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始まりの革命(下)
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レイリー=クラウが二人の騎士と少し分かれる前。
飛空場に到着した息子アカツキが空を偉大なる父の飛ぶ姿を眺めていた。
「それでは我々も参りましょう。アカツキ様は我々の合図で飛んでいただきます。よろしいですかか?」
「こちら、準備完了。いつでも飛べる。あとは宜しくお願いします騎士団の皆様」
操縦桿を握る手が震えていた。アカツキは何度か空を一人で飛んだ経験があるが、戦場とかした赤い硝煙塗れの空を飛ぶのは初めてのことだ。
「お坊ちゃん。あまり心配しなさるな。既に、ハイベルさんを始めとした精鋭に、空の王であるレイリー様も戦っております。それにこちらには20機の囮があります。ですから、気楽にとは言いませんが、緊張せず。いつもハイベルさんがおっしゃっていたように自然体で操縦してくださいな」
「…………ありがとう」
無線の相手はいつもアカツキの世話をしている若い騎士だ。まだまだ実力不足ではある者の、年齢も一番近いので一番アカツキの今の状況を理解していたのだろう。彼のおかげで、少しだけ手の震えが止まった。
「それでは、行きます。各隊員は私に続け」
副団長がまず飛び立った。空の王の活躍のおかげで、こちらへの警戒は薄い。今なら大丈夫だと、他のメンバーも互いにアイコンダクトで意思疎通して、一気に空へと飛び立つ。
「アカツキ様。飛んでください。飛びだった後は、私について来てください。国王陛下が敵をひきつけている今がチャンスです」
アカツキは言われると、レバーを引き、操縦桿を思いっきり引く。すると、機体はみるみる高度を上げる。激しい高低差の移動に、後ろにいる母上たちの様子が気になったのでアカツキは内線管で後ろにコンタクトを取った。
「母上。大丈夫ですか?」
「私のことは心配無用です。貴方は貴方の出来ることを全力でおやりなさい。私は貴方のことを信じています」
アカツキの乗るファルケスは元々後ろに狙撃兵を載せて運用することになっていた二人乗り用の戦闘機だ。そのため予想される重量が通常のスクラムよりも重くなるため、エンジンを両翼に積んでいる。その為、いつも練習と称して乗っていたスクラムよりも加速度は大きく、重量が重く、機体全体が大きくなる為に取り回しも悪くなっている。きっと騎士団の人たちなら、さほど問題なく乗りこなせるだろうが、アカツキみたいな初心者には厳しいものがあった。
「戦闘空域を避け、敵包囲陣の薄いこのまま島南東を突破します」
全員に向けて無線で副団長から指示が飛ぶ。
アカツキも指示通りに南東にコンパスをあわせ、騎士団の人たちと連帯飛行を行う。
「敵機5機を発見」
偵察機からの報告が来る。敵と言う言葉に、アカツキは少なからず動揺した。これから命のやり取りをするんだ。自分も、操縦桿の横についている機関銃の引き金を引くことになるのだろう。これを引けば、相手は死ぬ。だが、撃たねば、自分が死ぬことになる。
空の上は単純明快。弱い奴が死に、強い奴しか飛び続けることは叶わない。本当に弱肉強食の世界だ。
「5機なら問題はない。総員、しっかりと狙って確実に撃ち落とせ。相手は鈍間な軍の犬どもだ。空に犬の居場所がないことを教えてやれ。それから間違っても、味方には当てるなよ」
「了解」
連帯飛行を状態からスペースを開け、各機はそれぞれ照準を絞り、狙いを定めては発砲する。
相手もこちらを狙って撃ってくるが的外れな方向ばかりに弾が飛んでいく。が、その度にもしかりに弾丸が当たればと思うとアカツキは心底ぞっとした。
相手との距離が近づくにつれて、敵機だけがどんどん撃沈していく。幸い、こちら側の被害はなかった。
「今日は調子がいい。この調子で島から出て、その後、急速降下にて地上に降りる。着いて来れない奴らは見捨てろ。なんとしてもレイリー様の家族を地上にまで送り届ける。その為に命を捧げろ」
