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慰めの墓標編
第58話 ハッピーバースデー(シロウの過去)
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別に、怒りはなかった。だから、ほとんど脊髄反射だったんだと思う。胸を突き抜けて、俺の目の前にまで刃が迫ったから、思わず剣を取ってその向こう側のヤツをぶった斬ってしまったんだ。
「……けっ。だから、早く死ねって、いつも、言ってたのに、よぉ」
それは、いつも俺を迎えに来る男だった。
……そうか。最後まで残ってるってことは、こいつが魔物を連れてきてたんだろうな。勇者に不意打ちカマせるほど強かったなんて、知らなかったぜ。
「……へへっ。人を、殺しちまった」
それも、俺が唯一、会話をしたことのあるヤツを。
生ぬるい血は、ゆっくりと剣を伝って手に落ちる。やがて、ポタポタと裸足のつま先に落ちて、なんとも言えない罪悪感に苛まれた。
魔物も同じ命なのに、どうしてこんなに気分が悪いんだろうか。それとも、こいつだからか?全然、わからねぇ。
「……4番さん。私たちを、タワリに連れていって」
黙る俺にそういったのは、俺と同じ年の頃の、眼光の鋭い、黒く短い髪の痩せこけた女だった。押せば、簡単に死んじまいそうだ。
「そこまで、寿命が持つかはわからねぇぞ。どれだけ遠い場所にあるかもしらねぇのに」
「いいの。みんな、青い空を見てみたいって。ずっと、そう言ってたから」
言われ、俺はいつも迎えに来ていた男から剣を引き抜き、グリントの体を抱えると出口へ向かう。
「ねぇ、それをどうするの?邪魔だよ?」
「それじゃねぇ、グリントだ。俺が、初めて見た人間だ」
「だったら、なによ」
「……埋葬、してやるんだ」
「埋葬って、なに?」
「人を、埋めてやることだってよ。かっぱらってきた本で読んだんだ」
まぁ、ちゃんと読めてるのかはわからねぇけど。多分、そんな意味だと思う。
「どうして埋めるの?」
「さぁな、知らねぇ」
そして、俺は辿り着いた墓場に、グリントの体を石の近くに埋めて、ヤツが持っていた剣でそこに文字を掘った。しかし、どうしてだろうか。この剣は、今までに持ったどんな武器よりも、俺の手に馴染んだ。
「……行こう、4番さん」
「もう、4番じゃねえよ」
立ち上がって、その剣を地面に突き刺す。すると、剣は溶けてなくなった。これが、外の世界の剣なのだろうか。それも、よく分からない。
「俺は、シロウだ」
名前は、きっと人として生きるために必要なモノだ。だから、俺はグリントの呟いたその言葉を、俺の名前にすることに決めたんだ。
× × ×
「グリントは、俺をここに縛る鎖をあっさりと断ち切っちまいやがった。俺が何年も、ずっと一人で抱えてたモンを、たった一瞬でな。だから、憧れちまったんだよ」
その気持ちだけは、痛いくらいに分かる。だって、あなたが俺に、同じ事をしてくれたから。
「……ここに来るなって言ったのは、王様なんだ。多分、この街で起きたことは、すべて無かったことにしてぇんだろう。エンゼルプレグも、グリントの死も」
言って、最後に祈りを捧げて、踵を返すと墓場の外へ向かって歩き出す。
「タワリに着いたのは、結局俺たち3人だけだった。他のヤツは全員、老衰で死んじまった」
その時、シロウさんは何かを握った。もしかすると、それは彼らの命だったのかもしれない。
「どうして、王様は隠したがってるんでしょうか」
「……俺から見りゃ、確かにそいつはテロリストだ。だが、世界から見放されたクズの掃き溜めのこの場所を滅ぼそうとしたそいつは、果たして世界から見たときに、本当に犯罪者なのか?」
誰も、答える事ができない。
「シャインを殺して回っている俺たちと、やってる事は変わらなかったんじゃねぇか?だとしたら、それは誰かにとっての正しい正義なんじゃねえのかって。そういう風に、思っちまうんだよ。王様も、きっと悩んでるんだと思う」
