれている。その理由は、今から百年前にシャインたちが行った占領作戦だ。
 シャインに攻め入られたこの街の住人は、地下に籠って籠城作戦を行った。しかし、作戦の指揮を執っていた悪魔幹部が街に火を放ったことで事態は急変。枯れた井戸の底から、地下に溜まっていた化石燃料に火が燃え移ってしまったのだ。その結果、地下はあっという間に燃え盛り、海底にまで続く油脈を伝って街全体を焼き焦がす、未曽有の大災害となり果てた。
 当然、立てこもっていた人間はみんな死んでしまった。その上、火事は留まる事を知らず、拠点にしようとしていたシャインたちですら手を付けられない状況となってしまい、今では誰も近づく事の無いゴーストタウンとなった。……ハズだった。


 ミレイの両親がここにいるという話を聞いたのは、とある占い師からだ。


――古代魔法の研究者たちが、とある場所に集められているという話を聞きました。ひょっとすると、あなたのご両親はその者たちに囚われているのかもしれません。


 彼の言う通り、ミレイの両親は、現代ではスキルと呼称される技術の歴史を紐解く、魔法考古学者だった。そして、疑いが確信に変わったのはここに来る前に訪れたヘイアンという街のギルドで依頼されていた、『娘を取り戻してほしい』という仕事を見つけた時だ。攫われた娘というのが、ミレイの両親と同じく魔法考古学者であり、そして消えた時期も一致していたのだ。


 だから、私たちはここに来た。この、酷く歪んだ赤い地面の、死霊が住まうこの街に。


「こいつが、デムルトゥール・レナトゥス教団の紋章だな。うえ、相当趣味が悪いぞ」


 ジャンゴさんは、地面に血で描かれた『歯が心臓を嚙み砕いているようなマーク』を見て眉間に皺を寄せた。デムルトゥールは、何千年も前に存在していたと言われている邪神の事だ。もちろん、この世界に超常的な神が居たという歴史は残されていないから、その時代に存在していた現人神あらひとがみか教祖を表しているんだと思う。
 そして、デムルトゥール・レナトゥス教団は、その邪神を復活させるために活動している邪教徒の集まりだ。復活の為にはこの街の消えない炎と、失われた古代魔法の力が必要であるという事が、上陸してから捉えた教徒より明かされている。だから、奴らは魔法考古学者を選んで攫っていたんだろう。


 いずれにせよ、何とかしなくてはならない。ミレイの為にも、世界の為にも。


「しかし、不自然なくらいに静かね。囚われた人たちは、一体どこにいるのかしら」
「恐らく、あそこじゃねぇでしょうか」


 ソルが指差したのは、丘の上に見える教会だ。周辺には干上がった池の跡が塹壕のように周囲を囲っていて、その向こうには広い墓場が見える。


「おあつらえ向きね。ジャンゴさん、私とソルで先導するから、ヒマリをお願い」
「了解。ヒマリ、頼むぜ」


 言われ、私は少しだけナイフを上げると、ジャンゴさんのやや後ろに陣取って出来るだけパーティを俯瞰視点でみられるように構えた。すると、どこから現れたのか空には巨大な黒い鳥が飛んでいて、温度のない目でこっちを見下ろしている。あれは、ロック鳥だったっけ。恐らく、教団の門番的な役割なのだろう。


「引きずり落としましょう。ソル、ミレイ」
「……了解。行きますぜ」
「分かったわ。スキル、ウェルグラヴィ!」


 先手必勝!ミレイがフレイルを振って唱えた瞬間、ロック鳥を縛る重力が反転し、地面に向かって羽ばたいて勢いよく激突した!レベル4のスキルは、伊達じゃない!


「ソル、翼を傷つけて!次に飛び立たれたら、もう落とせないかも!」
「もう、飛ばねえですよ。スキル、エアグレイズ!!」


 落ちた体に駆け寄ったソルは、空気を剣先の四角い剣でアスタリスクの形に斬りつけ、最後の一撃の勢いのままに中心を蹴り飛ばす。すると、斬撃は形を伴ったままロック鳥の翼に放たれて、剣圧でもぎ取るように翼を切り裂いた!