「了解」
ここまでこれでもかと言うくらいに順調に事が運んでいる。
だが、副団長はこの状況が奇妙で仕方なかった。これだけの国家を転覆させるような大規模のクーデターを起こす人物が軍を使い包囲網ひとつまともに築けないなんてことはありえるのだろうか。いくらレイリー様が強いから誤算だったと言え。もし、本当ならまぬけすぎないだろうか。
とても不吉な予感がする。
「全軍、警戒を怠るな。敵が…………」
その時、副隊長の戦闘機が急に爆発した。
「敵だと」
偵察兵がいくた見渡そうとも敵は何処にも見当たらない。そうやって探している間にも、一機。また一機とどんどん撃ち落とされていく。
「見つけた。島の底にずっとくっついていたんだ」
わざと隙を作り、待ち伏せしているエリアまで誘導した。
しかも、副団長を始めに殺したから、動揺で統率に乱れが生じている。これでは格好の餌食だ。
「副団長からの指令を忘れたか。私達はこれより盾になる。アカツキ様、お逃げ下さい」
「…………了解」
アカツキは指示に従うしかなかった。そもそも、アカツキに出来ることなんて、もとより皆無だ。これ以上、騎士たちの厚意を無駄にすることはだけは避けたい。だからこそ、全力で逃げる。ここで振り返れば行為を無駄にしたことになる。
アカツキが操縦桿を思いっきり前に倒す。そして、横にあるアクセルブーストのレバーを引く。これで機体の出せる全力のスピードが出る。
しかし、その瞬間、後部座席の方に何かが当たり、衝撃で機体が反転しそうになる。慌ててアクセルブーストのレバーを戻し、機体の体制を安定させる。
が、悪夢の様に空に後部座席にいるはずのセレジアとテレサが見えた。
「…………」
二人とも血だらけで、機体の破片とともに落下している。
意識があれば、パラシュートを掃除しているので広げるはずだが、その動作もなく。ただ、落ちている。
嘘だ。現実をアカツキは否定したい。
「母上。テレサ」
内線管のふたを上げて、必死に叫ぶが返事はない。操縦席は固定されており、首を回しても後部座席を見ることが叶わない。
そして、ようやく自分の状況が飲み込めた。
軌道を読まれて狙撃されたのだ。だが、あそこでアカツキが狙撃手の想定外にアクセルブーストで加速したため、計算がずれて後ろの後部座席に被弾した。
一転して、視界が真っ暗になった。大切な家族を失った今、アカツキには既に戦う理由どころか、飛ぶ理由すらない。
心が勝手に視界を消したのだ。もう世界を見る理由なんて存在しないのだから。
「…………父上。家族を守れませんでした」
口からは懺悔の言葉しか出ない。無線からは心配そうに話しかけてくる騎士の言葉があったが、もうどうでも良かった。
父上に最後に家族を守れと言われ約束したのだ。僕が家族を守ると。だが、結果は守れなかった。僕が無能なばっかりに、騎士団の皆もたくさん死んだ。
もう死んでもいい。と、思った時に不思議な声がアカツキに尋ねた。
――許せるのか? お前の家族を殺した連中を。あいつらは、お前の父親を裏切り、こうして何の罪もないお前の大切な家族を殺した。
「…………許せない。許せるものか」
――ならば、することは一つだろ。
「僕は…………俺は、俺の大切なものを奪う奴らを絶対に許さない」
この時、アカツキは自分の中の大切な何かが砕けた音を確かに聞いた。
悪魔にでも魂を売った最悪な気分。
だが、それでも一向に構わない。力が漲る。今なら、自分の心臓から指の爪の先に至るまですべてを支配することが出来る。いや、それ以上にきっと世界を敵に回してでも勝てるような気がする。
「殺させる前に、殺してやるよ」
目から血のように赤い涙が瞳から流れた。それから、窓に映るアカツキの瞳は黒ではなくルビーのように赤くなった。空の王レイリー=クウラと同じように。
再び開けた視界はさっきから数秒間、操縦桿を放していたおかげで、今にも地上の森に激突寸前だった。この状況はプロの飛空士であろうとかなり厳しい状況なのだが、今のアカツキはまるで、赤子の手をひねるように簡単に上空へと舞い戻る。
