BLOOD RAIN

佐武ろく

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「さて。では早速本題に入りましょうか」

 彼女が刀を鞘に納めるとラウルは後ろを振り返りながらしゃがみ、獣人の顔へ覗き込むように視線を向けた。

「貴方も随分と痛むでしょうし」

 言葉の後、傷だらけの獣人の顔を「この辺り」と言うように円を描きながら指差した。
 するとその時――突然ボロボロの体を動かしラウルへと大きく獰猛な手を伸ばす獣人。
 だがその手がラウルに触れるより先に、鞘越しの刃先が獣人の喉元へと伸びた。警告するように込められた力が鐺を喉へと押し付ける。更にラウルの背後ではいつの間にかデスクに腰掛けたリナが、鞘内の切先より尖鋭な眼差しが睨みを利かせていた。
 それはまだ優しさ残る息苦しさと痛みだったが、獣人は動きを止めるとリナを見上げたまま相手を刺激しないようにと緩慢と手を戻していった。

「貴方にしてもらう事はたった一つ。指示を出した人へこう伝えるだけです」

 ラウルは言葉に合わせ丁寧に人差し指を立てて見せた。



「もっと腕の立つ人材を用意しないとその企みは消えてなくなる」

 電話越し、元の声に代わって伝言を伝えたその声は痛みを堪えているせいか微かに乱れていた。
 一方で相手は一言も発さず、二人の間に沈黙が流れ始める。その中、獣人は窓からちょうど路地へ姿を現したリナとラウルを睨むように見下ろしていた。

「――という事は、失敗したという訳か。たかが古びた商店街すら空に出来ないとはな」
「あぁ? あんなのがいるなんて聞いてねーぞ! こっちも随分とやられたんだ」
「言い訳はいらない」
「チッ!」

 それは溜まった苛立ちを吐き出すには余りにも小さいであろう舌打ち。

「あいつらにはこの借りを返さねーと気が済まねぇ」
「ならお前はそこにいろ。すぐに新しいのが行く」

 その言葉だけを言い残し相手は一方的に通話を終わらせた。
 それに対する苛立ちか二人にやられた分が依然と残っているのか、獣人は持っていたスマホを床に叩きつけた。

「クソッ!」

 それから数十分後。奥のデスクに大きく凭れ座る獣人は、煙草を咥えながらデスク上で脚を組んでいた。
 するとそこへ現れた二つの影。最早ドアの無い入口から破片を跨ぎ中へと足を踏み入れた二人は同じ服装で全身を覆い、被ったフードで顔も見えない。だが両手をポケットに突っ込んだ一人はガタイもさることながら大きな体をしていた。
 一方でもう一人は手袋で指先まで覆った両腕をだらり垂らし、猫背の所為なのか背丈は隣の半分ほど。

「やっと来やがったか」

 煙草を片手に足を下ろす獣人は溜息交じりで、今にも愚痴を零しそうな勢い。
 すると、まるでそんな獣人を煽るかのように背の低い方はいつの間にか入口からデスク上へ移動し、彼をフードの中から見下ろしていた。相変わらずの猫背は丸みを帯び、両手はだらり放置されている。
 そしてひと呼吸分遅れてその存在に気が付いた獣人は煙草を咥えたまま既に若干ながら眉を顰めながら顔を上げた。

「この野郎。勝手――」

 だがその瞬間――フード中を見上げるのとほぼ同時に煙草の煙は宙に弧を描いた。恐らく気が付く間も無かったのだろう、体を離れ宙を舞う獣人の首は煙草を咥えたままその表情に変化はない。そして残された体は背凭れへと倒れ、そこへ流れるはずだった血液が行き場を失ってはどうする事も出来ずただただ溢れ出すばかり。
 あっという間に彼は室内の惨劇の仲間入りを果たした。
 しかしフードはそんな獣人の腕をもぎ取ると奇声を上げながら興奮した様子で何度も、何度も肉を切り裂くには十分すぎる爪を首無しの体へと突き刺し続ける。
 そんなフードの後方から歩みを進めてきた大柄がポケットからスマホを取り出すとフードが呑み込んだ。耳元でコール音が鳴る中、黙ったまま足元に転がる獣人の顔をボールでも触る様に踏みつけた。

「終わった。――あぁ」

 その目にするだけで尻込みしてしまいそうなガタイに見合った男声が小さく響くと、無駄な会話はせずスマホをポケットへ。そのまま興味は無いと頭から足を退けると踵を返した。

「行くぞ」

 フードはその言葉に手を止めると血塗れのまま腕を最後に胸へ一刺しし、男の後を追った。
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