新米魔王の征服譚~クズ勇者から世界を救え~

佐武ろく

文字の大きさ
2 / 19

2

しおりを挟む
 そこはクラガン帝国、王の間。
 その豪華な王座に腰掛けていたのは一国の王にしては若き青年だった。だがその表情は周りの不安を跳ね除ける程の自信に満ち溢れていた。鋭くだがそれでいて余裕を含んだ双眸は眼前を見下ろし、王座に片足を乗せたその姿は太々しさすら感じる。
 そんな彼は体に一本の剣を凭れさせていた。その剣は、神々しく正義を感じさせる見た目をしており素人目ですら普通の剣とは異なるのは明らか。
 そして彼の周りにはセクシーな踊り子の衣装の女性が複数集まっており、椅子横や肘置きに座っている女性は飲み物や果物の乗ったトレイを手に持ってた。その中の肘置きに座る女性の太腿には青年の手が撫でるように乗せられていた。
 その他には全身に鎧を纏った兵士が数人と王座の前にひれ伏すみすぼらしい格好の男性。老人という程ではないが年配の男性は床へ額が着く程に頭を下げている。
 するとそんな男性と王座の青年の間に突然、黒紫の光が柱のように伸びた。かと思えばその光は消え、中から腕を組むペペが姿を現した。
 だがペペの姿は少し薄くそれが実態ではないということは明らか。

「あ? 誰だてめぇ?」

 一瞬にして苛立ちの表情を浮かべた青年は今にも襲い掛かりそうな眼光でペペを睨み付けた。

「(うわっ! こわっ! 何なんこいつ……。出てきて数秒でもうガンつけてきてるじゃん)」

 動揺する内心とは裏腹に平然を装っていたペペは余裕の表れのようにその眼光を見返す。傍から見れば沈黙の中、睨み合う二人。既に見えないやり合いが始まっているようだった。
 しかし実際はただペペが内心で色々な事を考えているだけ。

「(こいつ本当に勇者? 目が、目がもう殺る奴の目なんだけど……。僕の知ってる勇者はもっと優しくて希望と勇気に満ち溢れている目をしてるんだけど? なのにこいつのはどの魔族よりヤバい目なんよなぁ)」

 すると青年は鼻で笑いながら表情へ余裕に満ち溢れた笑みを浮かべた。ペペがもはや引いているとは知らずに。

「中々いい目してるじゃねーか」
「貴様が勇者か?」
「あぁそうだ。コイツが見えねーのか?」

 青年はそう言うと自分に凭れさせていた剣を抜いた。それは一切穢れの無い希望に満ちた剣――聖剣だった。

「(やっぱ本物じゃん。こいつが勇者クラガン・ズィールじゃん。えぇー。普通こんなの選ぶ? あの聖剣、人を見る目なさすぎでしょ。僕でももうちょい良い人選べるよ? 何を思ってこんなの勇者にしようとしたんだよ。ランダムなん? クジとか気分で適当に選んでるん?)」

 だがそんなことを内心で考えていることなど一切悟られない程に表情から立ち振る舞いに至るまで彼は魔王として完璧だった。

「この俺様が勇者クラガン・ズィール様だ」
「(しかも自分に様付けるタイプだ。僕でも自分には様付けないのに。百歩譲って一人称に付けるのは分かるけど自分の名前にもって……)」
「そういうお前は……」
「如何にも。我輩こそがこの世界の王となる魔王ヌバラディール・ペペだ」

 ペペは自分の事を知らないと言われることを恐れ、そう食い気味に名乗った。自信と悪意に満ちた聞く者の希望を奪い恐怖に陥れるような声と口調で。それは自分でも完璧だと思える程の出来だったが、王の間にはスベったような沈黙が流れる。

「あぁ……魔王様! どうか早くこの世界を征服して下さい」

 するとその沈黙を破り後ろで蹲るように小さくなっていたみすぼらしい格好の男性が、ペペへ縋るように近づいてきた。
 そして両膝は付けたまま神へ祈るように両手を組む。

「この国をあの者に奪われてからは民は奴隷のように扱われております。どうか世界を征服し私達を解放してください」
「(えぇ~。何この展開。僕、魔王ぞ? 普通は倒すべき存在ぞ? その僕に世界を征服してくださいって……)」
「おいおい。この俺様に文句あんのか? はい、お前死刑な。連れてけ」

 クラガンの払う手と言葉で二人の兵士はその男性を引きずるように王の間から連れ出した。

「もうこの国は俺様のモノ。元国王とかいらねーんだわ」

 死刑宣告ですら適当でしかも笑みを浮かべるクラガンは傍の踊り子から果物をひとつ食べさせてもらうとペペの方へ視線を戻した。

「で? 結局お前は何しに来たわけ?」
「貴様は勇者なのだろ? 本来なら我輩を倒し世界を救うのが目的のはず。それが……。何をしてる?」
「何って……」

 今にも笑い出しそうなクラガンは、軽く両手を広げて見せた。

「この世界を俺様のモンにしようとしてんだよ。美味いもん食いまくって気に入ったのは俺様の女にして、気に入らねーやつは殺すし適当に遊んで暮らす。それが俺様の目的だ」
「(いや、発想が魔王やん! 魔王の僕が言うのもあれだけど……自分さえ良ければ全て良しっていう習ったのと同じ魔王の発想なんよ)」
「そういやお前も世界征服を狙ってるって話だったな。――どうだ? 俺様と世界を盗らねーか? 何なら右腕でもなんでも地位はくれてやるぜ?」
「(勇者に世界征服の誘いを受けるって多分、魔王史上初でしょ)我輩が貴様と……。フッ、断る」
「そうか。なささっさと消えろ。俺様は忙しいんだ」

 どうでもいいと言わんばかりのあっさりとした返しをしたクラガンは踊り子の方を向きまた果物をひとつ食べさせてもらう。その姿にペペは言いかけた言葉を喉で止めるとそのまま姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...