さっきまでは恐怖に怯えていたが、それすらも今では支配出来る。
「こちらアカツキ=クウラだ」
「アカツキ様。ご無事でしたか」
「これからは俺の指揮下に入れ。異存は認めない」
これまでのアカツキとは声色と完全に違い、騎士たちには別人に思えただろう。だが、変貌したアカツキからは空の王レイリー=クウラに似た王の雰囲気を感じた。だから、全員が瞬時に従うことに決めた。
「了解です。我々、8人。翼を預けます」
無線でやり取りをしている間にも、アカツキは一機。また一機と敵を次から次へと撃ち落としていく。今のアカツキには王国でもトップクラスの実力者である空挺騎士団の騎士であろうとも絶対に勝てないだろう。
「これより先、お前らに死ぬことは俺が絶対に許さない。いいな」
「はい」
「各自3人ずつでデルタ編隊を組んで行動しろ。3号機と7号機は俺に続け。俺はこのまま敵を撃破しつつ分断する。お前らは左右に分かれ、それを追撃しろ」
騎士たちは驚いていた。アカツキにはまだ誰も戦闘理論など教えたことなどない。それなのに。今は適切な指示を出している。
「………風読みの力に覚醒したのか」
騎士の一人がつぶやいた。
アカツキはそれから向かってくる敵機を軽々と撃ち落としていく。本来、飛空士は一機撃沈させられれば、一人前と呼ばれる。それくらい、この無限にも感じる3D空間の中で敵機を撃ち落とすと言うのはそれくらい難しい事なのだ。だが、今日のアカツキは30分もかからない間に10機以上も撃ち落としている。戦果だけで言えば、スーパーエース級である。
アカツキには全ての戦闘機の位置。それから、その少し先の未来までもがはっきりと見えていた。さらには、敵機をどうすれば手早く確実に殺せるかまでもが理解できる。
だから、アカツキとしてはただ感じたままに操縦桿を動かし、タイミングよく引き金を引いているだけだ。
だが、騎士からすれば生涯、毎日訓練しても凡人には出来ないような左回り込みなどの高等技術を軽々と使っている。ついて来るように指示された騎士二人も既にアカツキについていくだけで、手一杯であった。
「空の王だけが持つ風読みの力がこんなに凄いなんて」
「アカツキ様はついこないだまで、飛ばすだけで精一杯だったはず」
無線では決して言わないが、そのあまりにも覚醒したアカツキを見て、騎士たちも己の力の差を思い知らされた。
覚醒から1時間もの間。増援に増援を重ねる元王国軍の飛空士たちとアカツキは戦った。
アカツキの宣言通り、それから騎士団から死亡者はでなかった。アカツキは数を数えていないが、おそらく60機以上の戦闘機を撃ち落として見せた。他の騎士と合わせれば、合計100機以上。王国軍の戦力の半分以上を撃ち落としたことになる。
その結果、アカツキを追うものはとうとう現れなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「君がアカツキ=クウラかい?」
飛行機を乗り捨て、母上から言われた地上の協力者との合流場所にアカツキと残りの騎士たちが行くとそこには一人のスーツ姿の男が待っていた。
母に似た優しそうな雰囲気の男だ。
「…………そうだ。いや、そうだった」
「私はアザレフ=ハプスブルク。君の母親の親戚で、今日からは君の父親となる男だ。ハプスブルク家へようこそ。ルシア=ハプスブルク。今日からこれが君の名前だ。気に入ってくれたかな?」
「お世話になります。アザレフさん」
アカツキはアザレフの手を取った。瞳は燃え尽きたかのように、前の黒の瞳に戻っていた。
父上からの言葉通り、これ以上の復讐はもうしない。王家である身分も、名前も捨てよう。
そして、アカツキはこれから新たな人生を歩むのだった。
後に、このクーデターは始まりの革命と呼ばれ、これを期に空を支配していたハルバート王国は戦力の大半を失った結果、他の空の国に襲われ空の王の地位を失い、ハルバード教導院と学術の優秀なものが国を導く教導院制に姿を変えた。