あの日、シロウさんは「そんなに敵の事を知りたいのか?」と、俺に言った。きっと、これがあの言葉の真相だ。
だから、俺に確認をしたんだ。知らないままで戦うのか、知った上で戦えるのかを。
俺は、後者を選んだ。シロウさんとは、違う道だ。
「だから、せめて生き残った俺たちだけでも、人として生きようと思ってな。リラと結婚して、メリサを子供に迎えて。最後まで、一緒に暮らすことにしたんだ。まぁ、俺だけが長生きしちまってるけどよ」
二人の頭を両手で撫でてから、俺に向かって笑う。
「話は、これで終わりだ。なげぇこと聞いてもらって、悪かった」
しかし、誰も口を開く事ができなかった。歩いて、濡れた地面に残る足音だけが、微かに辺りに響いている。
だから、俺はこの日、初めて口を開いた。きっと、二人が聞きたくても聞けなかった疑問が、残っていると思ったからだ。
「最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして、シロウさんはすぐに自分が死ぬって、分かるんですか?」
すると、立ち止まって、少しの間を置いてから答えたんだ。
「リラとメリサの、声が聞こえるんだ」
「……らしくない、根拠ですね」
「だろ?でも、確かに聞こえるんだよ」
そして、シロウさんは誤魔化すように。
「明日は、地獄に行くんだ。体、しっかり休めておくんだぞ」
呟いて、再び歩き出した。いつものように、まるで俺たちから離れるように。いつ死んでも、いいように。最後の姿を、誰にも見られないように、クリスタルだけを残して。
……でも、そんなことは絶対に許さない。
「シロウさん。一緒にご飯、食べに行きましょうよ」
言って、無理やり隣に立つ。
「そうですよ。一人にならないでください」
「というか、この街に飯屋ってあるっすか?僕たち、誰も知らないっすよ」
二人も追いついて、シロウさんを囲むように歩いた。
「……そうだな。じゃあ、行こうか」
いつの間にか、霧が晴れている。雲間から差し込む光は、ウェイストを斬り裂き、やがて影を散らした。
俺はその景色を見て、優しい天使が降りてきたんじゃないかって。本気でそう思った。
「……けっ。だから、早く死ねって、いつも、言ってたのに、よぉ」
それは、いつも俺を迎えに来る男だった。
……そうか。最後まで残ってるってことは、こいつが魔物を連れてきてたんだろうな。勇者に不意打ちカマせるほど強かったなんて、知らなかったぜ。
「……へへっ。人を、殺しちまった」
それも、俺が唯一、会話をしたことのあるヤツを。
生ぬるい血は、ゆっくりと剣を伝って手に落ちる。やがて、ポタポタと裸足のつま先に落ちて、なんとも言えない罪悪感に苛まれた。
魔物も同じ命なのに、どうしてこんなに気分が悪いんだろうか。それとも、こいつだからか?全然、わからねぇ。
「……4番さん。私たちを、タワリに連れていって」
黙る俺にそういったのは、俺と同じ年の頃の、眼光の鋭い、黒く短い髪の痩せこけた女だった。押せば、簡単に死んじまいそうだ。
「そこまで、寿命が持つかはわからねぇぞ。どれだけ遠い場所にあるかもしらねぇのに」
「いいの。みんな、青い空を見てみたいって。ずっと、そう言ってたから」
言われ、俺はいつも迎えに来ていた男から剣を引き抜き、グリントの体を抱えると出口へ向かう。
「ねぇ、それをどうするの?邪魔だよ?」
「それじゃねぇ、グリントだ。俺が、初めて見た人間だ」
「だったら、なによ」
「……埋葬、してやるんだ」
「埋葬って、なに?」
「人を、埋めてやることだってよ。かっぱらってきた本で読んだんだ」
まぁ、ちゃんと読めてるのかはわからねぇけど。多分、そんな意味だと思う。
「どうして埋めるの?」
「さぁな、知らねぇ」
そして、俺は辿り着いた墓場に、グリントの体を石の近くに埋めて、ヤツが持っていた剣でそこに文字を掘った。しかし、どうしてだろうか。この剣は、今までに持ったどんな武器よりも、俺の手に馴染んだ。
