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第1章--3話--
世界の続きで、君と
しおりを挟むキスのあと、俺たちはしばらく黙っていた。
何か言おうとしても、喉が詰まったみたいで。
でも、静かなその時間も、なぜか心地よかった。
君の髪から、ふわっとシャンプーの匂いがして、
冬の風の冷たさすら、少しやわらかくなった気がした。
「……やっぱ、世界終わった方がよかったかも」
「は? なんでだよ」
「こんなにドキドキするなら、一回全部リセットしたい」
「それ、俺の前で言う?」
「うそうそ。リセットなんかしなくていい。てか……もうちょっと、こうしてていい?」
「……ん」
俺は答える代わりに、腕に力を込めた。
君の体温が、俺の中に少しずつ染み込んでくる。
⸻
次の日から、学校で会う君は、ちょっとだけ違った。
いつもは静かに窓際にいたのに、
ふと目が合うと、にこって笑ってくれる。
たぶん、誰にも気づかれないくらい、ささやかな変化。
でも、俺にはちゃんとわかる。
君の笑顔が、俺だけに向けられてること。
「最近、楽しそうじゃん」
「は? そうか?」
「顔がゆるんでる。好きバレしすぎ」
友達に言われて、慌てて口元を引き締めた。
でもダメだった。
だって、昼休みに君からきたメッセージが、まだスマホに残ってる。
【きょう、いつもより会いたいかも】
それだけの文章で、俺の心臓は跳ね上がる。
ほんと、あいつはずるい。
⸻
放課後。今日も俺たちは屋上にいた。
「なんか、世界が終わってほしい気持ち、ちょっとわかるかも」
「おい、やめろ。また始まんのか、そういうの」
「だってさ、こうして君と一緒にいられる時間が、
ずっと止まればいいのにって思う」
「止まんなくていい。むしろ、もっと進んでほしい」
「……進んだら、終わっちゃうこともあるよ?」
「それでもいい。怖くても、君と一緒に未来にいきたい」
君はしばらく黙ってたけど、やがてゆっくり、俺の手を握った。
「そっか……じゃあ、進んでみようか。怖くても」
小さな手。だけど、ちゃんと握り返してくれるその強さが、
俺をもっと前に押してくれる。
⸻
季節は少しずつ進んで、受験とか進路の話が教室でも聞こえるようになった。
俺はたぶん、近くの大学行って、実家から通う。
君は……まだ決まってないって言ってた。
「夢とか、ないの?」
「あるよ。だけど、それが正解かどうか、まだわからないだけ」
「教えてよ。俺、君の夢、知りたい」
「……言ったら、笑う?」
「笑わねーよ」
「じゃあ……絵本、描きたいの。
子ども向けのやつじゃなくて、
大人が読んで泣いちゃうような、静かで優しい話」
「それ、絶対いい。君っぽいし」
「……嬉しい。ありがとう」
そう言って君は、俺の教科書の余白に、ちっちゃなうさぎを描いた。
「これは?」
「物語の主人公。いつか、本当に描いてみたい」
そのうさぎが、どこか君に似ていて、俺はそっとページを閉じた。
「俺さ、その本、一番に読むから」
「じゃあ……一番にありがとうって言う」
⸻
そして、卒業式の日。
まだ寒いのに、桜のつぼみがほんのり色づいてた。
「ねえ、第二ボタンちょうだい」
「え、そういうキャラだっけ?」
「ちがうけど。欲しいの。記念に」
「……そっちが言うの、ちょっと反則」
「え?」
「こっちからあげたかったのに。
最後まで、君には敵わねぇな」
俺は制服のボタンを外して、君の手に渡した。
「ありがとう。……これ、絶対捨てない」
「てか、付き合ってください。正式に」
「え、今?」
「今。卒業式のあとって、告白のゴールデンタイムだろ?」
「ふふっ、そうだね。じゃあ……よろしくお願いします」
⸻
こうして、世界はやっぱり終わらなかった。
君と出会って、恋をして、未来を選んで。
俺たちは少しずつ、進んでいく。
あの屋上の風も、あのフェンスの冷たさも、全部忘れない。
だって、世界が“始まった日”を、
俺は一生忘れたくないから。
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