これまでハルバート王国が世界を支配していたが、その支配者は無惨に消え、世界はこれから支配者のいない、誰も望まぬまた終わりのない戦乱の世の中へと姿を変貌させて行った。
飛空場に到着した息子アカツキが空を偉大なる父の飛ぶ姿を眺めていた。
「それでは我々も参りましょう。アカツキ様は我々の合図で飛んでいただきます。よろしいですかか?」
「こちら、準備完了。いつでも飛べる。あとは宜しくお願いします騎士団の皆様」
操縦桿を握る手が震えていた。アカツキは何度か空を一人で飛んだ経験があるが、戦場とかした赤い硝煙塗れの空を飛ぶのは初めてのことだ。
「お坊ちゃん。あまり心配しなさるな。既に、ハイベルさんを始めとした精鋭に、空の王であるレイリー様も戦っております。それにこちらには20機の囮があります。ですから、気楽にとは言いませんが、緊張せず。いつもハイベルさんがおっしゃっていたように自然体で操縦してくださいな」
「…………ありがとう」
無線の相手はいつもアカツキの世話をしている若い騎士だ。まだまだ実力不足ではある者の、年齢も一番近いので一番アカツキの今の状況を理解していたのだろう。彼のおかげで、少しだけ手の震えが止まった。
「それでは、行きます。各隊員は私に続け」
副団長がまず飛び立った。空の王の活躍のおかげで、こちらへの警戒は薄い。今なら大丈夫だと、他のメンバーも互いにアイコンダクトで意思疎通して、一気に空へと飛び立つ。
「アカツキ様。飛んでください。飛びだった後は、私について来てください。国王陛下が敵をひきつけている今がチャンスです」
アカツキは言われると、レバーを引き、操縦桿を思いっきり引く。すると、機体はみるみる高度を上げる。激しい高低差の移動に、後ろにいる母上たちの様子が気になったのでアカツキは内線管で後ろにコンタクトを取った。
「母上。大丈夫ですか?」
「私のことは心配無用です。貴方は貴方の出来ることを全力でおやりなさい。私は貴方のことを信じています」
アカツキの乗るファルケスは元々後ろに狙撃兵を載せて運用することになっていた二人乗り用の戦闘機だ。そのため予想される重量が通常のスクラムよりも重くなるため、エンジンを両翼に積んでいる。その為、いつも練習と称して乗っていたスクラムよりも加速度は大きく、重量が重く、機体全体が大きくなる為に取り回しも悪くなっている。きっと騎士団の人たちなら、さほど問題なく乗りこなせるだろうが、アカツキみたいな初心者には厳しいものがあった。
「戦闘空域を避け、敵包囲陣の薄いこのまま島南東を突破します」
全員に向けて無線で副団長から指示が飛ぶ。
アカツキも指示通りに南東にコンパスをあわせ、騎士団の人たちと連帯飛行を行う。
「敵機5機を発見」
偵察機からの報告が来る。敵と言う言葉に、アカツキは少なからず動揺した。これから命のやり取りをするんだ。自分も、操縦桿の横についている機関銃の引き金を引くことになるのだろう。これを引けば、相手は死ぬ。だが、撃たねば、自分が死ぬことになる。
空の上は単純明快。弱い奴が死に、強い奴しか飛び続けることは叶わない。本当に弱肉強食の世界だ。
「5機なら問題はない。総員、しっかりと狙って確実に撃ち落とせ。相手は鈍間な軍の犬どもだ。空に犬の居場所がないことを教えてやれ。それから間違っても、味方には当てるなよ」
「了解」
連帯飛行を状態からスペースを開け、各機はそれぞれ照準を絞り、狙いを定めては発砲する。
相手もこちらを狙って撃ってくるが的外れな方向ばかりに弾が飛んでいく。が、その度にもしかりに弾丸が当たればと思うとアカツキは心底ぞっとした。
相手との距離が近づくにつれて、敵機だけがどんどん撃沈していく。幸い、こちら側の被害はなかった。
「今日は調子がいい。この調子で島から出て、その後、急速降下にて地上に降りる。着いて来れない奴らは見捨てろ。なんとしてもレイリー様の家族を地上にまで送り届ける。その為に命を捧げろ」
「了解」
ここまでこれでもかと言うくらいに順調に事が運んでいる。
