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理解不能:自分
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静馬は、鏡の前に立っていた。
――あのとき、久賀翔太が本気で怒っていた。
灰谷という他人のために。
烏丸もまた、それを咎めることなく「いい怒りだ」と評した。
彼には、わからなかった。
「なぜ、あれほどまでに、他人の痛みに憤ることができる……?」
誰かを“素材”として見るのが静馬のやり方だった。
感情はデータ。涙は反応。怒りは揺さぶるための燃料。
けれど――その久賀の怒りを前にしたとき、心が揺れた。
「……不快、だった。
否、違う。動悸、頭痛、皮膚感覚の過敏……」
感情を数値で測ろうとするたびに、逆に脳が混線を起こす。
静馬はそのまま保健室へ向かった――
そこには、教員用ベッドで煙草をくすぶらせている烏丸真澄がいた。
「……ほぉ。病気になんてなるタマじゃねぇと思ってたけど。
やっと“人間らしくなってきた”じゃねぇか?」
「……烏丸先生。質問があります」
「ほう?」
「“怒り”とは、脳内の何がトリガーになって発動するのか。
久賀のような他人志向型の激情と、僕が感じたこの“不快感”は、
――同質のものなんでしょうか」
烏丸は鼻で笑う。
「バーカ。それを知りたくて来たのか?
だったらお前、今すげぇ面白い顔してんぞ。
――“理解不能なものに初めて出会った学者”みたいな顔だ」
静馬は、沈黙した。
「……怒りは理屈で制御できると、思っていた」
「できねぇよ。
“怒り”ってのはな、誰かに侵されたと思った“心の領土”を、
取り返そうとする本能だ」
「……僕には“心の領土”なんてものがあると思ってなかった」
烏丸は立ち上がり、静馬の目を覗き込んだ。
「なぁ静馬。
お前さ、自分の“どこまでが自分か”わかってんのか?」
静馬は答えられなかった。
いつも他人を見ていた。
思考、表情、反応、すべてをデータとして取り込んできた。
だが自分の“心の端っこ”が何かに触れた今、
その自我の輪郭が曖昧になっていく感覚に襲われていた。
「なぁ、教えてくれよ」
烏丸が、静かに笑って問う。
「お前は“誰かの痛み”を見たとき、
なぜ“苦しい”と感じたんだ?」
静馬の脳内で、言語処理が止まる。
情報はある。データもある。
だが“それに名前をつけられない”。
「……わかりません。
ただ、久賀の声が、耳に残っていて。
胸が……ずっと、締めつけられる感覚が消えない」
「それだよ。
それが“感情”ってやつだ。
“お前の理解を超えても、なお残る何か”。
それが心だ。おめでとう、ようこそ人間へ」
静馬は、無言で立ち尽くしていた。
顔はいつもの冷静さを保っていたが、
その胸の奥には――初めて味わう“自分自身”が渦巻いていた。
――あのとき、久賀翔太が本気で怒っていた。
灰谷という他人のために。
烏丸もまた、それを咎めることなく「いい怒りだ」と評した。
彼には、わからなかった。
「なぜ、あれほどまでに、他人の痛みに憤ることができる……?」
誰かを“素材”として見るのが静馬のやり方だった。
感情はデータ。涙は反応。怒りは揺さぶるための燃料。
けれど――その久賀の怒りを前にしたとき、心が揺れた。
「……不快、だった。
否、違う。動悸、頭痛、皮膚感覚の過敏……」
感情を数値で測ろうとするたびに、逆に脳が混線を起こす。
静馬はそのまま保健室へ向かった――
そこには、教員用ベッドで煙草をくすぶらせている烏丸真澄がいた。
「……ほぉ。病気になんてなるタマじゃねぇと思ってたけど。
やっと“人間らしくなってきた”じゃねぇか?」
「……烏丸先生。質問があります」
「ほう?」
「“怒り”とは、脳内の何がトリガーになって発動するのか。
久賀のような他人志向型の激情と、僕が感じたこの“不快感”は、
――同質のものなんでしょうか」
烏丸は鼻で笑う。
「バーカ。それを知りたくて来たのか?
だったらお前、今すげぇ面白い顔してんぞ。
――“理解不能なものに初めて出会った学者”みたいな顔だ」
静馬は、沈黙した。
「……怒りは理屈で制御できると、思っていた」
「できねぇよ。
“怒り”ってのはな、誰かに侵されたと思った“心の領土”を、
取り返そうとする本能だ」
「……僕には“心の領土”なんてものがあると思ってなかった」
烏丸は立ち上がり、静馬の目を覗き込んだ。
「なぁ静馬。
お前さ、自分の“どこまでが自分か”わかってんのか?」
静馬は答えられなかった。
いつも他人を見ていた。
思考、表情、反応、すべてをデータとして取り込んできた。
だが自分の“心の端っこ”が何かに触れた今、
その自我の輪郭が曖昧になっていく感覚に襲われていた。
「なぁ、教えてくれよ」
烏丸が、静かに笑って問う。
「お前は“誰かの痛み”を見たとき、
なぜ“苦しい”と感じたんだ?」
静馬の脳内で、言語処理が止まる。
情報はある。データもある。
だが“それに名前をつけられない”。
「……わかりません。
ただ、久賀の声が、耳に残っていて。
胸が……ずっと、締めつけられる感覚が消えない」
「それだよ。
それが“感情”ってやつだ。
“お前の理解を超えても、なお残る何か”。
それが心だ。おめでとう、ようこそ人間へ」
静馬は、無言で立ち尽くしていた。
顔はいつもの冷静さを保っていたが、
その胸の奥には――初めて味わう“自分自身”が渦巻いていた。
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