29 / 31
終章
老女の終わり
バタバタと駆ける音が響いた。
小さな足が八本、赤を基調とした精緻な意匠を凝らされた上等な絨毯の上を目紛しく踏んでいく。
「王子、姫ともあろう方々が王宮の廊下を裸足で走り回ってはなりません!」
「ひぇー、ヨハンナだ」
「ヨハンナ、怖ーい」
「本当怖ーい」
「やべ……逃げろ」
年の頃は四つか五つくらい。
女の子はレースがふんだんあしらわれた淡色の可愛らしいドレスを着て、男の子は細かい刺繍の入った豪奢なベストとズボンを着ていた。その姿はまるで小さな令嬢令息だが、顔は炭で煤けて足は裸足で、大人と子どもっぽさをちぐはぐに合わせた雰囲気だった。
二人の王子と二人の姫は、乳母の巨壁に阻まれ、口々に戯けてぼやく。
そして、ヨハンナと呼ばれた女は腰に手を当てて仁王立ちしていた。多少皺はあるものの、綺麗な召使いだ。だが、乳母の無表情の顔には青筋が浮かんでいる。とてもご立腹なようだ。
王子と姫たちは肩を竦め、脱兎の如く乳母の前から飛び出してしまった。
「お待ちくださいませ、殿下、姫様方!!」
乳母の怒りの絶叫が城中に響き渡った。
****
「ねぇ、ねぇ、おばあちゃま! ご本読んで! 読んで! いつものやつー!」
「私も聞きたい!」
「俺は別にいいや。武勇伝が良い」
「まぁ、別に良いんじゃないか?」
姫と王子たちは次に老女の部屋に押しかけると、老女を取り囲むようにしてそれぞれ言った。
「はい、はい。カトリン、エンプラ、ビルキル、アーロン」
カトリン、エンプラ、ビルキル、アーロンの姫と王子たちは、髪も目も茶色だったり金色だったり三者三様バラバラだったが、四人とも皆小さな尖った耳をしていた。
王子たちは渋々といった感じだが、姫たちは目を爛々と輝かせ、老女の周りに身体を丸めて座り込んだ。
老女はくすくす笑うと揺り椅子に腰掛ける。
そして、椅子がゆらゆら揺れ始めると、老女は耳に心地良い軋む音を聞きながら、古びた本を開いた。
「昔々、あるところに老婆のような若い娘が住んでおりました……
老婆は精霊王の娘と人間の間に生まれました。
しかし、両親の愛は偽りの愛でした。狂った愛は精霊の母から翅も永遠の命も奪い、遂には精霊王の怒りに触れました。
生まれてきた赤子は呪いをかけられ、娘は醜い老婆の姿になってしまったのです。
あるとき、老婆は聖なる矢に選ばれし聖女として、王子様のお妃として城に招かれました。
ところが、老婆は醜い顔を嫌われて、隠れて過ごさざるを得ませんでした。
そんなとき老婆は出会ったのです。
世にも美しい王子様に。
老婆と王子様は姿を隠し、声だけの密かな交流をして愛を育みました」
「この後老婆は変身するんだよね」
「ちょっと! まだ物語は途中なんだからネタバラシはやめてよ」
「俺やっぱ武勇伝が良いわ」
「でも、話は最後まで聞かないと」
四人の中で一番幼い姫が突然割って入ってきた。
当然周りは野次を飛ばす。
子ども特有の幼く高い声がやかましいくらいに部屋に響いた。
王子と姫たちによく似た老女の尖った耳にもキンキン響く。
老女ははぁーと大きく溜め息を吐いて、子どもたちの小さな諍いを聞きながら本の最後を読み上げた。
「しかし、老婆の娘は王子様と本当の愛を見つけて、遂に呪いを解くことができました。
老婆は美しい娘の姿を取り戻しました。
本当の愛はどんな魔法よりも強いのです。
そして本当の愛を見つけた二人は、お城で末永く幸せに暮らしました————とさ」
皺くちゃな老女は子どもたちの前で微笑むと、ゆっくり本を閉じた。
あれほどうるさく騒いでいた王子と姫たちも、いつの間にか最後だけは聞き入っている。
パタンと閉じれば埃が舞い上がり、小さな風が起きた。
風は老女の尖った耳を静かに擽った。
———Fin———
≪後書き≫
拙作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
シグルンとソルヴィが無事ハッピーエンドで結ばれたことに私も安堵しています。
この小説は私が初めて書いて、初めて完結させた小説です。
テンポの遅さや物語の構成、誤字脱字に皆様にはイライラさせてしまった箇所もあったかと思いますが、最後まで静かに見守っていただきありがとうございました。
何千、何万、何十万とたくさんのネット小説が溢れる中、この拙作を選んで読んでいただきありがとうございます。
パソコンや携帯画面の向こうの顔の見えない関係ではありますが、この出会いに感謝します。改めて読んでいただき、ありがとうございました。
この縁が長く続くよう願いつつ、また次回お会いすることを楽しみにしています。
2018.7.13
狸 拝