だが、副団長はこの状況が奇妙で仕方なかった。これだけの国家を転覆させるような大規模のクーデターを起こす人物が軍を使い包囲網ひとつまともに築けないなんてことはありえるのだろうか。いくらレイリー様が強いから誤算だったと言え。もし、本当ならまぬけすぎないだろうか。
とても不吉な予感がする。
「全軍、警戒を怠るな。敵が…………」
その時、副隊長の戦闘機が急に爆発した。
「敵だと」
偵察兵がいくた見渡そうとも敵は何処にも見当たらない。そうやって探している間にも、一機。また一機とどんどん撃ち落とされていく。
「見つけた。島の底にずっとくっついていたんだ」
わざと隙を作り、待ち伏せしているエリアまで誘導した。
しかも、副団長を始めに殺したから、動揺で統率に乱れが生じている。これでは格好の餌食だ。
「副団長からの指令を忘れたか。私達はこれより盾になる。アカツキ様、お逃げ下さい」
「…………了解」
アカツキは指示に従うしかなかった。そもそも、アカツキに出来ることなんて、もとより皆無だ。これ以上、騎士たちの厚意を無駄にすることはだけは避けたい。だからこそ、全力で逃げる。ここで振り返れば行為を無駄にしたことになる。
アカツキが操縦桿を思いっきり前に倒す。そして、横にあるアクセルブーストのレバーを引く。これで機体の出せる全力のスピードが出る。
しかし、その瞬間、後部座席の方に何かが当たり、衝撃で機体が反転しそうになる。慌ててアクセルブーストのレバーを戻し、機体の体制を安定させる。
が、悪夢の様に空に後部座席にいるはずのセレジアとテレサが見えた。
「…………」
二人とも血だらけで、機体の破片とともに落下している。
意識があれば、パラシュートを掃除しているので広げるはずだが、その動作もなく。ただ、落ちている。
嘘だ。現実をアカツキは否定したい。
「母上。テレサ」
内線管のふたを上げて、必死に叫ぶが返事はない。操縦席は固定されており、首を回しても後部座席を見ることが叶わない。
そして、ようやく自分の状況が飲み込めた。
軌道を読まれて狙撃されたのだ。だが、あそこでアカツキが狙撃手の想定外にアクセルブーストで加速したため、計算がずれて後ろの後部座席に被弾した。
一転して、視界が真っ暗になった。大切な家族を失った今、アカツキには既に戦う理由どころか、飛ぶ理由すらない。
心が勝手に視界を消したのだ。もう世界を見る理由なんて存在しないのだから。
「…………父上。家族を守れませんでした」
口からは懺悔の言葉しか出ない。無線からは心配そうに話しかけてくる騎士の言葉があったが、もうどうでも良かった。
父上に最後に家族を守れと言われ約束したのだ。僕が家族を守ると。だが、結果は守れなかった。僕が無能なばっかりに、騎士団の皆もたくさん死んだ。
もう死んでもいい。と、思った時に不思議な声がアカツキに尋ねた。
――許せるのか? お前の家族を殺した連中を。あいつらは、お前の父親を裏切り、こうして何の罪もないお前の大切な家族を殺した。
「…………許せない。許せるものか」
――ならば、することは一つだろ。
「僕は…………俺は、俺の大切なものを奪う奴らを絶対に許さない」
この時、アカツキは自分の中の大切な何かが砕けた音を確かに聞いた。
悪魔にでも魂を売った最悪な気分。
だが、それでも一向に構わない。力が漲る。今なら、自分の心臓から指の爪の先に至るまですべてを支配することが出来る。いや、それ以上にきっと世界を敵に回してでも勝てるような気がする。
「殺させる前に、殺してやるよ」
目から血のように赤い涙が瞳から流れた。それから、窓に映るアカツキの瞳は黒ではなくルビーのように赤くなった。空の王レイリー=クウラと同じように。
再び開けた視界はさっきから数秒間、操縦桿を放していたおかげで、今にも地上の森に激突寸前だった。この状況はプロの飛空士であろうとかなり厳しい状況なのだが、今のアカツキはまるで、赤子の手をひねるように簡単に上空へと舞い戻る。
さっきまでは恐怖に怯えていたが、それすらも今では支配出来る。
「こちらアカツキ=クウラだ」
「アカツキ様。ご無事でしたか」
「これからは俺の指揮下に入れ。異存は認めない」