「……行こう、4番さん」
「もう、4番じゃねえよ」
立ち上がって、その剣を地面に突き刺す。すると、剣は溶けてなくなった。これが、外の世界の剣なのだろうか。それも、よく分からない。
「俺は、シロウだ」
名前は、きっと人として生きるために必要なモノだ。だから、俺はグリントの呟いたその言葉を、俺の名前にすることに決めたんだ。
× × ×
「グリントは、俺をここに縛る鎖をあっさりと断ち切っちまいやがった。俺が何年も、ずっと一人で抱えてたモンを、たった一瞬でな。だから、憧れちまったんだよ」
その気持ちだけは、痛いくらいに分かる。だって、あなたが俺に、同じ事をしてくれたから。
「……ここに来るなって言ったのは、王様なんだ。多分、この街で起きたことは、すべて無かったことにしてぇんだろう。エンゼルプレグも、グリントの死も」
言って、最後に祈りを捧げて、踵を返すと墓場の外へ向かって歩き出す。
「タワリに着いたのは、結局俺たち3人だけだった。他のヤツは全員、老衰で死んじまった」
その時、シロウさんは何かを握った。もしかすると、それは彼らの命だったのかもしれない。
「どうして、王様は隠したがってるんでしょうか」
「……俺から見りゃ、確かにそいつはテロリストだ。だが、世界から見放されたクズの掃き溜めのこの場所を滅ぼそうとしたそいつは、果たして世界から見たときに、本当に犯罪者なのか?」
誰も、答える事ができない。
「シャインを殺して回っている俺たちと、やってる事は変わらなかったんじゃねぇか?だとしたら、それは誰かにとっての正しい正義なんじゃねえのかって。そういう風に、思っちまうんだよ。王様も、きっと悩んでるんだと思う」
あの日、シロウさんは「そんなに敵の事を知りたいのか?」と、俺に言った。きっと、これがあの言葉の真相だ。
だから、俺に確認をしたんだ。知らないままで戦うのか、知った上で戦えるのかを。
俺は、後者を選んだ。シロウさんとは、違う道だ。
「だから、せめて生き残った俺たちだけでも、人として生きようと思ってな。リラと結婚して、メリサを子供に迎えて。最後まで、一緒に暮らすことにしたんだ。まぁ、俺だけが長生きしちまってるけどよ」
二人の頭を両手で撫でてから、俺に向かって笑う。
「話は、これで終わりだ。なげぇこと聞いてもらって、悪かった」
しかし、誰も口を開く事ができなかった。歩いて、濡れた地面に残る足音だけが、微かに辺りに響いている。
だから、俺はこの日、初めて口を開いた。きっと、二人が聞きたくても聞けなかった疑問が、残っていると思ったからだ。
「最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして、シロウさんはすぐに自分が死ぬって、分かるんですか?」
すると、立ち止まって、少しの間を置いてから答えたんだ。
「リラとメリサの、声が聞こえるんだ」
「……らしくない、根拠ですね」
「だろ?でも、確かに聞こえるんだよ」
そして、シロウさんは誤魔化すように。
「明日は、地獄に行くんだ。体、しっかり休めておくんだぞ」
呟いて、再び歩き出した。いつものように、まるで俺たちから離れるように。いつ死んでも、いいように。最後の姿を、誰にも見られないように、クリスタルだけを残して。
……でも、そんなことは絶対に許さない。
「シロウさん。一緒にご飯、食べに行きましょうよ」
言って、無理やり隣に立つ。
「そうですよ。一人にならないでください」
「というか、この街に飯屋ってあるっすか?僕たち、誰も知らないっすよ」
二人も追いついて、シロウさんを囲むように歩いた。
「……そうだな。じゃあ、行こうか」
いつの間にか、霧が晴れている。雲間から差し込む光は、ウェイストを斬り裂き、やがて影を散らした。
俺はその景色を見て、優しい天使が降りてきたんじゃないかって。本気でそう思った。
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