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シルバ・アリウム、剣聖と成る

二十四話

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 「あー……どうやら時間切れのようです、ミオ」

 「え?時間切れ?」


 影から感じる魔力反応、その特徴的な黒い布を纏って彼は私達の目の前に顕現した。


 「――――」


 あ、ヤバい、これすんっっごい、怒ってる。

 いつもなら口うるさく小言を並べるが、開口一番それもなく黙って私を見据えている。
 確かに何も言わず部屋から出たのは申し訳ないと思っているが、そんなに怒る程の事なのだろうか。


 「……ヒース?」

 「ひ、ヒース様ッッ!?す、すす、すみませんッ!?
  ちゃんと連れ戻そうとここまで来たんですがっ、少し話し込んでしまって……
  その、えぇと、す、すみませんでしたッ!!」

 「―――ミオさん、シルバを見つけてくださりありがとうございました、
  本当に感謝しております、今後も何かあれば助けて頂ければ幸いです」

 「そんな、とんでもないっっ……こちらこそ色々と感謝しています」


 ミオは委縮して固まっている。
 それも仕方ない、ヒースの口調は酷く穏やかで柔らかいのに、顔が真顔で冷たい。


 (……あぁ、そうか、彼は怒っているのではなく、感情の表し方が下手なんだ)


 思い当たる要因はただ一つ、彼が黒き刃として暗殺者であった事。

 過去の事を訊くつもりはないし、これから先も暗殺者としての思い出を掘り起こそうとするつもりも無い。

 ただ、ヒースには妹がいて、そのシルヴィアちゃんと一緒に生きていたかったはずの彼が、帝都で死神と恐れられる様になるほどの何かがあった。
 その経緯を少し想像するだけでも、感情を欠落してしまうには充分すぎる。

 だから、本当は怒りたいのに、心配で不安なのに、顔は冷たく凍ってしまう。


 「―――シルバ」

 「はい、なんでしょうヒース」

 「……急にいなくって、それで……探したぞ……戻ろう」


 ヒースの心は、いや、黒き刃に所属していた皆の心はきっと何かが欠けている。
 失った物は二度とは戻らない、けど、それを補う事は出来るはずなんだ。

 目の前の大事な人が、伝えたい言葉を必死に探しても見つからず、それを諦めてしまっているなら助けたい、だから私は、一歩踏み出す。


 「―――ヒースさん、手を、繋ぎましょう」


 まずは、一緒に手を繋いで隣で歩いてみよう。
 そんな些細でありふれた事でも、何かが変われる。


 「なっ……!?なにをシルバっ!?」

 「いいから、ほら、ミオも手を出して」

 「わたしもですかッ!?」


 強引に二人の手を取って大げさに歩き出す。
 困惑するヒースとミオ、彼らの間で固く手を握って私は歩く。

 すると、あまりに突飛な提案だったかヒースが口を開く。


 「……シルバ、これはいったい……」

 「少し、落ち着きましたか?言いたかった事があるんじゃないですか」

 「―――それ、は……」


 言い淀むヒースは、図星であったようで視線を下げてしまう。
 その様子を見て、思わずヒースと繋いでいた手を強く握り返す。


 「―――心配、だった」

 「え?」

 「ここ数日はシュバルツ殿との会合に向けて準備していた、
  そのためシルバの様子が分からず心配だった……」

 「ヒース……ちゃんと気持ちを伝えてくれてありがとうございます、
  これからは素直に伝えてくれていいですから、それを押し殺さないでください」

 「……誓いましょう、この胸に」

 「じゃないと、ミオが貴方の事を怖がってしまいますから、ね?ミオ?」

 「うぇっ!?そそそ、ソンナコトアリマセンヨ?」


 慌てふためくミオの姿がなんだか可笑しくて、小さく笑って二人の手を確かに感じる。

 ぎこちなく、けどしっかりと握られたヒースの手。
 温かく、そして柔らかな優しさで握られたミオの手。

 もはやジニア村の双肩と言って差支えの無いこの二人を大事に想い、私達は歩く。
 
 ゆっくり、だけど確実に歩んでゆく道のりが、ジニア村が辿る道のりと重なるように願って、私は今日を大事にする。

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