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剣を司る者

四話

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 時間の概念が存在しないこの場所で、場が制止する。
 いや、厳密には時間を置いて、神が争う。


 「……はぁッ!!!!」

 「―――鬱陶しいッ」


 一歩、剣戟の踏み込みがされる。
 強すぎる瞬発力が水面を爆ぜて、数秒後に雨を降らせた。

 その刹那。

 もはや一瞬にも満たない時間の中で、神域の業が数多も繰り広げられるのだ。

 月光によって発生する影は、瞬間的な移動を補助する。
 
 更に、シルバの高い適正から自由自在に動く影を利用し、攻撃と牽制、そこから鎖状に影を形成して女神を拘束させる。

 まさに、天使と悪魔の協奏。

 美しき剣術と禍々しい影が織りなす攻勢は、剣によって神となった彼女ですら苦い顔をして苛烈であった。


 「煩い技だ、執拗に付け狙う鎖に手を焼かせてくれるな」

 「あら、縛るのは少し失礼でしたか、
  ―――では、次は凝った物をお見せしないと」

 「つけあがるなよ、小娘」


 仕切り直して態勢を整える両者。

 一切の無駄を無くし、殺す事だけを求めてしまった構え。
 対して、不殺を誓った守る為の構え。

 同じ剣を持っていても、その意味は大きく変わって交わる。


 ジャララッッ……!!


 剣聖の背後に展開する黒き鎖。
 多方面から防御も兼ねて接近し、女神を迎え撃つ。

 かつて、神話の時代に死を司った黒き神様。
 その死神が使用した呪詛の鎖は本来、触れただけで呪い殺される禁術。

 しかし、存在が対等以上である女神には足止め程度にしかならず、刀によって薙ぎ払われて突破される。


 「そうだっ……この力だ!!
  あの呪いに侵された男が死神になる世界が見たいのだッ!!」

 「なぜ……なぜですかッ!?貴方とてかつての神、
  なぜ虐殺を望んで混沌の世を作ろうとするのですッ!?」

 「はっ……愚門だな、逆に問うがお前こそなにゆえ人を救う?」

 「―――人が人の幸せを望む事は自然の摂理、
  それが王であれ、剣聖と謳われた力を持つ者なら尚更……
  私は皆の祝福を望み、それを叶える事が責務でもあるのです!!」


 そこまで言って、激化した剣戟が鍔ずり合う。

 僅かに、表情を歪ませて女神は答えた。


 「人は、勝手だ」

 「―――それ、は」

 「お前も経験しただろ、
  善人だろうが、子供だろうが、果ては恩人であっても人は裏切る、
  アタシはな……その光景にうんざりした」

 「それでも救うのが、力を持った者の責任なんですッ!!」

 「お前は真面目な奴だなぁ……いや、そもそもの話だ、
  かつての行いを振り返ればわかるだろう?
  決断を誤ればお前だってアタシと同じだったのだ」

 「……っ…」


 否定は、出来なかった。

 最初に剣を握ったあの日から。

 義父であった剣聖が、私を導いてくれなかったら。

 ヒースが、私の間違いを正してくれなかったら。

 あり得たかもしれない選択肢に、胸が締め付けられた。

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