今日、世界が終わるって君が言うから

𝒩

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第1章--4話--

始まった春

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春の風は、少しだけあたたかくて、でもまだ不安みたいに揺れていた。

新学期。俺は大学のガイダンスを終えて、慣れないキャンパスをふらふら歩いてた。
スマホを取り出すと、通知がひとつ。

【今日、会える?】

たったそれだけの言葉。だけど、俺の足取りは一気に軽くなる。

返事を送って、駅前のカフェに向かう途中。
ふと、桜の下で誰かが写真を撮ってるのが見えた。
高校の卒業式のときも、こんな風に咲いてたっけ。
でも、あの日よりも花びらは色濃くて、俺の心臓はちょっとだけ早足になる。

──カフェの角を曲がると、先に着いてた君がベンチに座ってた。
春の陽射しに照らされたその横顔は、相変わらず綺麗で、俺の中の「好き」はさらに積み重なる。

「お待たせ」

「ううん、今来たとこ」

その言葉、毎回お決まりなのに、俺はなぜか少し照れてしまう。

「……どうだった? 大学」

「うーん、まだ全然慣れない。てか広すぎて、5回迷った」

「ふふ、らしい」

「君は? 進路決まった?」

「……まだ、ちゃんとは。でも、こないだ出版社の説明会に行ったんだ」

「え、マジ? 行動早っ」

「うん、絵本描きたいって夢、ちゃんと形にしたくて」

君の声は、ちょっと緊張してた。でも、その瞳はまっすぐだった。

「応援する。むしろ、なんか手伝えることあったら言って?」

「じゃあ……また、モデルお願いするかも」

「お? 俺がウサギにされるやつ?」

「そう。ちょっとニヤけた顔の、優しいウサギ」

「照れるな、それ」

笑い合ったあと、少しだけ沈黙が落ちた。でも、それは居心地のいい静けさだった。

「……なんか、不思議だよね」

「何が?」

「高校のとき、あんなに“終わる”のが怖かったのに、
今は、“始まる”のもそんなに怖くない」

「うん。たぶん、それって……君がいるからだと思う」

「……うん。私も、そう思う」



日曜日。俺は君の家に呼ばれた。

玄関を開けた瞬間、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐった。

「なんか焼いてる?」

「クッキー。うまくできてるかわかんないけど……一応、おやつに」

「彼氏に手作りクッキーとは、やるな?」

「うるさい。試作品だから」

照れながらエプロンの裾を直す君を見て、
俺の中で「かわいい」って単語が100回くらい跳ね回ってた。

「てか、部屋見てもいい?」

「……え? いや、まだ片付け……あ、もう上がってるし!」

君の部屋は、予想通りだった。
優しい色合いのクッション。窓際に置かれた絵の具。
机の上には、小さなスケッチブックと、あのときのうさぎがいた。

「これ……まだ描いてたんだ」

「うん。たまに、ひとりで冒険させてる」

「へぇ。今、どんな旅してるの?」

「……まだ、君に会いに行く途中」

その一言が、胸の奥にじんと沁みた。

「じゃあ、ちゃんとゴールしてもらわなきゃな」

「うん。でも、そのゴールは“終わり”じゃなくて……“続き”ってことにする」

「それ、めっちゃいい。なんか、俺たちにも似てるな」



夜になって、君を送るつもりが、なぜか逆に俺が長居していた。

「そろそろ、帰んなきゃでしょ」

「……もうちょい、ここにいちゃダメ?」

「……うん。いいよ」

ソファに並んで座って、テレビもつけずに、ただ手をつないだ。

「明日も会える?」

「当たり前でしょ」

「その“当たり前”が、ほんとは一番大事なんだよな」

「うん……ほんとにね」

カーテンの隙間から、街の灯りが差し込んでくる。
俺たちの影が、壁にやわらかく重なってた。

「……好きだよ」

「うん、知ってる。でも、もう一回言って」

「好きだ」

「私も、好き」

この言葉の繰り返しに、飽きなんてこない。
だって、言えば言うほど、もっと君が大切になるから。



春はちゃんと来て、少しずつ大人になる日々が始まった。

俺たちはまだ不安もあるし、未来のことは全部はわからない。
でも、それでも。

君と一緒に歩く今日が、すでに特別だから。

“世界が終わらなかった夜”の、その続きを、
俺たちは今、ちゃんと生きてる。

そしてたぶん、これからも。
どんな季節も、どんな風も、君となら怖くない。

だって俺の世界は、もうとっくに──

君に出会った日から、始まってたから。


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