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教育者:烏丸真澄
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夜の職員室。
窓の外には体育館の灯りがぽつんと残っている。
そこにひとり、椅子に座っていた静馬は、机に両肘を突いていた。
目の下にはクマ。ノートにはびっしりと書きなぐられた文字列――
だが、そのどれも意味を持っていない。
本人にも、もう解読できない。
「……何してんだ、ガキが」
声の主は、ドアを開けた烏丸だった。
煙草の匂いとともに、夜の空気が流れ込む。
「……観察失敗です」
静馬は低く呟いた。
「灰谷を操作しようとしたが、失敗しました。
感情の流れが読みきれなかった。……正確には、
僕自身の感情のノイズに、計算が狂わされた」
烏丸はそれを聞いて、鼻で笑った。
「……お前さ、まだ“感情をノイズ扱い”してんのか?」
「そうではなく、“僕の感情”が想定外だったという話です」
「……ちげぇよ、静馬」
烏丸は椅子を引いて、真向かいに座った。
足を組み、煙草の火を軽くトントンと落としながら――目だけは鋭い。
「お前、結局まだ“自分は冷静で賢い側”って思ってるんだな」
静馬は、言葉に詰まる。
「感情を“狂わせる要因”って扱ってる時点で、
お前はまだ、“人間であること”を他人事にしてる」
静馬の指が微かに震える。
「俺から言わせりゃ、
お前がやってたのは“教育”じゃねぇ、“解剖”だ。
他人の心をバラして、中身の標本だけ集めて満足してた。
そりゃ拒絶されるわな。お前が見てるの、“死人の脳”なんだよ」
静馬は声を低く絞り出した。
「……では、僕は……間違っていたと?」
「間違ってた、じゃねぇ」
烏丸はそこで煙草を指でねじ切った。
「“甘かった”んだよ、静馬」
その一言が、静馬の胸に刺さった。
烏丸が“このトーン”を使うときは、本当に怒っているときだ。
「お前さ、“人を理解する”って言って、
他人の反応を図にして満足してたろ。
けどな、感情ってのは“表層の動き”じゃなくて、“動きたくなかったのに動いた”ってとこに宿るんだよ」
静馬は反論しようとして、言葉が出てこなかった。
その言葉は、図星だった。
「……僕は……“誰かの気持ち”が、知りたかっただけです」
それは珍しく、素直な声だった。
「知りたいだけなら、辞書でも読んどけ」
烏丸の声が、重くのしかかる。
「人の気持ちを知るってのは、
自分の中に“同じ痛み”を持つってことだ。
頭で理解すんじゃねぇ。
苦しんで、歯ぎしりして、泣きたくなって、
それでも前に進んで――その先にしか、感情なんて見えねぇ」
静馬の視界が、歪んでいた。
それは、悔しさか、怒りか、それとも涙か――
自分でもわからない。
烏丸は立ち上がり、背を向けた。
「“感情を持った自分”が怖いか? 操作できないからか?」
その背中が、最後にこう言い放つ。
「だったらな、静馬。
お前には、教師になる資格はねぇ。
“人を教える”ってのは、“人として立ってる奴”しかできねぇ仕事だ」
扉が閉まる音が響く。
その場にひとり残された静馬は、机に突っ伏した。
――初めて、
“何かを失った”気がした。
窓の外には体育館の灯りがぽつんと残っている。
そこにひとり、椅子に座っていた静馬は、机に両肘を突いていた。
目の下にはクマ。ノートにはびっしりと書きなぐられた文字列――
だが、そのどれも意味を持っていない。
本人にも、もう解読できない。
「……何してんだ、ガキが」
声の主は、ドアを開けた烏丸だった。
煙草の匂いとともに、夜の空気が流れ込む。
「……観察失敗です」
静馬は低く呟いた。
「灰谷を操作しようとしたが、失敗しました。
感情の流れが読みきれなかった。……正確には、
僕自身の感情のノイズに、計算が狂わされた」
烏丸はそれを聞いて、鼻で笑った。
「……お前さ、まだ“感情をノイズ扱い”してんのか?」
「そうではなく、“僕の感情”が想定外だったという話です」
「……ちげぇよ、静馬」
烏丸は椅子を引いて、真向かいに座った。
足を組み、煙草の火を軽くトントンと落としながら――目だけは鋭い。
「お前、結局まだ“自分は冷静で賢い側”って思ってるんだな」
静馬は、言葉に詰まる。
「感情を“狂わせる要因”って扱ってる時点で、
お前はまだ、“人間であること”を他人事にしてる」
静馬の指が微かに震える。
「俺から言わせりゃ、
お前がやってたのは“教育”じゃねぇ、“解剖”だ。
他人の心をバラして、中身の標本だけ集めて満足してた。
そりゃ拒絶されるわな。お前が見てるの、“死人の脳”なんだよ」
静馬は声を低く絞り出した。
「……では、僕は……間違っていたと?」
「間違ってた、じゃねぇ」
烏丸はそこで煙草を指でねじ切った。
「“甘かった”んだよ、静馬」
その一言が、静馬の胸に刺さった。
烏丸が“このトーン”を使うときは、本当に怒っているときだ。
「お前さ、“人を理解する”って言って、
他人の反応を図にして満足してたろ。
けどな、感情ってのは“表層の動き”じゃなくて、“動きたくなかったのに動いた”ってとこに宿るんだよ」
静馬は反論しようとして、言葉が出てこなかった。
その言葉は、図星だった。
「……僕は……“誰かの気持ち”が、知りたかっただけです」
それは珍しく、素直な声だった。
「知りたいだけなら、辞書でも読んどけ」
烏丸の声が、重くのしかかる。
「人の気持ちを知るってのは、
自分の中に“同じ痛み”を持つってことだ。
頭で理解すんじゃねぇ。
苦しんで、歯ぎしりして、泣きたくなって、
それでも前に進んで――その先にしか、感情なんて見えねぇ」
静馬の視界が、歪んでいた。
それは、悔しさか、怒りか、それとも涙か――
自分でもわからない。
烏丸は立ち上がり、背を向けた。
「“感情を持った自分”が怖いか? 操作できないからか?」
その背中が、最後にこう言い放つ。
「だったらな、静馬。
お前には、教師になる資格はねぇ。
“人を教える”ってのは、“人として立ってる奴”しかできねぇ仕事だ」
扉が閉まる音が響く。
その場にひとり残された静馬は、机に突っ伏した。
――初めて、
“何かを失った”気がした。
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