「今です、ジャンゴさん!スキル、ライブレイブ!」
「よしキタァ!!ウォォラァッ!!」


 予想外のダメージを受けて藻掻くその頭蓋に、ジャンゴさんは正面からラブリュスの重たい一撃を叩き込む。筋力にモノを言わせた攻撃は、クチバシを割って地面まで突き抜けた!


「ここで畳みかける!Eラッシュだよ!」


 そして、私たちはあいつを囲い込んで、一斉に属性の付いた攻撃系のスキルで集中砲火をお見舞いした。燃えて、凍って、痺れて侵されて。一度に四つのエネルギーを受けた事で、体内の細胞組織は免疫と排熱によるオーバーフローで結合崩壊を起こす。これが、才能の無い私が考え出した最良の戦術だ。


 やがて、ロック鳥は動くことをやめて、グズグズと崩れるように突っ伏すと、静かに息をする事をやめた。


「上手くいったな。今夜は、フライドチキンだ」
「下らねえ事言ってんなよ、親父。それで、ヒマリさん。この後は?」
「ダメージも無いし、このまま教会に向かった方がいいと思うんだ」
「同感ね。騒ぎに気付いているハズだから、早くしないと連中に逃げられるかもしれないわ」


 意見も固まったところで、私たちは急いで教会へ向かって丘を登っていく。しかし、その中腹に至った時、突然空が激しく光ったかと思うと教会の屋根の上にある十字架に黒い稲妻が降り注いだ。


「い、今のは?」


 その問いに答えるように、教会の中からは耳をつんざくような悲鳴が聞こえてくる。


 グジュリ……。


 そして、教会の扉が開かれたかと思うと、出てきたのは逃げまどう人間たちだった。けど、私がそれでも動けなかったのは、その後ろから壁を破壊して現れたナニカを見てしまったからだ。


 グジュリ……。


「アアァァァアアアァ!!アァァァァッ!」


 それは、いくつもの頭と手を持つのに足は無く、酷く膨れ上がって血まみれで、唸るような低く甲高い赤ちゃんの泣き声を叫ぶ、歩く度に手を潰しては再生を繰り返す、ただれたグロテスクな臓物のような生物だった。生物と言ったのは、それがドクドクと鼓動し、血を流しながら動いているからというだけの理由だ。


「嘘、でしょ?」


 グジュリ……。手が潰れて出来た血だまりには、肉片と蛭のようなうごめく無数の蟲。体から離れたからか、すぐに弾けて消えていく。それがあまりにも気味悪く、見ていると背中に悪寒が走った。
 私は、目の前のそれが現実に存在している事を受け入れられなくて、跪づいて必死に吐き気と涙を堪える事しか出来ない。だって、あんなのこの世にあっていいモノじゃない。


「グロすぎる。多分、あれが例のデムルトゥールだろうな」
「……ヒマリさん、ミレイさん。行けますか?」


 二人は、私たちの前に立って武器を構えた。


 あれが、怖くないの?あんな、あり得ない……。


「わ、わたし……」
「行けます」


 そう言って、ミレイは私の肩を叩いた。


「……い、行くわよ、ヒマリ。あんたが居ないと、勝てないんだから。ここまで来たら、最後まで付き合いなさいよ。約束、でしょ?」


 顔を上げると、そこには私と同じように泣き出しそうなミレイの顔があった。よく見ると、膝は震えて落ちかけて、立っているのがやっとの様子だ。


 でもこの顔、前にも見たような。


――いくらヒマリでも、付き合わなくていいわ。だって、死ぬかもしれないのよ?
――そんな事言わないでよ。親友でしょ?


 ……そうだ。旅に出た日も、ミレイはこうして怯えていたんだ。だけど、それでも頑張ってる姿を見捨てられなくて。ただお父さんとお母さんを助けるって、それだけを目指す姿がやけに眩しくて。


 私は、そんなミレイが大好きだから、ここにいるんだ。


「……やります。ソル、ジャンゴさん。方法を考えるので、少しだけ時間を下さい」


 すると、彼らは大きく息を吸い込んで。


「よしキタァ!任せろ!ソル、男ォ魅せるぞ!」
「上等ォッ!」


 叫んで武器を構えると、その不気味な敵、デムルトゥールの元へと駆けて行ったのだ。
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