小さな足が八本、赤を基調とした精緻な意匠を凝らされた上等な絨毯の上を目紛しく踏んでいく。
「王子、姫ともあろう方々が王宮の廊下を裸足で走り回ってはなりません!」
「ひぇー、ヨハンナだ」
「ヨハンナ、怖ーい」
「本当怖ーい」
「やべ……逃げろ」
年の頃は四つか五つくらい。
女の子はレースがふんだんあしらわれた淡色の可愛らしいドレスを着て、男の子は細かい刺繍の入った豪奢なベストとズボンを着ていた。その姿はまるで小さな令嬢令息だが、顔は炭で煤けて足は裸足で、大人と子どもっぽさをちぐはぐに合わせた雰囲気だった。
二人の王子と二人の姫は、乳母の巨壁に阻まれ、口々に戯けてぼやく。
そして、ヨハンナと呼ばれた女は腰に手を当てて仁王立ちしていた。多少皺はあるものの、綺麗な召使いだ。だが、乳母の無表情の顔には青筋が浮かんでいる。とてもご立腹なようだ。
王子と姫たちは肩を竦め、脱兎の如く乳母の前から飛び出してしまった。
「お待ちくださいませ、殿下、姫様方!!」
乳母の怒りの絶叫が城中に響き渡った。
****
「ねぇ、ねぇ、おばあちゃま! ご本読んで! 読んで! いつものやつー!」
「私も聞きたい!」
「俺は別にいいや。武勇伝が良い」
「まぁ、別に良いんじゃないか?」
姫と王子たちは次に老女の部屋に押しかけると、老女を取り囲むようにしてそれぞれ言った。
「はい、はい。カトリン、エンプラ、ビルキル、アーロン」
カトリン、エンプラ、ビルキル、アーロンの姫と王子たちは、髪も目も茶色だったり金色だったり三者三様バラバラだったが、四人とも皆小さな尖った耳をしていた。
王子たちは渋々といった感じだが、姫たちは目を爛々と輝かせ、老女の周りに身体を丸めて座り込んだ。
老女はくすくす笑うと揺り椅子に腰掛ける。
そして、椅子がゆらゆら揺れ始めると、老女は耳に心地良い軋む音を聞きながら、古びた本を開いた。
「昔々、あるところに老婆のような若い娘が住んでおりました……
老婆は精霊王の娘と人間の間に生まれました。
しかし、両親の愛は偽りの愛でした。狂った愛は精霊の母から翅も永遠の命も奪い、遂には精霊王の怒りに触れました。
生まれてきた赤子は呪いをかけられ、娘は醜い老婆の姿になってしまったのです。
あるとき、老婆は聖なる矢に選ばれし聖女として、王子様のお妃として城に招かれました。
ところが、老婆は醜い顔を嫌われて、隠れて過ごさざるを得ませんでした。
そんなとき老婆は出会ったのです。
世にも美しい王子様に。
老婆と王子様は姿を隠し、声だけの密かな交流をして愛を育みました」
「この後老婆は変身するんだよね」
「ちょっと! まだ物語は途中なんだからネタバラシはやめてよ」
「俺やっぱ武勇伝が良いわ」
「でも、話は最後まで聞かないと」
四人の中で一番幼い姫が突然割って入ってきた。
当然周りは野次を飛ばす。
子ども特有の幼く高い声がやかましいくらいに部屋に響いた。
王子と姫たちによく似た老女の尖った耳にもキンキン響く。
老女ははぁーと大きく溜め息を吐いて、子どもたちの小さな諍いを聞きながら本の最後を読み上げた。
「しかし、老婆の娘は王子様と本当の愛を見つけて、遂に呪いを解くことができました。
老婆は美しい娘の姿を取り戻しました。
本当の愛はどんな魔法よりも強いのです。
そして本当の愛を見つけた二人は、お城で末永く幸せに暮らしました————とさ」
皺くちゃな老女は子どもたちの前で微笑むと、ゆっくり本を閉じた。
あれほどうるさく騒いでいた王子と姫たちも、いつの間にか最後だけは聞き入っている。
パタンと閉じれば埃が舞い上がり、小さな風が起きた。
風は老女の尖った耳を静かに擽った。
———Fin———
≪後書き≫
拙作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
シグルンとソルヴィが無事ハッピーエンドで結ばれたことに私も安堵しています。
この小説は私が初めて書いて、初めて完結させた小説です。
テンポの遅さや物語の構成、誤字脱字に皆様にはイライラさせてしまった箇所もあったかと思いますが、最後まで静かに見守っていただきありがとうございました。
何千、何万、何十万とたくさんのネット小説が溢れる中、この拙作を選んで読んでいただきありがとうございます。
パソコンや携帯画面の向こうの顔の見えない関係ではありますが、この出会いに感謝します。改めて読んでいただき、ありがとうございました。
この縁が長く続くよう願いつつ、また次回お会いすることを楽しみにしています。
2018.7.13
狸 拝
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!