これまでのアカツキとは声色と完全に違い、騎士たちには別人に思えただろう。だが、変貌したアカツキからは空の王レイリー=クウラに似た王の雰囲気を感じた。だから、全員が瞬時に従うことに決めた。
「了解です。我々、8人。翼を預けます」
無線でやり取りをしている間にも、アカツキは一機。また一機と敵を次から次へと撃ち落としていく。今のアカツキには王国でもトップクラスの実力者である空挺騎士団の騎士であろうとも絶対に勝てないだろう。
「これより先、お前らに死ぬことは俺が絶対に許さない。いいな」
「はい」
「各自3人ずつでデルタ編隊を組んで行動しろ。3号機と7号機は俺に続け。俺はこのまま敵を撃破しつつ分断する。お前らは左右に分かれ、それを追撃しろ」
騎士たちは驚いていた。アカツキにはまだ誰も戦闘理論など教えたことなどない。それなのに。今は適切な指示を出している。
「………風読みの力に覚醒したのか」
騎士の一人がつぶやいた。
アカツキはそれから向かってくる敵機を軽々と撃ち落としていく。本来、飛空士は一機撃沈させられれば、一人前と呼ばれる。それくらい、この無限にも感じる3D空間の中で敵機を撃ち落とすと言うのはそれくらい難しい事なのだ。だが、今日のアカツキは30分もかからない間に10機以上も撃ち落としている。戦果だけで言えば、スーパーエース級である。
アカツキには全ての戦闘機の位置。それから、その少し先の未来までもがはっきりと見えていた。さらには、敵機をどうすれば手早く確実に殺せるかまでもが理解できる。
だから、アカツキとしてはただ感じたままに操縦桿を動かし、タイミングよく引き金を引いているだけだ。
だが、騎士からすれば生涯、毎日訓練しても凡人には出来ないような左回り込みなどの高等技術を軽々と使っている。ついて来るように指示された騎士二人も既にアカツキについていくだけで、手一杯であった。
「空の王だけが持つ風読みの力がこんなに凄いなんて」
「アカツキ様はついこないだまで、飛ばすだけで精一杯だったはず」
無線では決して言わないが、そのあまりにも覚醒したアカツキを見て、騎士たちも己の力の差を思い知らされた。
覚醒から1時間もの間。増援に増援を重ねる元王国軍の飛空士たちとアカツキは戦った。
アカツキの宣言通り、それから騎士団から死亡者はでなかった。アカツキは数を数えていないが、おそらく60機以上の戦闘機を撃ち落として見せた。他の騎士と合わせれば、合計100機以上。王国軍の戦力の半分以上を撃ち落としたことになる。
その結果、アカツキを追うものはとうとう現れなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「君がアカツキ=クウラかい?」
飛行機を乗り捨て、母上から言われた地上の協力者との合流場所にアカツキと残りの騎士たちが行くとそこには一人のスーツ姿の男が待っていた。
母に似た優しそうな雰囲気の男だ。
「…………そうだ。いや、そうだった」
「私はアザレフ=ハプスブルク。君の母親の親戚で、今日からは君の父親となる男だ。ハプスブルク家へようこそ。ルシア=ハプスブルク。今日からこれが君の名前だ。気に入ってくれたかな?」
「お世話になります。アザレフさん」
アカツキはアザレフの手を取った。瞳は燃え尽きたかのように、前の黒の瞳に戻っていた。
父上からの言葉通り、これ以上の復讐はもうしない。王家である身分も、名前も捨てよう。
そして、アカツキはこれから新たな人生を歩むのだった。
後に、このクーデターは始まりの革命と呼ばれ、これを期に空を支配していたハルバート王国は戦力の大半を失った結果、他の空の国に襲われ空の王の地位を失い、ハルバード教導院と学術の優秀なものが国を導く教導院制に姿を変えた。
これまでハルバート王国が世界を支配していたが、その支配者は無惨に消え、世界はこれから支配者のいない、誰も望まぬまた終わりのない戦乱の世の中へと姿を変貌させて行った。
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